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pay forward

「演劇部に入りませんかぁ?」
大学への初出勤時、正門で学生さんに呼びかけられて新入生(!)に間違えられたり、教員室が分からなくてキャンパスじゅうウロウロした事が懐かしい。30歳そこそこで就職した事もあり、小柄で元々童顔の私は、先生方より学生さんと喋ってる時の方が気軽で溶け込みやすく、教授会に座っていると自分が場違いに感じられて落ち着かなかったものだ。
右も左も分からなく、しかも母校では無い大学に
入り立てでオドオドキョロキョロしていた私に
教員生活のイロハを教えて下さったのは同じピアノ科のW先生だ。年間のスケジュール、判定会議のルールからセンター試験(現•大学共通テスト)の監督業務内容まで。分からない、というよりは「分かる事が無い」状態の私に教員としてのルーティンを懇切丁寧に教えて下さったW先生は、
今思えば現在の私よりずっと若かった。

特に大変だった時期は、ピアノ科主任業務(持ち回りでもれなく順番がやってくる)だ。大学の規則を熟知した上でITに知悉(と一般企業に勤める家族や友人に言うと笑われるのだが、エクセルを使った作業も出来なければならない場面があり、社会人の殆どの人が当たり前に出来るらしいが、「古楽器」を扱う我々の脳内は永遠にアナログ、機械に疎い人が多いのだ)していなければならず、教員室で思わずデスクトップPCの前でふぅ、とため息をつく。
するともれなく「どしたぁ?」ぬっと後ろから声をかけて救いの手を差し出して下さるのがW先生。彼は(私にとって)ITエキスパートエンジニア、しかも学則はほぼ暗記、事務局の方々より詳しいので、とにかく聞けば何でも分かる。
しかも助けを求めると気のせいかほんの少し嬉しそうで、徹底的に問題が解決するまで指南して下さるので、私の主任業務の大部分は先生のアシスト(というよりは実践?)によるものだった(給料ドロボーでごめんなさい)。W先生はとにかく人と人助けが大好きな方で、「転校生」の私は数え切れない場面で先生のキャラクターの恩恵に授かった。

そんな先生が今月末で定年退職される事になった。今はある程度は業務をこなせる立場になった私に楽器店さんより「何かお祝いの品をご用意した方が宜しいのでしょうか?」と問い合わせが来る。
「蓋を開けたら弊社だけ何も差し上げなかったら
面目無いので、どのようにさせていただければ良いかご指示下さい」と仰るので「何も必要ありませんよ、接待問題は、巷で何かと話題になっていますよね、笑、定年まで御社とお仕事をさせていただけた事と、そうやって気遣って下さるお気持ちだけで先生は喜ばれると思います」と返す。

一応こんなやり取りがありました、とメールで
先生に報告し、「私もプレゼントしたいくらい本当にお世話になりましたが、🎁の代わりに、先生がして下さったようにこれから入ってくる新しい先生がたに親身に接していきたいと思います。」と返したところ、次のようなお返事が。

青柳君の回答は◎
(^_^)v(←原文ママ)
上からしてもらったことは,上に返すのではなく,下に繋げる。
横からしてもらったことはちゃんと返す。
下からしてもらったことは,もっと丁寧に返す。
と,教わりました。誰からだったかは忘れたけど。
今の世の中,世界の至る所に不誠実さや嘘が蔓延してるから、藝大ピアノ科ぐらいは,誠実に生きていきたいね!

pay forward という言い回しを思い出す。
W先生は、清濁の「清」に限りなく近い人なんだなぁ、と思う。先生のおっしゃる事をひとりひとりが実践したら、あの問題この争い例の確執に積年のウラミ、全て、何でも無い瑣末事に感じるようになれるだろう。

取るに足らない事を切り捨てて前を向ける事こそ
人としての強さの証明なのかもしれない。


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