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企画のスタート13

 まだガスストーブをしまわなくてよかったと思える、東京は涼しい雨の水曜日。関西方面では新たなコロナ対策指針が出そうですね。
 思いもしない出来事で出版社からのアニメ化許諾が受けられなくなってしまった「シティーハンター」。どうしたら良いか考えながら、手にした原作本を何度も読み返して自分と作品との距離を確認します。相談相手はまずは直接の上司・故 森本博政さん。自分の動きを報告してたのも含めてすべての状況を伝えて、とにかく動こうと。一緒に編集部に行って相談を重ねます。とはいえなかなかアポも取れない時間の経過は辛いものがありました。会社と会社をつなぐ地下鉄の定期が要るな、なんて会話をしたものです。
 そしてもう1人は日本サンライズの植田益朗さんです。帰国して晴天の霹靂情報を受けて呆然としてて、気を取り直してすぐの電話「植田さん、もしかくかくしかじかで、TVアニメ制作をお願いしたとして、御社で受けられますか?」これ12月3日でした。翌年4月スタートさせたいTVシリーズのお話です😓当然植田さんもまずは社内調整から入らないといけません。ytvとは初めてのお仕事になるわけだし、しかも原作あり作品。まるで前例がない中の急ぎ判断仰いだのです。当時の日本サンライズトップは伊藤会長に山浦社長。初めてお目にかかった際は「えらいもの持ってこられましたな」。でもサンライズ原作ラインの火付けになりましたね、なんて今なら言えますが、とにかく関係者全員の総力を挙げて取り組む入口に立てたのですが…。
 実はまだ一番大きな問題があったのです。そう、原作使用許可です。前の制作会社とのタッグで進んでいたのが、そこが🆖になってならば基本全部白紙、が出版社の当然の主張です。植田さんと新たな企画書を作り、次の週に提出、その翌日に返事を聞きに行きます。当時の編集長・後藤広喜さんに「ご再考下さい」と企画書を返されたシーンは今でもはっきり覚えてます。理由は日本サンライズとは初めてになるので制作力量がわからないのと、力量あっても放送までの時間が無いアニメ制作は難しい、との事です。…当然です。お先真っ暗、とはこの事でした。続きます。写真はその当時からあった麹町日本テレビ社屋の一昨日の解体様子です。少し寂しいっすね。
 インターネットラジオ文化放送超A&G+毎週水曜日16時〜30分、その週の土曜日22時FM豊田でリピート放送されてるラジオ番組「諏訪道彦スワラジ」、今日の放送のゲストは昨日もお伝えしたように三ツ矢雄二さんです。ぜひお聞き下さい!そう言えば三ツ矢さん「シティーハンター」に確か面白いキャラクターで出演いただいたコトありましたね😊

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