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今日は少しだけ弱音に付き合ってほしい。




来週から4回生の授業始まるなあ。



私は結構なんでも頑張れるし
怒られてもへこたれないし
というか大抵のことは寝たらスッキリ。
これは本当に、本当に
怒りも悲しみも落ち込みも
スッキリしている。

これが普段の私で
メンタルも割と強い。

健康で元気。


まあ正直、余裕のある人でありたい。
自分は強い人であろうと思うし
どんな時も自分が矢面に立ってられる人で
ありたいと思うもので。


京都に帰ってきてからより強まった。

そういう類の弱音を吐かなくなり
簡単には泣かなくなった。

疲れたーーーーは言ってるけど
悩みを打ち明けなくなった。
機会がなかったとも言える。


でもたまには弱音を吐きたいものだ!!

でも誰か特定の人に弱音を吐けなくて、
この場を使わせてほしいということです。


振り返ると、3回生は、自分を認めてあげられる人は結局自分しかいなくて必死に必死に自分を肯定してきた1年だった。自分はこれで良いとただひたすらに言い聞かせた。色んな部分で、楽しい人生を謳歌しているんだ〜これが正解だ〜と自分で鼓舞していた。強く生きることが1番のモットーだった。というか今も変わらずそうだ。どうしても自分の生き方に自信が持てないから。

だからそうでもしないと
心が腐って死に行く気がした。


どれだけ強がっていても、たまに、スイッチが切れて明日が急に真っ暗になるときもあった。訳もわからず泣いて、何もかも嫌になった。そんな時は、ふらっと友達や家族を誘って会うようにしていた。

1人で頑張ることに耐えきれなくなったら実家に帰ったり飲みに行ったり東京に行ったり。現実を見ないことにした。

とにかく1人から抜け出すようにして
考え込むのをやめると、耐えられた。

自分のことを好きでいてくれる人の
近くにいることで心を落ち着かせていた。
確実な安心感を得ていたと思う。


まさにこの1年は
逃げるは恥だが役に立つ
だった。

自分を守るために耳を塞いだ。いっぱい逃げた。スタンスを守った。正直全力で強がっていた。明日も自分が好きな自分として生きる為に。


だからこそ今私が思うことは
周りの人が幸せに生きるために
周りの人の揺るぎない味方でいること。
悩み相談聞き係ではなくて
「しゅちゃんなら認めてくれる、共感してくれる」
そう思える誰かの逃げ場や
一時的な隠れ場になりたいということ。


たとえ世界中の全員が敵みたいになっても
私は最後まで大好きな人たちの味方でいたい。




4回生もきっとたっくさん逃げるけどその分、自分が好きだと思える場所で元気に戦っていきたいのだ。
だからもう少し、自分の生き方に自信を持って周りと比較する癖もやめたい。


本当に「余裕のある人」になる為に
もっと自己研鑽しなければなのです。


さて、1000文字超えたところで
大学生ラストイヤー楽しんでいこうね。

結局、私は京都に残ります。
バイトも続けて、オンライン授業を受けて
友達とご飯を食べて東京も元気に通います。


関西に来たら会おうね!!!




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