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イル・ロンバルディア2021

シーズン最後のモニュメントにして最後のワールドツアーレース。「落ち葉のクラシック」とも呼ばれる晩秋始まる頃のワンデーレースであり、総獲得標高も4,500mに達する本格的なクライマーズクラシック。

直前の前哨戦レースで2勝しているプリモシュ・ログリッチがその絶好調ぶりを継続して勝利を掴むのか、それともこのレースで引退を決めているダニエル・マーティンが、2014年以来の2勝目を狙うのか。


コースは全長239㎞。2017年以来ベルガモをスタートしてコモに至るコースが採用され続けてきたが、今年は5年ぶりにコモ~ベルガモ方向でのレースとなった。

「不可能の怪物」ムーロ・ディ・ソルマーノのような派手なポイントはないものの、総獲得標高自体は4,500mとむしろここ数年の中で最も厳しい。

とくに残り90㎞を切ってからはひたすら登っては下っての繰り返しとなり、本格的な勝負はそこから始まると予想されていた。


最初に出来上がった逃げは10名。

マッティア・バイス(アンドローニジョカトリ・シデルメク)
ドメン・ノヴァク(バーレーン・ヴィクトリアス)
アンドレア・ガロシオ(バルディアーニCSF・ファイザネ)
トーマス・シャンピオン(コフィディス・ソルシオンクレディ)
ヤン・バークランツ(アンテルマルシェ・ワンティゴベールマテリオ)
ティム・ウェレンス(ロット・スーダル)
クリス・ハミルトン(チームDSM)
ヴィクトール・カンペナールツ(キュベカ・ネクストハッシュ)
アマヌエル・ゲブレイグザブハイアー(トレック・セガフレード)
ダヴィデ・オリッコ(ヴィーニザブ)

最大で6分ほどのタイム差を許され、集団の先頭は優勝候補ログリッチを抱えるユンボ・ヴィスマが中心となって牽引。

予想通り残り90㎞を切って、「ドッセーナ」「ザンブラ」の連続登坂へと差し掛かるとプロトンのペースが上がり、イネオス・グレナディアーズのエディ・ダンバーパヴェル・シヴァコフ、アルペシン・フェニックスのベン・トゥレットなどが攻撃を仕掛け、ここにドゥクーニンク・クイックステップのファウスト・マスナダやユンボ・ヴィスマのジョージ・ベネットなどがチェックに入るような姿も見せていた。

これらの動きが一旦引き戻されると今度は2020年ジロ・デ・イタリア覇者テイオ・ゲイガンハートがアタックするなど、イネオス・グレナディアーズは終始積極的にレースを動かそうと努力していた。


しかし全体的に、これらの動きは功を奏さず、全体的にはドゥクーニンク・クイックステップが集団をコントロールし、比較的落ち着いたペースで登りを消化していく。

残り71.5㎞。「ドッセーナ」を終え、続く「ザンブラ」への登りの途上。新たに5名の追走集団が形成された。先ほども動いていたパヴェル・シヴァコフと、同様に動いていたマスナダ、さらにはこれらを抑えようとするヨナス・ヴィンゲゴー(ユンボ・ヴィスマ)マルク・ヒルシ(UAEチーム・エミレーツ)、そして5年前同じベルガモフィニッシュの際に終盤で抜け出したメンバーの1人(最終的には4位)のロマン・バルデ(チームDSM)。

一方、これらの動きの中でプロトンから遅れかける選手たちも数名。その中には今年のジロ・デ・イタリア総合3位のサイモン・イェーツや、前哨戦の1つコッパ・ベルノッキを勝っているレムコ・エヴェネプールなども含まれていた。

5名の追走集団も引き戻され、ザンブラの下りへ。さらにそのためのペースアップによりいよいよ、残り56㎞地点で逃げ集団もすべて吸収される。

先頭集団は一塊に。長い下りと平坦を経て、いよいよ残り40㎞。最後の重要な登り、「パッソ・ディ・ガンダ」へと突入していく。


集団の先頭はドゥクーニンク・クイックステップが牽引。やがてチームDSMのティシュ・ベノートもその役割を担う。集団の後方からはやはりサイモン・イェーツが脱落し、ダヴィデ・フォルモロも、昨年3位のアレクサンドル・ウラソフも、リゴベルト・ウランも、そしてレムコ・エヴェネプールも遅れていく。

さらにはプリモシュ・ログリッチも周りにアシストがいない。序盤から動きすぎたのが、全体的に不調だったのか。最終的にはヨナス・ヴィンゲゴーしか彼の近くにはおらず、このあとの展開において不利の材料となっていく。


最初に動き出したのはイル・ロンバルディアを2勝しているヴィンツェンツォ・ニバリ(トレック・セガフレード)

残り37.4㎞。山頂まで6㎞の地点でアタックし、単独で抜け出す。

この動きはパヴェル・シヴァコフが先頭に立ってペースアップした集団に飲み込まれるが、直後に再度、ニバリがペースアップ。

そしてここに、ポガチャルが反応。少し遅れてバルデも飛び出し、結果的にニバリ、シヴァコフ、ポガチャル、バルデの4名が抜け出す格好に。

この瞬間に、反応すべきだったログリッチは動かなかった。


そして、残り35.5㎞。

ポガチャルがここで、残り3名を突き放して独走を開始。

ニバリたち3人はやがて集団に吸収されるが、そのときにはすでにポガチャルは20秒以上先を行く。


残り35㎞。

集団からファウスト・マスナダが一人抜け出す。メイン集団にはジュリアン・アラフィリップ(ドゥクーニンク・クイックステップ)ジョアン・アルメイダ(ドゥクーニンク・クイックステップ)アダム・イェーツ(イネオス・グレナディアーズ)パヴェル・シヴァコフ(イネオス・グレナディアーズ)マイケル・ウッズ(イスラエル・スタートアップネーション)プリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)、ヨナス・ヴィンゲゴー(ユンボ・ヴィスマ)アレハンドロ・バルベルデ(モビスター・チーム)ナイロ・キンタナ(アルケア・サムシック)ロマン・バルデ(チームDSM)ヴィンツェンツォ・ニバリ(トレック・セガフレード)など。

残り33.5㎞でマスナダは一旦集団に吸収されるが、同じタイミングでニバリが集団から零れ落ちる。

先頭ポガチャルとは27秒差。


残り32.1㎞。先頭ポガチャルと追走集団とは35秒差。間もなく登りが終わろうとしている。

追走集団は以下の9名。

ジュリアン・アラフィリップ(ドゥクーニンク・クイックステップ)
ファウスト・マスナダ(ドゥクーニンク・クイックステップ)
プリモシュ・ログリッチ(ユンボ・ヴィスマ)
ヨナス・ヴィンゲゴー(ユンボ・ヴィスマ)
アダム・イェーツ(イネオス・グレナディアーズ)
ダヴィド・ゴデュ(グルパマFDJ)
マイケル・ウッズ(イスラエル・スタートアップネーション)
アレハンドロ・バルベルデ(モビスター・チーム)
ロマン・バルデ(チームDSM)

山頂間際でアラフィリップがアタックするも、ライバルたちを突き放すこともポガチャルとのタイム差を縮めることもできず。

そしてパッソ・ディ・ガンダからの下り。

テクニカルなこの下りで、集団からファウスト・マスナダが単独で抜け出した。

今大会4度目のアタックだ。


ファウスト・マスナダ。

11月6日に28歳になるこの男は、今年のイル・ロンバルディアのフィニッシュ地点にあたるベルガモの出身。

元アンドローニジョカトリ所属で2019年にジロ・デ・イタリアで区間優勝。翌年にCCCチームに移籍し、これがその年いっぱいで解散することが明らかになると、移籍自由権を手に入れた彼をドゥクーニンク・クイックステップが8月19日に獲得。

直後のジロ・デ・イタリアではジョアン・アルメイダのマリア・ローザ14日間着用の強力なサポーターとなり、自らも総合9位。

今年もツール・ド・ロマンディ総合3位、イタリア国内選手権2位、そして前哨戦コッパ・ベルノッキ3位・ミラノ~トリノ8位など、好調ぶりを見せつけていた。

そして、この局面。

ジュリアン・アラフィリップの幾度かのアタックが決まらなかったとき、それまでアシスト的な動きが中心だったはずのマスナダがもう1人のエースとしての動きを敢行した。

すでに2度、危険な逃げへの抑えとして入り込み、さらにパッソ・ディ・ガンダの登りの中腹でも一度単独で抜け出している。

そのいずれもが集団に引き戻される結果となったが、それでもこの局面、パッソ・ディ・ガンダからの下りで、彼は4度目のアタックを繰り出した。

これが成功し、単独で抜け出すことができた彼は、迷わず、先頭のポガチャルに追い付くことだけを考え、危険を顧みないダウンヒルで一気にそのタイム差を詰めていく。

当然、後続の集団は2番手にジュリアン・アラフィリップが入りローテーション妨害。ログリッチのためにヨナス・ヴィンゲゴーが先頭固定で牽引するが、決して下りが得意というわけではない彼の牽きでは、タイム差は縮まるどころか開いていく一方。

下り切って残り16㎞。平坦に入る直前にギリギリでポガチャルに追い付いたマスナダ。

ログリッチ集団はすでに45秒差。勝負は、先頭の2人に委ねられた。


追い付いた直後は少し前を牽く様子を見せたマスナダだったが、さすがに後ろにアラフィリップもいることだし、ここで馬鹿正直に牽かなくてはならないわけではないことに気づき、すぐさまツキイチ体制に。何しろ相手はタデイ・ポガチャル。今年のリエージュ~バストーニュ~リエージュですでに、アラフィリップをスプリントで打ち負かして勝利している男だ。これがアラフィリップであればまだしも、マスナダであれば、彼に対してツキイチを保つことはそこまで批判されるようなものではない。

あとは、どこで仕掛けるか。

最後のスプリントまで持ち込めば、さすがに勝機は薄い。

で、あれば、残り4㎞近くから始まる、最後のベルガモ旧市街へと向かう石畳の急坂区間。

それはポガチャルにとっても同様。このままツキイチを続けられてしまうと、さすがに足が削られてスプリントでも負ける恐れもある。

両者にとって勝負所となる、残り3㎞のベルガモ・アルタ。

ここで、石畳区間の始まりと共に、ポガチャルがまずは加速した。


少し離されてしまうマスナダ。しかし、ポガチャルがそのまま決定的なギャップを作るには、さすがに短すぎた。石畳区間が終了したと同時にマスナダも腰を上げて加速してポガチャルとのギャップを埋める。

逆にカウンターでマスナダがアタックするが、これもポガチャルはしっかりと抑え込む。

結局、最後は2人のスプリントに。


ホームストレート。

ここでもマスナダは決してポガチャルの前に出ようとしない。

しっかりと足を貯め、ちらちらと後ろを振り返るポガチャルの隙をついて、残り150mで加速を開始する。

だがポガチャルもすぐにこれに反応。腰を上げ、スプリントを開始。

そのまま——マスナダはポガチャルに並ぶこともできないまま、今年のツールとリエージュ~バストーニュ~リエージュを制した男が、シーズン2つ目のモニュメント制覇を成し遂げた。


ベルガモ・アルタの登りでアダム・イェーツとプリモシュ・ログリッチを落とした追走集団も50秒後にフィニッシュまでやってくるが、牽制しすぎていたバルベルデやゴデュたちは、やがて追いついてきたイェーツとログリッチにそのまま追い抜かれ、結局3位にはアダム・イェーツが入り込む。

9.イル・ロンバルディア


勝ったのはタデイ・ポガチャル。

これで彼は、グランツールと2つのモニュメントを制した男としてはファウスト・コッピ、エディ・メルクスに続く史上3人目の選手となり、しかも彼らよりも若い年代でこれを制したことになる(このグランツールをツール・ド・フランスと限定すればメルクスに次ぐ史上2人目)。そもそも、同年に2つ以上のモニュメントを制した選手としては最年少らしい。リエージュ~バストーニュ~リエージュとイル・ロンバルディアを同年に制した選手という意味でも史上3人目である。

まさに記録を作り続けている「最強の男」ポガチャル。そのポガチャルに、唯一最後まで食らいつけた男、ファウスト・マスナダも、この日は本当に強かった。これが地元パワーか。それとも彼の今後の飛躍のスタートラインか。


これにて今年のワールドツアーレースはすべて終了。

新型コロナウィルスの影響はまだまだ残ってはいるものの、今年も数多くのレースが開催され、感動を生んでくれた。

また来年、2022年シーズンで、より白熱した戦いを期待している。

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