1991 モスクワの向日葵

「起きろ!!戦車だ!戦車!!」

眠い目を擦りベットからムクッと起き上がった、同部屋の小林がブラウン管に齧りついていた。いつもの悪ふざけかと思ったがそうではない、テレビでは強い調子のロシア語で何かを叫び続け、画面いっぱいに戦車が映し出されていた。

「なにこれ?」

「知るか!!少なくとも試合どころじゃ無いのは確かだ!」

呆然とテレビを眺めていると、窓の外から暴徒が騒ぐような声と戦車のキャタピラ音が聞こえてきた。慌てて窓を開けるとホテルがあるストリートの端と繋がっているメインストリート沿いを戦車が横切って行くのが小さく見えた。上空には無数のヘリコプターが飛んでいる。これは大変なことになった。
バンっと部屋の扉が開き、顔を真っ青にした日本代表の監督が部屋に飛び込んできた。

「クーデターだ!!内戦になるかもしれない!!日本大使館からの指示でホテルから一歩も出ては行けないと言われた!もちろん世界選手権も中止だ!」

落胆した。『なんてことだ。共産国は危ないと聞いていたが、まさかこんな事になるなんて。クソ、今日はソウルオリンピックで負けたナボコフと戦う最後のチャンスだったのに。』
涙ながらに膝を摩った。もう、長年の酷使で膝はボロボロであり、このモスクワオリンピックが彼の引退試合と決めていたのだ。おまけに今日の相手はソウルオリンピックで敗れたソビエトのナボコフだったのだ。しかし、大会が中止になってはそれも叶わない。

落胆してソファーで半日ほど項垂れていると、小林を含む日本代表の面々が、酒とツマミをこれでもかと買い込んで部屋に入ってきた。しかも、高級食材ばっかりだ。アゼルバイジャンのキャビア、ハンガリーのフォアグラ、ルーマニアのソーセージ、ウクライナのチェダーチーズ、バルト産のキングサーモン及びイクラ、モルドバのヴィンテージワイン。

「小林、どうしたのこれ?」

「いや、高級食材を下ろしてる役人がホテルに来てな、安く買えたんだ。もうソビエトが崩壊するから今あるお金が紙くずになるかもしれないからドルが欲しいんだって。」

「安くって?どれぐらい?」

「全部で30ドルぐらいだった。」

嘘だろ!?安すぎるどう見たって日本で買ったら10万は軽くしそうなものだ。

「ああ、国が滅びるとはこう言う事なんだな。」

当時の日本代表の選手たちは、共産圏に行くときは御守りの代わりとしてドルを持って行いく。もし、体制が崩壊して戦争がしても命だけ
は助けて貰えるように1000ドルぐらいは持っていったのだ。本来であれば緊急自体以外は決して手を付けては行けないお金だったが、まさに緊急自体そのものである上に、試合に出れなくなった選手は、失望と不安から逃れるため高級食材を2足3文で買ってホテルで宴会と言うなのやけ酒を始めた。

しばらくして、戦車の音も気にならないぐらい酔っ払ってくると誰かが部屋をノックした、ハイっと部屋を開けるとソビエト代表の選手達がズラッと並んでいた。

通釈の背に高いロシア人が口を開いた。

「ソビエトは崩壊します。お金が必要です。選手たちは大事な物を持って来ました。人助けだと思って買ってください。」

ソビエト代表の選手たちは高価そうな壺や食器、絨毯などを手に抱えていた。

「いや、そんな高いもの買えません。」

「全部、5ドル!!全部5ドル!!」

「全部5ドルだって!?」

酔っぱらった日本代表選手は気を良くして全部買った、どう見たって5ドルじゃ買えないような品物ばかりだったからだ。

ホクホク顔の日本代表と間逆にソビエトの選手達は5ドルを握りしめて険しい顔して去って行った。

しばらく、すると再び部屋がノックされた。部屋を開けるとナボコフが申し訳なそうに立っていた。

ナボコフと互いにたどたどしい英語で挨拶を交わした。リングの上ではライバルだが、試合が終われば気の合う友人の様な間柄であった。

ナボコフは俺には売るものがないと言い始めた。かわいそうだからお金を寄付しようかと思ったが、ロシア語で何かを叫んでグッと跳ね返された。

「俺は乞食じゃない。」

おそらくそう言ったのだと思う。

「My sister Natasha for sale」

ナボコフがそう言うと、妖精の様な金髪の美少女が現れた、大人びてはいるがまだ10代だろう。ナボコフはジェスチャーwp踏まえ売るものがないから妹を買えと言っている。

買えない、ナボコフの気持ちを考えたら買えるわけがない。そんな気持ちと裏腹に小林が値段を聞く。

「How mach ?」

「One time is 10$」

「おお!1発1500円安い!」

その様にして、ナターシャは日本代表に買われたのである。それも何人もの男に何時間にもわたってz。

日本代表に、妹が犯されている間、ナボコフはずっと日本代表と同じ部屋で酒を飲んでいた。きっとやけ酒だろう。
酩酊した彼とうろ覚えの英語で話していると彼は泣きながら歌って、そして死ぬ様に眠った。

俺はナターシャには手を出さなかった。そして、酔いつぶれたナボコフの胸ポケットにそっと10ドルを入れた。もちろん、朝起きた彼にはナターシャは最高だったと告げた。

季節は夏だった。モスクワにも向日葵が咲いている頃だった。

うーん。ドッスン