パンクロックと箱根駅伝 22話

入寮まで俺は身の回り整理に追われた。まずは家を引き払う為の相談で大家の所へ行き。引っ越しのためのクリーニング代などの話を付けると供に、不要な家具はリサイクルショップへ引き取って貰う事にした。
面倒だったのはバイト先の居酒屋で、元々シフトがキツかったこともあり、妙に意識の高い耳がピアス跡だらけのビジュアル系が大好きな店長による必死の引き留め工作にあった。

「牧田くん。辞める必要なんてないって!!一緒に夢を目指そう!!居酒屋で学びながら目指そう!!大きな夢一緒に掴もうよ!!」

そんな事を、この世の終わりのように必死な顔で説得されたが。そもそも、夢を掴むも何もバイト禁止と銘打たれている以上は辞める以外にどうすることも出来ないのだ。
バイトの話が解決すると、マネージャー長の細野さんのアドバイスを受けて上野の怪しい店でランニングウェア等を大量に購入した。一体ここは日本なのかと疑いたくなるぐらい安い値段のジャージや靴を買ったが、一流選手でなければとりあえず問題ないそうだ。
めまぐるしいほど慌ただしいかった上に、2軍寮の準備が中々できず荷物の搬入が出来なかったので、とりあえず2軍寮入寮した後に今の下宿から荷物を搬入する事にして。最終的に今の下宿うぃ手放すのは一ヶ月後にする事にした。荷物なんて物はわずかにしかないので、とてもめんどくさかった。

入寮日の朝を迎えた。細野さんからの連絡でまずは一軍寮の監督室に行け。と言うことだった。
学校のエントランスで相変わらずナメクジみたいな細野さん会い、一軍寮までの道を案内された。一軍寮は大学のある丘陵の中腹の坂をくり抜いた一角にあった。まるでデザイナーズマンションの様な幾何学模様で洒落たエントランスがあり、それは吹き抜けになっていた。エントランスの隣の部屋には、大きくて日当たりの言い窓あって、その中にはピカピカの筋トレマシーンが並んでいるのが見えた。全体の大きさは、中型のホームセンターぐらいはある。3階立てで、1階にサッカー部。2階にバスケ部。そして3階が陸上部だった。居住できる部屋数は50部屋ほどあって、総勢120名ほどが暮らしていた。間取りは3階だけ少し小さい上に、サッカー部が一部屋に4人以上が住んでいるのに対し、陸上部は1人部屋で暮らしている選手も多く人数は22名ほどしかいなかった。そのすべてが一軍だった。
『22名も一軍寮にいるのか!』と驚いたが、細野さん曰く、一軍寮に22名は相当な少数精鋭らしい。
一年生の推薦組10名はとりあえず入寮して先輩の部屋でくらす。力のあるものは、1年生でも1人部屋。次の年になると1軍に入れる実力以外の者は2軍寮へ強制的に移動させられる。

「まぁ、うちで2軍になったら、まず這い上がれ無いけどな。結局2軍なんて強いカードの為の生け贄みたいなもんさ。」

そんな事を彼は階段を上りながら不適な笑顔でニヤリと話す。俺は少しイラっとする。
3階の陸上部のフロアは、1階、2階と違って、とても清潔で体育会独特の汗くさい香りがしなかった。掃除は隅々まで行き届き、トイレのシンクは清潔な輝きを発っしていて。まるで、気の利いた市民ホールと行った感じだった。
階段を上がってすぐの部屋を細野さんがノックする。

「おう、」

と野太い声が聞こえた。

「細野です。牧田つれてきました。」

そういって、監督室のドアが開けられる。
中は、およそ6畳ほどのほどの細長い書斎のような部屋で、美しい細身のディスクの上にMacBookがおいてあり、その脇には練習結果らしい各種のグラフが書かれた紙などが置いてあった。部屋の奥に置かれたエスプレッソマシーンが香ばしくていい匂いを出していた。パッと見た感じは、フリーランスの設計事務所のようだった。
そのディスクの前に、メガネを掛け何かの書類と睨めっこしている伊達監督が座っている。

「おう、よくきたな。本当にくるとは思ってなかったよ。よし、まぁ、明日の4時から、たっぷりコキつかうからな。覚悟しておけよ?覚悟できてるんだろ?はじめに言っておくが、何ヶ月かたって泣き言を言い出しても知らんからな。」

相変わらず、濃い顔でギョロっと俺を見る。

「覚悟は出来てます。」

伊達監督は、軽く頷いて俺になって興味が無いと言わんばかりに再び書類とにらめっこする。

「じゃあ、細野、牧田を2軍寮に案内して、その後は大島に任せるようにいってある。」

細野さんは深々とお辞儀をして。

「わかりました。失礼します。」

と、言って踵を返して部屋のドアを開けた、俺は、よろしくお願いしますと言って部屋をでた。

監督室をでたところで細野さんが俺の肩を掴んで、親指をクイっと外側に向けて動かす仕草をする。

「牧田、じゃあ2軍寮いこうか。」

「よろしくお願いします。」

俺と細野さんは寮の外へ向けて歩き出す。

「ちなみにさー牧田、この寮ピカピカで綺麗だと思わない?」

細野さんは階段を下りながら、何かを含ませるように言った。

「思います。こんな所に住めるなんて貧乏学生からは想像も出来ません。」

そういうと。いかにもわざとらしく。

「残念だなー。あー、2軍寮。あー、残念だなー。」

と眉間を押さえながら、独り言を始めた。
俺はこれはきっと2軍寮が古くて汚いんだな。だから俺にプレッシャーを掛けて楽しんでいるんだな?と直感した。
丁度、寮の外へ出たあたりで。

「2軍寮汚いんですか?でも良いですよ。汚い部屋は慣れっこです。」

そう、細野さんに言ったが、彼は満足げな笑みを浮かべながらこう言った。

「そんなレベルじゃないよ。ゴキブリ屋敷だぜ。へへへへ。」

と不気味に笑う。なんだか、いかにも人を小馬鹿にしたような目つきが気に喰わず、ゴキブリ屋敷の前にお前はナメクジ男だろう。とつっこみたいが、そんな事は言わず。黙って2人で坂を下っていった。
坂を下っていくと『幸福川』という名のドブ川にぶつかる。そのどぶ川に沿って500mほど歩いていくと、古い長屋が何件かあるような一角の脇を曲がっていく。細野さん曰く文化住宅と呼ばれる大正時代からあるような長屋だそうだ。
その文化住宅が立ち並ぶ中に古いアメリカンで見るような細長いモーテルがあった。きっとアメリカ人が駐在していていたときに使っていたものであろう。色あせて、看板は落とされ、ところどころサビついていた。まるで、お化け屋敷の様だった。こんな建物が近くに合ったら、さぞ嫌だろうなぁ。などと考えていると、細野さんはそのモーテルの敷地に入っていく。
俺は思わず声がでる。

「ちょっと、待ってください。2軍寮って。」

細野さんはニヤリと笑う。

「いらっしゃいませ!専央大学2軍寮へようこそ。米軍が利用していたモーテルを30年前に買い取った風光明媚なお宿になっています。ちなみに昔の店名はホテル カルフォルニアでございました。」

俺はため息がでる。まさか、俺の人生でモーテルに住むことがあろうとは。何が『ホテル カルフォルニア』だ。こんなゴキブリ屋敷には『ホテル バズコックス』がお似合いだと思った。

うーん。ドッスン