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ブラバンツペイル2021

ベルギー・フラームス=ブラバント州で開催されるセミクラシックレース。例年、パリ~ルーベとアムステルゴールドレースの間に挟まれた水曜日に開催され、フランドル地方で開催される「フランダース・クラシック」の最終戦ではあるものの、どちらかというワロン地方に似た丘陵地帯を特徴としており、週末のアムステルゴールドレースから始まる「アルデンヌ・クラシック」の前哨戦に位置付けられる。

今年は昨年・一昨年の優勝者であるジュリアン・アラフィリップやマチュー・ファンデルポールは出場しないものの、共に初出場となるワウト・ファンアールトやトム・ピドコックに注目が集まり、その他グレッグ・ファンアーヴェルマートやマイケル・マシューズ、セップ・ファンマルクやマッテオ・トレンティンなどクラシックから丘陵レースに強いパンチャータイプの有力選手たちが集まった。


逃げは9名。

ケヴィン・ファンメルセン(アンテルマルシェ・ワンティゴベールマテリオ)
ブレント・ファンムール(ロット・スーダル)
ジョルディ・メーウス(ボーラ・ハンスグローエ)
エマニュエル・モラン(コフィディス・ソルシオンクレディ)
アンドレアス・ルクネスンド(チームDSM)
ルドヴィック・ロベート(ビンゴール・パウェルスソーセスWB)
ジュリアン・メルテンス(スポートフラーンデレン・バロワーズ)
ブライアン・コカール(B&Bホテルス・p/b KTM)
アンデルス・スカールセス(Uno-Xプロサイクリングチーム)

この逃げ集団に最大で6分近いタイム差を許していたプロトンも、残り70㎞でレミ・カヴァニャを含む4名がアタックしたことで、いよいよ動き始める。

さらに残り60㎞を切ってオスカル・リースベーグ(アルペシン・フェニックス)を含む3名が抜け出し、残り51㎞でこの3名と先行した4名がジョイン。

少しずつ数を減らしていく先頭集団に向けて、徐々にそのギャップを埋めていく。

追走7名の内訳は以下の通り(先行した4名、追撃した3名の順に記載)。

レミ・カヴァニャ(ドゥクーニンク・クイックステップ)
ロバート・スタナード(チーム・バイクエクスチェンジ)
トムス・スクインシュ(トレック・セガフレード)
スヴェンエリック・ビストラム(UAEチーム・エミレーツ)
ブノワ・コヌフロワ(AG2Rシトロエン・チーム)
ディラン・トゥーンス(バーレーン・ヴィクトリアス)
オスカル・リースベーグ(アルペシン・フェニックス)


残り50㎞時点で先頭は6名(ファンムール、メーウス、ルクネスンド、ロベート、メルテンス、スカールセス)。

7名の追走集団は40秒遅れ。

そして1分35秒遅れのプロトンの先頭にはマイケル・マシューズやエディ・ダンバー、ワウト・ファンアールトら有力勢が上がってくる。

ダンバーがアタックしたりするとファンアールト自らチェックに入るような瞬間もあったが、ヘント~ウェヴェルヘムでファンアールトを強力にアシストしたネイサン・ファンフーイドンクなど、ユンボ・ヴィスマのアシストたちがしっかりと先頭を支配し始めるとやや落ち着きが見えてくる。

ただ、ユンボが少し牽くのをやめるとたちまちチームDSNやAG2Rシトロエン、トタル・ディレクトエネルジーなどの選手たちがバラバラと抜け出そうとするなど、落ち着かない展開が続いていく。


そんな中、均衡が破られたのが残り38㎞。平均勾配4%のヘルトストラートの登りで、トム・ピドコックが先頭に躍り出て一気にペースアップ。ここにワウト・ファンアールトとマッテオ・トレンティンがしっかりと食らいついていく。

そのとき集団内では大きな落車が発生し、フロリアン・セネシャルやセップ・ファンマルク、ケヴィン・ゲニッツなどの有力選手もこれに巻き込まれてしまっていた。


先頭では逃げ残りのメンバーが追走集団に追い付かれ、そこにさらにファンアールトたちが合流したことで先頭は残り35㎞で17名の大集団に。

レミ・カヴァニャ(ドゥクーニンク・クイックステップ)
ブレント・ファンムール(ロット・スーダル)
ブノワ・コヌフロワ(AG2Rシトロエン・チーム)
ディラン・トゥーンス(バーレーン・ヴィクトリアス)
ジョルディ・メーウス(ボーラ・ハンスグローエ)
エマニュエル・モラン(コフィディス・ソルシオンクレディ)
トム・ピドコック(イネオス・グレナディアーズ)
ワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ)
ロバート・スタナード(チーム・バイクエクスチェンジ)
アンドレアス・ルクネスンド(チームDSM)
トムス・スクインシュ(トレック・セガフレード)
マッテオ・トレンティン(UAEチーム・エミレーツ)
スヴェンエリック・ビストラム(UAEチーム・エミレーツ)
オスカル・リースベーグ(アルペシン・フェニックス)
ルドヴィック・ロベート(ビンゴール・パウェルスソーセスWB)
アンデルス・スカールセス(Uno-Xプロサイクリングチーム)


メイン集団も必死でこれを追いかけるが、落車と連続するアップダウンによって数がかなり絞り込まれており、まともに追える状況ではなくなっていた。


残り30㎞で先頭集団からコヌフロワがアタック。

トレンティン、ファンアールト、ルクネスンドなどがすぐさまこれをチェック。トレンティンが先頭に出てペースを上げたかと思えば今度はファンアールトが主導権を握るなど、激しい攻防戦が繰り広げられていく。

その動きの中で、残り27㎞。間隙を縫ってトレンティンがアタック。

残った先頭集団の中で誰もがファンアールトの動きを警戒し、アクセルを緩める。

結果、トレンティンは独走を開始。

これを9名の精鋭集団が追いかける格好となった。

レミ・カヴァニャ(ドゥクーニンク・クイックステップ)
ブノワ・コヌフロワ(AG2Rシトロエン・チーム)
ディラン・トゥーンス(バーレーン・ヴィクトリアス)
トム・ピドコック(イネオス・グレナディアーズ)
ワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ)
ロバート・スタナード(チーム・バイクエクスチェンジ)
アンドレアス・ルクネスンド(チームDSM)
トムス・スクインシュ(トレック・セガフレード)
オスカル・リースベーグ(アルペシン・フェニックス)

ファンアールトが先頭に出れば誰も牽かない。

ファンアールトが足を緩めるとたちまちカウンター。とくにカヴァニャは抜け出せばチャンスが大きいだけにすぐ動こうとするが、カヴァニャもファンアールトと同じくらい警戒されているため、やっぱり抜け出すことは許されない。

そんなこんなしているうちにトレンティンとのタイム差は開いていき、いつまでたっても縮まらない。

残り16㎞の最後のヘルトストラートに到達したときには、そのタイム差は25秒に。

このまま牽制を続ければ、逃げ切りは十分にあり得る状況となっていた。


だがここで動いたのが、「牽制を知らない男」トム・ピドコックだった。今年のオンループ・ヘットニュースブラッドでも、中盤で抜け出したアラフィリップをいち早く追走しようと動いたのが彼だった。それこそ2019年のアムステルゴールドレースにおけるマチュー・ファンデルプールを彷彿とさせるようなスタイルである。

誰もがファンアールトを警戒して自ら動こうとしない追走集団の中で、このヘルトストラートで先頭に立ち一気にペースを上げていくピドコック。

当然、ファンアールトはこれに食らいつく。だがそこでピドコックも足を緩めることなく、ひたすらペースを上げ続けていく。

そうしないとチャンスがないのは確かだった。それは誰もがわかっていた。だが、そのあとにファンアールトに勝てる自信がなければそれはできないことだった。

ピドコックは唯一、ファンアールトに勝てる自信がある男だったのだ。


結果、抜け出したのはピドコックとファンアールトの2人だけだった。一度抜け出してしまえば、2人は綺麗な協調体制を作り上げ、元々そこまで独走が得意なタイプではないはずのトレンティンとのギャップは着実に縮まっていく。

トレンティンも早々に単独逃げ切りを諦め、2人と合流することを選ぶ。

残り11㎞。先頭は3名に。プロトンとのタイム差は13秒。

しかし今度は確実に逃げ切れる3名となっていた。


牽制を恐れずに飛び出したピドコックだったが、ラストは冷静だった。

ワウト・ファンアールトが先頭に立ちながら残り1㎞を通過し、ピドコックはその後ろで腰を上げながら飛び出すチャンスを窺い続けていた。

ファンアールトは何度も後ろ振り返り、ピドコックも腰を上げながらも前には出ようとしない。

ラスト500mを切ると今度はトレンティンが先頭に立ち、ファンアールトは一番後ろという最適なポジションを手に入れる。


ここにスパイスを加えたのが追走から単独で飛び出してきたブノワ・コヌフロワであった。牽制を続ける先頭3名に対し、コヌフロワはそのギャップを着実に詰めていき、残り250mを前にしてその距離は50m程度。秒差でいうと3秒程度にまで迫っていた。


ここで、ファンアールトはスプリントを開始した。残り250m。確実に勝つためには少し距離があったが、コヌフロワが追いついてくるその直前の、必然的なタイミングでもあった。

しかしピドコックはしっかりとこのファンアールトの背中に飛び乗った。トレンティンはもう足をなくしており、ずるずると落ちていくだけであったが、ピドコックは冷静にファンアールトの後輪を捉え続け、そして残り100mでこれを飛び出した。


「ちょっと早く飛び出したが、それは僕の能力からすればよい選択だった。でも数秒後に足がなくなっていた。トムが後ろからくるのを見た。リプレイも見たよ。もう、何も語ることはない。彼はただただ強かった。僕はそれを受け入れなければならない」


「僕はいつも自信をもってスプリントに入る。ワウトは僕たちが逃げに乗っている間とにかく常に前を牽き続けていた。僕は彼の後輪に同じワットで食らいつき続けていた。彼はとにかく牽き続けていた。でもきっと、最後はそれが限界にきたんだろうね」


かくして、この12月に「怪物」マチュー・ファンデルプールを打ち破った男は、ロードレースの舞台において、同じく怪物じみた男ワウト・ファンアールトを、真正面から打ち破ることに成功した。

ピドコックにとって、エリートロードレースでは初となる勝利であった。

6.ブラバンツペイル


2019年はこのブラバンツペイルに勝ったマチュー・ファンデルプールがそのままアムステルゴールドレースにおいて衝撃的な勝利を成し遂げていた。

今年のピドコックは、果たして?

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