パンクロックと箱根駅伝 41話

練習が終わった後で、こっそり岬の突端まで自転車で行って、井上さんにお礼を言いに行こうと思ったが、先ほどの場所のあたりは彼はおらず、ジェットスキーも無くなっていた。

もしかしたらジェットスキーで再び帰ったのでないかと不安になり、電話しようとスマホを取り出すとラインにメッセージが入っていた。「ジェットスキーを運搬する専門の業者の車に乗ってる。さすがに復路は死ぬ。」と書いてあった。

とりあえず、一安心して電話をかけると井上さんは3コール目ぐらいで電話に出た。

「あの、牧田です、今日は、本当にありがとうございました。おかげで、本当に、、、」

俺は、電話の向こうの相手だと言うのにも関わらずペコペコ頭を下げながらお礼を言っている途中で、咳き込んだ井上さんに遮られた。

「ゴフッ、ゴッ、ヒュー。牧田。お礼はいいよ。ゴッ、ゴホォ。今死にそうに気持ちわりぃんだ。風邪ひいたわ、ゲフォ、気持ちは分かったから、また今度な。ゲフィン。」

それだけ俺に伝えると一方的に電話が切れた。風邪ひいたみたいだが、俺はホッと胸撫で下ろした。

宿に戻ると、白井さんに、一体どうやって靴を持ってきて来てくれたのか?と聞かれたので、経緯を説明すると目を丸くして驚いていた。

「ええ!?マジで!ジェットスキーで?はぁ、そいつ面白すぎでしょ。お礼したいから今度会わせてくれよ。」

「わかりました。すごくキモイ感じかもしれないですけどね。いい人です。」

白井さんは腕を組んで首を傾げながら、観察するようにじっと見つめてきた。

「白井さんどうしたんですか?自分に何かついてます?」

「いやな、お前バンドマンだったんだよなぁ。忘れてたよ。」

急に何を言うんだと思ったが、白井さんはおそらくそれを察したように続けた。

「いやな、俺にとって、どうでも良かったんだよ、バンドマンだったて事。むしろ内心馬鹿にしてたわ。ぶちゃけると、自分探し旅人かと思ってたわ。」

「なんですか?自分探しの旅人って?」

「今日の俺しか見てないと分かんないだろうが、大学生に入ってから腐りまくってたよ。クズの世界を俺は生きてたんだ。その世界には、自分を探して旅をすれば、本当の自分に出会えるとか吐かす連中がウヨウヨいるんだわ。でもなそいつらは空っぽの自分を胡麻化して永遠に旅するんだよ。ドラクエ6みたいに井戸の中で化石になった自分を見つけられるほど人生は甘くない。」

「じゃあ、自分は自分探しの旅人ではないんですか?」

「違う。お前は、泥にまみれて巨大な何かと戦う人だ。それに気がついたよ。お前は凄いやつだよ。」

「うーん。例えば、ずしおうまると戦う『やたら強い農民』とかですか?」

なんだか照れくさい話になったし、俺はそれが苦手なのでジョークで場の雰囲気を崩した、白井さんはガハハと笑った。

「お前面白いな!恐れ入ったわ!気に入ったよ!俺とお前は今日から親友だ!他の人が見てないときなら、俺にタメ口使っていいぜ!」

そういうと白井さんは親指をぐっと上げてサムズアップをした!

俺もとっさにサムズアップで答えた。親友。その懐かしい響きに急に胸がこそばゆくなりフフッと笑ってしまった。

「気持ちはありがたいですが、タメ口はやめておきます。」

「そうだな、タメ口はやめた方が良いな。言った自分が言うのもなんだがな。もし、箱根のメンバーに選ばれたら、お前が持ってきてくれた靴を履くぜ。」

「ありがとうございます。あの、あと少し頑張ってさいね。」

白井さんはグーで俺胸を軽く突いた。

「もちろんだぜ。親友よ。」

合宿最終日と言うこともあり、ギャルの女将さんは、特別にアンコウ鍋を振舞ってくれた。それも雑居ビルの7階ぐらいで安い熱帯魚が泳いでるような店名負けした居酒屋の『大満足 アンコウ鍋付き4000円 コース』に出でくるような慎ましやかなアンコウの切り身ではなく、丸々と肥ったアンコウの身と肝を鍋いっぱいにぎっちり詰み、その隙間に上れたてのシャキシャキのネギ、良い匂いのする人参、瑞々しい特大の白菜、新鮮な鳥のささ身で作った手作りの肉団子、笠の大きい立派なシイタケをギュッと詰めて、味噌でドロッと煮込んだ素晴らしい一品だった。俺は、冷え切った体にこんなうまい鍋を食べれると思うと心が躍ったが。

「あんこうか、すき焼きが良かったわー。あんこうってなんかキモくない?」

ボソッっと、アンコウみたいな顔した石原が偉そうに俺に話しかけてきた。俺は、そこまでは我慢したが、すき焼きが良かったという割には血走った目をして、必死にあん肝ばかり食ってるので、その場で吊るし切りにしてやろうかと思うほど俺はムカついた。

食事が終わると、そのまま晩のミーティングが始まり、伊達監督が立ち上がって合宿の総括を話始めた。その口振りはとても不機嫌なものだった。29分15秒の設定を選んだのにもかかわらず、それをクリアできた者はたったの5名。それが非常に気に食わなかったようだ。
エースの戸川、前川、福永、石原、小林兄のみである。白井さんについては29分25秒と設定オーバーしたが伊達監督は2軍でここまでできればまぁ上出来だと評価してくれた。それとは反対に、白井さんに負けた選手への風当たりは強かった。ある種これが白井さんを合宿に入れた真の意味でもある。2軍に負けた者への制裁と見せしめだ。畏怖と恐怖により自分の都合の良いチームを作っていく。特に31分54秒と一人大幅に遅れた寺本への批判は猛烈であり、寺本はいつ泣き崩れるだろうかと思うほどだった。それが終わると今度は、主力の大和さんへの喝という名の中傷が始まった。

「おい〜。大和。なんだよこの結果は?はぁ〜。お前なぁ、主力だろ!?戸川に勝つって公言してたよな!?夢はオリンピックだって、それが肝心の練習で2軍の白井に負けちゃうんだ?いいのそれで?ねぇそれでいいの?来年はメンバーから外れちゃうかもね。来年の新人は強いのいっぱい入るよ?大和どう思ってんの?あぁ?」

大和さんは一人直立し、こぶしをギュっと握りながらただ黙っていた。

「なんだよ。黙ってどうすんだよ?おーい、どうなってんだ3年生!?おい、前川、大和どう思う?」

伊達監督は公衆の面前で大和さんの犬猿の仲の前川に批判させる。

「僕としては、主力の自覚が足りないとおもいますね。大和君モチベーションさがってない?ねぇいいの?主力として恥ずかしくないの?」

大和さんが前川さんの批判をする事が多いが、前川はここぞとばかりに大和さんの批判をする。大和さんは野武士と呼ばれるほどにストイックに競技に没頭する選手だが、前川さんは対照的に自分をブランディングする手段として陸上に取り組んでいる。大和さんはいつも短い坊主で私服はジャージしかない。遊びにもいかない。行くのは治療院ぐらいだ。それに対して、前川さんは髪を規則ギリギリまで伸ばし、裏原宿あたりとった写真を、週末の度に甲子園での松坂の投球数ぐらいSNSにアップロードするのだ。そのぐらい彼らの性格は違う。

しかし、なにを言われても、相変わらず大和さんはこぶしをギュっと握りながら批判に耐えていたるだけだった。食堂には気まずい雰囲気が立ち込めるが、戸川だけは興味なさそうにスマホをいじっていた。

「まぁいいわ。前川もういいわ。なぁ、大和。お前、家貧乏なんだろ?結果出なかったら、学費免除外すからな。覚悟しておけ。」

伊達監督がそういうと大和さんは俯いたまま、うっす。と言っただけだった。

その日のミーティングは気まずいまま終わった。

箱根前なのに後味が悪いなぁ、と思いながら、俺は食器を片付けて、明日帰る支度をしてから、部屋に戻り布団に入ろ眠ろうとして居たら、昨日寝る前に聞こえた廊下の方で何かをゴソゴソやっている音がまた聞こえた。これはひょっとしたら白井さんの靴を傷つけた犯人が何かをしているのではないかと思い俺はそっと布団から起き上がった。

うーん。ドッスン