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オンループ・ヘットニュースブラッド2022

「春のクラシック」開幕戦、オンループ・ヘットニュースブラッド。

ヨーロッパにおけるロードレースシーズンの本格的な開幕を告げるこのレースに、今年も数多くのクラシックスペシャリストたちが集まった。

今年のクラシックの行方を占う重要な一戦。そして、過去にも数多くのドラマを生み出した名レース。

今年、その主役となったのは、一体、誰だ?


最初に出来上がった逃げは7名。

ベン・ヒーリー(EFエデュケーション・イージーポスト)
ユーリ・ホルマン(モビスター・チーム)
アレクサンデル・コニシェフ(チーム・バイクエクスチェンジ・ジェイコ)
カンタン・ジョレギ(B&Bホテルス・KTM)
ルーベン・エイパース(スポートフラーンデレン・バロワーズ)
ドナヴァン・グロンダン(アルケア・サムシック)
モーテン・フールゴー(Uno-Xプロサイクリングチーム)

のちに、この7名を追いかけてマティス・パースヘンス(ビンゴール・パウェルスソーセスWB)が単独で追走を仕掛けるが、これは先頭に追い付くことなく引き戻され、最終的にこの7名だけが、最大で8分近いタイムギャップを許されることとなった。

その後はしばらくまったりとレースが展開していくが、残り100㎞を切ったあたりから段々とタイム差が縮小傾向に。

そしてたとえば残り80㎞あたりでイーリョ・ケイセとヨセフ・チェルニーの2人が集団最後尾付近にいたり、残り73㎞でカスパー・アスグリーンがメカトラにあって遅れるなど、やや「常勝軍団」クイックステップに不安を感じさせるような現象が続いた。

一方、積極的な動きを見せていたのがイネオス・グレナディアーズの若手軍団。ブエルタ・ア・アンダルシア第3ステージで勝利したわずか20歳のアメリカ人マグヌス・シェフィールドやその同じ日に4位に入った23歳のイギリス人ベン・ターナーなどが、前者は残り68㎞地点で、後者は残り56㎞地点でそれぞれアタックするなど、ネオプロ1年目、初のワールドツアークラスのレースで、実に果敢な動きを見せてくれた。

そして残り60㎞を切ってから、優勝候補たちも次第に動きを活性化していく。

まずは残り58㎞。2018年覇者ミケル・ヴァルグレンが遅れ始めるのと同じタイミングで、ユンボ・ヴィズマがワウト・ファンアールトの前にアシストを2枚置いて加速していく。

さらに残り55㎞。ヴォルフェンベルクの登りで、2015年のパリ~ルーベ覇者ジョン・デゲンコルプ(チームDSM)がアタック。

そんな動きが前方で起こっている中、残り53㎞で集団の後方ではアスグリーンが遅れかける姿が映し出されるなど、明暗がはっきりと出始めている時間帯であった。

そして、散発的なアタックがすぐさま引き戻される展開が続く中、抜け出しに成功したのが残り52㎞。ロイック・ヴリーヘン(アンテルマルシェ・ワンティゴベールマテリオ)がアタックすると、そこに昨年のパリ~ルーベ2位フロリアン・フェルメールシュ(ロット・スーダル)が食らいつき、2名で抜け出しに成功。ユンボ・ヴィズマの3人いるエースの一人、マイク・テウニッセンもここにブリッジを仕掛けようとするが、これはうまくいかなかった。

さらにテウニッセンが吸収された直後、残り51㎞で、今度はグルパマFDJのエース、シュテファン・クンがアタック。トムス・スクインシュ(トレック・セガフレード)やマテイ・モホリッチ(バーレーン・ヴィクトリアス)なども反応するが、クンだけがここから抜け出すことに成功し、先行したヴリーヘンとフェルメールシュと合流し、逃げから落ちてきたコニシェフと合わせて4名でプロトンからの距離を保ち続けた。

そして残り44㎞。この4名が先頭の逃げの生き残り5名と合流。
メイン集団と35秒差をつけた先頭の9名パックが完成した。

フロリアン・フェルメールシュ(ロット・スーダル)
ロイック・ヴリーヘン(アンテルマルシェ・ワンティゴベールマテリオ)
ベン・ヒーリー(EFエデュケーション・イージーポスト)
シュテファン・クン(グルパマFDJ)
ユーリ・ホルマン(モビスター・チーム)
アレクサンデル・コニシェフ(チーム・バイクエクスチェンジ・ジェイコ)
ルーベン・エイパース(スポートフラーンデレン・バロワーズ)
ドナヴァン・グロンダン(アルケア・サムシック)
モーテン・フールゴー(Uno-Xプロサイクリングチーム)


残り35㎞。レベルグの登り(登坂距離950m、平均勾配4.2%、最大勾配13.8%)。
メイン集団の先頭を、昨年のヘント~ウェヴェルヘムでワウト・ファンアールトの勝利を最大限にアシストしたネイサン・ファンフーイドンクが猛烈に牽引。
コニシェフとエイパースが脱落して7名となった先頭集団とのタイム差は51秒にまで開いていた。

さらに残り31㎞。今度は同じくユンボ・ヴィズマの新加入メンバーにして今大会優勝候補の1人――すなわち、ワウト・ファンアールトと並ぶ「ダブルエース」の1人――ティシュ・ベノートがアタック。

ここにすぐさまトム・ピドコックヨナタン・ナルバエスのイネオス・グレナディアーズ若手2人組がついていき、そしてさらにワウト・ファンアールトがこの3名に貼りついた。

残り距離、そしてメンバー。決定的な勝ち逃げ集団になること間違いなしのこの動きに、バーレーン・ヴィクトリアスはまずはアシストを使って追いかけようと試みたが、それでは絶対に追い付けないと悟ったソンニ・コルブレッリが自らアタック。ブリッジを仕掛けることに成功する。

メイン集団では乗り遅れたAG2Rシトロエン・チームとクイックステップ・アルファヴィニル、トレック・セガフレードといった面々が全力牽引。そして抜け出した5名もまた、ファンアールトやピドコックも積極的にローテーションを回し、何とかメイン集団とのギャップを開こうと試みていた。


だが、さすがにファンアールトの存在はこの5名の中では最大級の警戒を与えられてしまう存在であった。さらに、コルブレッリも、この5名の中で唯一アシストがいないということもあり、昨年もよくやっていた「ベタ付き」モード。
このまま足を使うだけではいつものお決まりの負けパターン――そう悟ったファンアールトは、次なる手を打つ。

すなわち、ベノートのアタック。のこり20㎞。5名の小集団の中から、ユンボ・ヴィズマはベノートを単独で抜け出させた。


それは、昨年のクイックステップがやってみせた戦略でもあった。のこり43㎞のモレンベルクで形成された17名。その中にクイックステップはゼネク・スティバル、ダヴィデ・バッレリーニ、ジュリアン・アラフィリップという超強力な3名を乗せることに成功していたが、それゆえに警戒され、他のチームは誰も牽かないような状況となっていた。

ゆえに、残り35㎞でクイックステップは奇策に出る。すなわち、世界王者アラフィリップに単独でアタックさせ、一人抜け出させるという戦略。集団ももちろん彼が危険な男だとはわかっていたが、それでも集団内にバッレリーニとスティバルという強力なライダーがもう2人残っており、これで無理にアラフィリップを追いかければ彼らの得意な波状攻撃によってやられてしまう。そう考えた残り16名の小集団は、見事に大牽制状態に陥ったのである。

そのときは結局、そういったロードレースのしがらみとか牽制とかに慣れていないピドコックが自ら前を牽いて強烈に追撃の先陣を切ったことで、他のライダーたちも協力し始め、結局はカペルミュールを前にしてアラフィリップは引き戻されることとなる。

だが、クイックステップ得意の「誰もがエース」という層の厚さを活かした戦術は、最終的にその日の勝利をも手繰り寄せることとなる。


そしてユンボ・ヴィズマは今年、まさにそのクイックステップの「ウルフパック」戦略をスケールダウンした形ではあるが、実現させた。

すなわち、誰もがファンアールトを警戒するこの場面で、ベノートを単独で発射させること。

ティシュ・ベノートという、十分にこの日の優勝候補たり得る実力をもった存在をこの局面までファンアールトの傍に置くという、これまでのユンボ・ヴィズマでは決してなしえなかったことが今年はできるようになったからこそ実現した、「新生ユンボ・ヴィズマ」の本領発揮であった。


そして、思惑通り、残り3名の同伴者たちは互いに牽制し合い、ベノートを追うことを躊躇した。1年前は迷わずアラフィリップを追いかけたピドコックも、1年経ってその辺りの機微が分かるようになってしまったのか、この日は消極的であった。

もちろん、本来はイネオスがここは牽かざるを得なかった。しかしすぐさまファンアールトにローテーションを回そうとして、当然ファンアールトが牽くわけはないので、ベノートだけが単独で先頭を突き進み、そしてファンアールトら4名は結局、カペルミュールを前にして集団に飲み込まれることとなる。


あとは、ベノートが一人でフィニッシュまでいければ作戦成功である。

が、さすがにそれを許すほど、集団内での血気盛んなクラシックハンターたちは大人しくはなかった。


残り17㎞。伝説のカペルミュール(登坂距離475m、平均勾配9.3%、最大勾配19.8%)。単独先頭で突入したベノートを追って25秒遅れでここに到達したメイン集団では、オリヴェル・ナーセン(AG2Rシトロエン・チーム)、アレックス・キルシュ(トレック・セガフレード)らがまずは先頭を牽引して登りに突入し、さらに最も厳しいところでシュテファン・クンが再び先頭で加速。そこにファンアールト、マッテオ・トレンティン(UAEチーム・エミレーツ)、ソンニ・コルブレッリなどが追随。
さらに最も美しい教会へと向かう登りの部分ではマテイ・モホリッチ(バーレーン・ヴィクトリアス)、ラスムス・ティレル(Uno-Xプロサイクリング)、フロリアン・セネシャル(クイックステップ・アルファヴィニル)、トム・ピドコックなどが食らいついていった。

そして残り16㎞。ついに、ベノートが捕まえられる。集団は20名ほど。やはり本家ロンド・ファン・フラーンデレンと比べると、随分数が残ってしまう。

このまま、今年もスプリント勝負へと持ち込まれるのか?


その展開には持ち込みたくないオリヴェル・ナーセンが、残り14㎞でアタック。そこにヴィクトール・カンペナールツ(ロット・スーダル)が食らいつく。

これをティシュ・ベノートとアンドレア・パスクアロン(アンテルマルシェ・ワンティゴベールマテリオ)が引き戻すと、いよいよ集団は残り13㎞地点の最後の登り、ボスベルグ(登坂距離980m、平均勾配5.8%、最大勾配11%)を目前に据える。

誰もが、その瞬間に向けて、精神を落ち着かせようとしていた。

最も重要な一瞬に向けて、身体の緊張をほぐし、筋肉を弛緩させ、最高の爆発を見せるための、一瞬の空白。

そこを、この男は狙ったのか。


ワウト・ファンアールト。残り14㎞から始まるボスベルグの登りの「直前」で、彼は不意に、アタックを繰り出した。


集団は完全に虚を突かれてしまった。

ヴィクトール・カンペナールツとハインリッヒ・ハウッスラー(バーレーン・ヴィクトリアス)がすぐさま追撃を仕掛けるが、一度決定的なギャップを彼に許してしまったら、もう、成す術などあるはずもなかった。

しかも目の前には、クラシックハンターでありアルデンヌハンターでもあるファンアールトにとっては大好物となる石畳の急坂が。

するりと抜け出した世界最強の男は、集団とのタイムギャップをみるみるうちに開いていった。


残り11㎞。後方では、役目を十分に果たした新鋭ベノートが脱落していく。

彼がユンボ・ヴィズマに移籍し、そしてその求められた役割を完璧にこなしたからこそ、今、そのエースは初めて――過去3回の出場で一度もTOP10に入れなかった男が――「開幕戦」勝利に向けて、決定的な一歩を踏み出したのである。


あとはもう、時間が過ぎるのを待つだけである。クラシックの最後の平坦の10㎞というのは、たとえ集団がどんなに数を揃えて居ようと、先頭で君臨する「王」を止めることなど決してできない。

この日のファンアールトもまさにそんな男であった。完璧なタイミングで飛び出し、完璧な足でペダルを踏み続ける男は、その王冠を戴くのに十分すぎるほどの男であった。


かくして、ワウト・ファンアールトは「開幕戦」オンループ・ヘットニュースブラッドの頂点を初めて手に入れる。

それは、すでにミラノ~サンレモを制しており、さらにロンド・ファン・フラーンデレンやパリ~ルーベの獲得も目指している男にとっては、それ自体は決して大きな価値を持つものではないはずだった。

しかし、この勝利はそれ以上の意味がある。今年、シクロクロスでも過去最高の仕上がりで臨み、そのうえで世界選手権をパスして挑んだこのクラシック。そして、新加入メンバーも加えた新生チームで迎えるこのクラシックの、その開幕戦での勝利は、今年彼が手に入れるべき栄光を予感させるような、最高の勝利であった。

現在のコースレイアウトになって以降、このオンループ・ヘットニュースブラッドは、多くの場合で「実力はあるのになかなか勝ちに恵まれていなかった男たちが、その後の大きな勝利に向けてそのきっかけとなるような勝利を果たす」レースであった。2018年のミケル・ヴァルグレンが、同年のアムステルゴールドレースに先駆けて掴み取った勝利や、2019年のゼネク・スティバルが、初めての北のクラシック勝利を挙げ、そのあとのE3ビンクバンク・クラシックの勝利の前兆となったように、そして2020年のジャスパー・ストゥイヴェンが、翌年のミラノ~サンレモ勝利への布石となったように。


そのことを考えれば、その資格が十分にありながらもロンドもルーベも手に入れられずに長年を過ごしてきたファンアールトが、「いつもと違う年」を迎えるにあたり、実に幸先の良い完璧な勝利をこのオンループで挙げられたことになる。

果たして、この予想は当たるのか。
今年こそ、ファンアールトはずっと手を伸ばし続けてきた栄光を手に入れることができるのか。


いずれにせよ、今年の春のクラシックは、例年以上に楽しみなシーズンとなりそうだ。

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