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パリ~ニース2022 第8ステージ

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欧州ワールドツアー・ステージレースの開幕戦。「太陽へと向かうレース」パリ~ニース。今年はプリモシュ・ログリッチやアダム・イェーツ&サイモン・イェーツ、そしてファビオ・ヤコブセンやジャスパー・フィリプセンなど、各方面のトップライダーたちが集まる、ここ数年の中でもとくに豪華なラインナップとなっている。

最終日は恒例の(と言っても3年ぶりの)「エズ峠」ステージ。過去にも多くの逆転劇が展開されてきたこのステージで、今年も歴史的な展開は巻き起こるのか?


ペイユ峠まで

全長115.6㎞のショートステージ。序盤からアタック合戦が繰り広げられるものの、決定的な逃げが生まれないまま、過去決定的なアタックが繰り出されたこともあるラスト45.7㎞の1級山岳「ペイユ峠」(登坂距離6.6㎞・平均勾配6.8%)へ。

集団の先頭はユンボ・ヴィズマが固める。ステフェン・クライスヴァイク、ローハン・デニス、ワウト・ファンアールト、プリモシュ・ログリッチ。前日は早々に登りで遅れていたワウト・ファンアールトが、この日はしっかりとログリッチの前につき、万全の体制。そしてログリッチの後ろにはサイモン・イェーツ、アダム・イェーツ・・・といった順番。

すでにこの時点で集団の数は2~30名程度。ここまでも大量のリタイア者が出ており、この日も8名のDNSと7名のDNFが出ているとはいえ、それでもかなり絞り込まれていることが良く分かる。

そして、残り51㎞。山頂まで5㎞地点で、イネオス・グレナディアーズ新加入のオマール・フライレが先頭に。昨日も攻撃の端緒を作ったこの男が、早速イネオスでの重要な役回りをしっかりと果たしている。

そしてこのフライレの加速によってクライスヴァイクとデニスが早くも千切れる。フライレの後ろにはアダム・イェーツ、ダニエル・マルティネス、ナイロ・キンタナ、ワウト・ファンアールト、プリモシュ・ログリッチ、サイモン・イェーツ・・・先頭は13名ほどにまで絞り込まれる。

のこり48.8㎞。山頂まで残り3.2㎞の位置でダニエル・マルティネスがアタック。2016年・2017年にアルベルト・コンタドールがアタックし、逆転に向けての最初の一手を繰り出したポイント。

しかし、ワウト・ファンアールトはプリモシュ・ログリッチを背負ってすぐさまそのギャップを埋める。逆にアダム・イェーツは遅れ、先頭はマルティネス、ファンアールト、ログリッチ、キンタナ、サイモン・イェーツの5名だけに。

あとはひたすら、ファンアールトの全力牽引。そのハイ・ペースにライバルたちのアタックも封じられ、アダム・イェーツやブランドン・マクナルティ、アンドレアス・レクネスンド(チームDSM)らで構成された追走集団も追いつける気配がない。

最初の関門「ペイユ峠」は、動きはあったものの、ユンボ・ヴィズマとしては「平穏」にクリアすることとなった。


エズ峠の攻防

先頭の5名はひたすらファンアールトが牽引。キンタナもサイモン・イェーツもローテーションには回ろうとせず、それを見てダニエル・マルティネスも拒否。

そのうえでのこり34.6㎞地点のスプリントポイントはサイモン・イェーツがしっかりと加速して先頭通過。2位はダニエル・マルティネス、3位はログリッチを背負ったままファンアールトが通過したため、サイモン・イェーツがボーナスタイムを3秒丸ごと獲得。ログリッチとのタイム差を44秒にした。

そして残り31.9㎞。総合3位ダニエル・マルティネスが、まさかの後輪パンクで先頭から脱落。ニースの街へと向かう長い長い下りを、先頭は4名で突き進む。

危険な中央分離帯の連続に、ひやひやな走りを披露するプリモシュ・ログリッチ。危うく、という場面の連続に、もしかしてログリッチの状態は決して良くないのでは? 集中力が落ちかけているのでは? という思いがもたげる。

そして残り21.3㎞。最後の1級「エズ峠」(登坂距離6㎞・平均勾配7.6%)に突入。

ここでナイロ・キンタナが先頭に躍り出て、彼の得意な小刻みなダンシングによるペースアップを仕掛けていく。

ファンアールトも苦しそうな顔を見せ始め、何度か遅れかける姿を見せる。

のこり19.9㎞。追いついてきたファンアールトが再び前に出るが、もしかしたら最後の力を振り絞っての走り?

のこり19.3㎞。再びキンタナが前に出る。ファンアールトは最後尾に。

ここから、最も勾配が厳しい区間に――入った瞬間に、サイモン・イェーツがついにギアを上げた!

残り19.2㎞。山頂まで3.9㎞。エズ峠の過去のセオリーよりも早めのアタックは、逆転への強い意志。

昨年のジロ・デ・イタリアでエガン・ベルナルを何度も苦しめた鋭い登坂アタックに、ついにログリッチがキンタナと共に突き放される。ファンアールトはさらにその後方へ。

これは――今年もまた、「逆転劇」が見られるのか?


白熱の追撃戦の行方は

先頭を突き進むサイモン・イェーツ。残り18.8㎞。山頂まで3.5㎞。キンタナとログリッチとのタイム差は13秒。

この時点でログリッチとの総合タイム差は44秒。ボーナスタイムで2位ログリッチだった場合には4秒得られるため、ログリッチとのタイム差を40秒以上に開けば、逆転が見えてくる。山頂までの距離を考えれば、いけないタイム差ではない。

実際、ログリッチはまったく足が動いていない。キンタナと共に、遅れていくばかり。そこに、一度は落ちたはずのワウト・ファンアールトが舞い戻ってくる!

残り17.9㎞。山頂まで2.6㎞。サイモン・イェーツとログリッチとのタイム差21秒。ファンアールトがログリッチの前を牽く。しかし彼のペースにすら、ログリッチはついていけなさそうな姿を見せる。

残り17㎞。山頂まで1.7㎞。サイモン・イェーツとログリッチとのタイム差は25秒。ここで、キンタナが遅れていってしまう。

そして残り15.4㎞。サイモン・イェーツが山頂を通過。

しかしログリッチとのタイム差は25秒と変わらず。しかもログリッチのもとには平坦でこそ本来力を発揮するワウト・ファンアールトの存在があり――サイモン・イェーツの大逆転劇は、その可能性を大きく減らすこととなってしまった。


あとは、下りでログリッチがミスをしないこと。本来であれば頻繁に先頭交代をして少しでもペースを上げたいところだが、チームカーからも綿密な指示が入っているのか、ひたすらファンアールトの進路をトレースすることに集中するログリッチ。

それでもサイモン・イェーツとのタイム差も10秒を切り、下りも緩やかになってきた残り8.7㎞くらいからは先頭交代し始めるログリッチ。

おそらく、総合優勝は守り切ることができた。


パリ~ニース「エズ峠ステージ」最後のストレートは「英国人の遊歩道(プロムナード・デ・ザングレ)」。18世紀後半に英国人の富裕層がこの地で冬を過ごすことが多くなり、その発案で建設が奨励されたというこの整備された海岸沿いの美しき道を、英国人サイモン・イェーツは単独先頭のまま走り抜けた。

逆転はならなかった。しかし、勇気ある一撃でしっかりと仕留め切ったその走りは、やはりクライマーとして最も純粋で最も強い男ならではである。

今年もまだ、この調子だけでジロ・デ・イタリアを占うことはできない。だが、彼が同じように熱い走りで我々を魅了してくれることは、期待してもよさそうだ。


最終的な総合成績は以下の通り。

こうして見ると、初日のあの「ユンボワンツースリー」で稼いだ28秒は大きな意味を持っていたようにも思える。逆に言うとそれがなければ本当にハラハラな戦いに。

とくにこの最終日は完全にワウト・ファンアールト様様であった。同じ時期のステージレース総合優勝とは言っても、ティレーノ~アドリアティコのタデイ・ポガチャルとは全く異なる後味を噛みしめることになったプリモシュ・ログリッチ。

しかし、この経験の1つ1つが、「本番」ツール・ド・フランスに生かされればそれでよい。何しろ、転んでもただでは起きないのがログリッチの最大の強み。決して王者ではないことを胸に秘めて、より最高の体制で、ツールに臨んでほしい。


そして最後の最後でパンクによって涙を呑むこととなったダニエル・マルティネス。あのまま最後まで行っていたら果たして・・・。

とにかく彼の無限の可能性を感じさせた1週間でもあった。エガン・ベルナルが早くてもシーズン終盤まで復帰できないことがおよそ確定的になりつつある中、ツール・ド・フランスのエース候補として、彼の名が首脳陣の頭の中に浮かんできていることは間違いないだろう。

「ミニ・ツール・ド・フランス」ことパリ~ニース。

今年は史上最高クラスのメンバーが集まりながらも、史上類を見ないほどのリタイア者が続出するという微妙な展開が続いてはいたものの、最後の最後はやはり熱い展開を見せてくれた素晴らしいレースだった。

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