パンクロックと箱根駅伝 42話

部屋の扉をそぉーっと開け、ガサゴソと音がする方向へ向けて、突き刺すように冷たい廊下を裸足でソロソロと歩いている。

例の音はどうやら、廊下の角を曲がった先にある、トイレに併設された洗面所付近から聞こえているみたいだ。

そうだ、ちょうどトイレに行く振りをして何をしてるか確認しにけばコソコソするまでもないな。と思い、わざと堂々と歩いて行くとにした。
暗い廊下を進んで行くと段々と、大柄の男が洗面台の前にもたれかかっていながら、右手で口を押さえているのが見えてきた。

俺は咄嗟に、あっ、これは誰かヤケ酒でもして、ゲロ吐いてやがるんだな。と思って駆け寄った。

別にパンクロッカーとしては誰が何処でゲロ吐こうが別にどうでもいいのだが、今のマネジャーという立場上、せっかく女将さんのご好意で美味しいアンコウ鍋を振舞って貰えたのに、宿をゲロでファッキンに汚されたらマネジャーとして面目がないのである。

「大丈夫ですか?」

と、優しい声で言いながらその男の背中を摩ると。

そいつはクルリと振り返り粗削りの能面のような怖い顔で俺を睨みつつ、かすれ切った声でこう言った。

「なんでも、、ねぇよ。」

俺は、ブルッとで震えあがった、その男が陸上部で最も恐ろしい大和さんだった事もあるが、それよりも恐ろしかったのは、口の周りが血まみれだった事だ。

俺は、軽いパニックになり、何処を見ていいのかわからずとりあえず一回目を閉じて考えた。

血を吐いてるの?嘘でしょ?なんで?えーっと、とにかくなんでもない事は無いだろう。

「いや、その、口の周りに、血が、、そのあの大丈夫じゃないですよね、?」

俺が、シドロモドロにそう言うと、大和さんは、口の周りを手で荒っぽく拭って、血をズボンの裾で雑に拭いた。

「だから、なんでもねぇよ。忘れろ。」

パンクロッカーならカッコイイシチュエーションかもしれないが、選手の健康管理をしなければいけないマネジャーとしてはそれでは非常に困るのだ。

「いやぁ、忘れろと言われても。」

大和さんは、チッといって、洗面台の脇に置いてあった小さい紙でできた箱を俺の目にグイっと押し付けた。そこにはロキソニンと書いてあった。痛み止めだ。

「見ろ、ロキソニンだ。痛み止め飲みすぎて胃に穴が開いて血がちょっと出てだけだ。。」

血がちょっと出てだけだ!と言われましてもそれって、すごい大変な事じゃないですか!これは、キチンと伊達監督み報告しなきゃいけない。と思った瞬間、胸倉を思いっきり捕まれたと思うと、すごい力で壁に押し付けれた。

そして、能面のような顔から飛び出そうなほど大きく開かれた血走った目で睨みつけられた。

「絶対に言うんじゃねぇぞ。誰にも!誰にもだ!言ったら、殺す!本気で殺す!」

殺すなんて言葉は、田無土で虐められていた時に何度も言われてきたが、本気で命の危険を感じた事は無かったが、大和さんの、殺すは何よりも恐ろしく。本気だったので俺は、すくみ上りながら。

「ぜっ、絶対に、いいません。」

と、許しを懇願するような口調で言うほかに無かった、すると大和さんは胸倉からスルッと手を放した。

俺ふと視線を落とすと、大和さんの右足の甲が2倍ぐらいに赤く膨らんでるが目に入った。きっとどんなに鈍感な人間だって、彼の足が怪我してるのは一目見てわかるほどだった。大和さんに殺されるかもしれないが、俺はたまらず言ってしまった。

「あの、大丈夫なんですか?いや、絶対に誰にも言わないですけど、その足怪我してないですか?ちゃんと怪我してるって言った方が、、」

大和さんがウツボが噛み付くような速さで俺の胸倉を再び捻り上げてきたので、俺は話の途中で閉口してしまった。

「あぁ!?怪我ってのはな。自分で怪我って思うから怪我なんだよ。これは腫れてるだけ。怪我じゃねぇ。」

「あ、、はい。わかりました。」

「絶対言うなよ。誰にも。」

「はい。」

大和さんは胸倉から手を離して、もう一度。俺を舐めまわすように睨みつけると、足を引きずりながらユックリ俺の前を通り過ぎていって部屋に戻っていた。

俺は、フゥ〜と息を吐いてから、冷や汗まみれの顔を掌で拭った。

流しを見ると、大和さんが吐いた血の跡が残っていたので、俺はそれをトイレットペーパーでふき取り綺麗にしながらふと、ナメクジに言われた事を思い出した。。

『箱根前に怪我しても、黙って誤魔化す選手が増えてくるから見つけたらキチンと報告をしろ』

そうだ。怪我をしたら必ず報告しなければならない。それを黙っているのは不正以外の何物でも無い。そもそも、大和さんがメンバーから外れたら白井さんがメンバーには入る可能性が高くなるわけだし。殺すと言われたって、俺はやるべき事をやるだけだから悪くはない。そもそも殺すと言われたって、まさか本気で殺されはしないだろう。

そんな事を考えながら、血を拭ったトイレットペーパーを捨てようとゴミ箱の方を見たとき、ゴミ箱の中にズタズタに破り捨てられた手紙ような物が目に入った。

うん?手紙?俺は気になったので、その中の大きな一片を取り出して、トイレに入って電気を付けて読んでみることにした。

少ししか中身が読み取れないが、少し尖った達筆でこう書かれていた。

「    で大変です。

    金の目途がで

    門学校に行かせ

     両親だけでは

    は親族で、どうにも

    入院費が工面できる。

   業団に進んで家族を救っ   」

俺は、その紙を、より細く千切って、素早くトイレに流した。

そして、何が正しいのか分からないが、今日の夜は、何も見なかった事にした。



うーん。ドッスン