パンクロックと箱根駅伝 24話

大島さんからマネージャーの仕事について長い説明を受けていくうちに、俺がやらなければいけない仕事が想像以上に重労働である事が分かってきた。
胸ポケットから取り出したメモ帳に逐一メモを取りながら話を聞いているのだが、気がつけば10ページほど使っていた。
俺は、メモ帳を読み返して仕事内容を反芻する。

「まず、朝の4時に起きて一軍寮へ向かわなければならない。そして、一軍寮に住んでいる一年生と共に寮の目の前の道路掃除、便所掃除、廊下掃除を実施した後に。物置からテントを取りだし大学グランドまで運ぶ。その後、速やかに一軍の選手達が朝練の準備の為の荷物置き場と伊達監督が座るためのデッキチェアを設置しなければならない。この際、一軍の選手到着前にテントをピシっと張らなければ一軍の大和さんという恐ろしい3年生にしこたま怒られる。
『選手は命張って走ってるのに、テントがピシっと張れてないってのはどういうことだ!!』
悪人では無いが、まるで軍人さんみないな昔気質な人で怒りっぽいので注意するべき。(みんなから煙たがれている。)
テント張りが終わったら、選手がグラウンドに集合何分前に到着したかと、体調を逐一チェックする。これは、寝坊している選手がいないか管理する目的と、二日酔いで練習にでてくる者、風邪をひいているものがいないかを確認する為である。
朝練週は5時10分に集合完了してから、5時30分よりスタートする。実施の際はAチーム、Bチーム、Cチームに分かれる。Aチームは1軍主力で構成される。Bチームは1年生と2軍の中で強い選手が参加する。Cチームは怪我人とその他の選手の混成チームである。
練習内容は全チーム一緒で14kmの集団走だが、1km当たりのペースが違う。
Aチームは1km3分40秒で走りきる。Bチームは1km3分50秒。Cチームは1km4分00秒。
たった10秒の差ではないかと思うが、一流選手にとってはその10秒の差がとてつもなく大きい。
14km走の際は主にBチームの集団に自転車で随伴するのだが、これは重労働なので体調管理はしっかりする事。
14km走が終わると選手は筋トレを始めるので、その間にマネージャーは体重測定、脈拍測定の準備、および1軍選手が飲むプロテインを用意をする。準備が遅れると前川さんという妙に意識が高い系の3年生にネチネチ文句を言われると注意しなければならない。
『ねぇ、なんでプロテイン用意してないの?素早いリカバリーが怪我を防ぐんだよ?ねぇ?いつも言ってるよね?なんで?なんで?』
そんな風に、とてもめんどくさい事をネチネチ言われるので、さっさとプロテインを用意するべきだ。(30分ほどネチネチ文句を言われるから。)
その後は、選手の朝練走行データや、体調の報告をエクセルのマクロで編集し朝8時30分まで伊達監督に提出する。
その作業の途中で、1軍寮の食堂で7時30分ぐらいにパンをもらえるのでそれを受領し、2軍の選手に配なければならない。1軍の選手は食堂で暖かい朝ご飯が食べれるが、2軍の選手の朝ご飯は既製品のパンである。ちなみに2軍の選手の晩ご飯は無いので、マネージャーと当番が作らなければならない。一応、一階に食堂専用に使っている大部屋があるのでそこで炊事する。
作った料理がまずいと2軍寮の中では実力者の福永という3年生が
『豚小屋に住んで、豚の飯くってりゃ、気分はまるでロースハム』
というよくわからないグチを言ってくる。その口調が妙にムカつくのが決してブーたれてはならない。(余計面倒くさくなるから。)
伊達監督への報告資料の提出が終わるとダッシュで2軍寮へ戻り、学校へ行く支度をし、単位が厳しい学生がちゃんと大学に言っているかチェックしなければならない。2軍寮の学生は自暴自棄になって単位取得率が悪いので、マネージャーがしっかり管理する。2軍寮にはギャンブル狂の白井と言う4年生がおり、パチンコに明け暮れた去年の取得単位は2単位という驚異の数字を叩き出した。白井さんに限らずそんな人物が多いので気を付けろと言われた。
『今日だけ、ねっ。今日は自主休講、疲れてるんだよ。許してよぉ。』
それが口癖だそうだ。そこを布団をひっぺ返しても必ず学校に行かせなければならない。(こんなダメ人間でも彼女は可愛いらしい。)
学校が終わると午後練習が始まる。午後練習はジョギングの日と、ポイント練習と呼ばれる。きっつい練習に分けられる。
1軍は火、水、土、日がポイント練習で。2軍は月、木、日がポイント練習である。日曜日以外1軍とはかぶる事はないが、マネージャーは要請により、午後練習は1軍の方に参加する事もあるので、柔軟に対応する必要がある。
仕事で最もやっかいなのが選手のマッサージである。1軍寮の選手は専属のマッサージ師が付いているのでわざわざマネージャーに要請する事は無いが、2軍寮の選手はとにかく金が無いので、マネージャーや後輩にマッサージを求めてくる。円滑にマッサージが出来るようにそれを管理しなければならない。
特に梶原さんという3年生がよくマッサージを求めてくる。彼は、本来なら1軍にいるはずの実力者だが、伊達監督と大喧嘩して2軍に懲罰降格させられたらしい。哲学が好きで人柄も、とてもいいのだが、ストイックすぎてマッサージにを夜遅くまで要求させられる事も多いそうだ。(そのかわりおこずかいをくれる。)
日曜日の練習は30~35km走で、2軍寮の前に集合してから、2軍寮の近くの多摩川の河川敷で実施する。
その際に寮の目の前に置かれた銀色のトレーラーハウスが1軍の選手が着替えをするための場所になるそうだ。なので、1軍の選手がやってくる前にきれいにしておかなければならない。
あとは、専央大学のホームページの更新や、伊達監督に頼まれるの仕事をこなす事も求められる。うーん。大島さんこんな感じですか?」

「まあ、ざっとこんな感じだなー。」

俺は頭を掻いた。

「大島さん、あのこれ、とんでもない重労働じゃないですか?」

大島さんは渋い顔した。

「そうだよー、今年2人も逃げたから俺だけでずっと回してたんだよ。1軍はマネージャー多いし、女子マネは可愛いしね。」

「あの、2軍にもいるんでよね?女子マネジャー?」

大島さんは左目を訝しげに閉じながらこう言った。

「まぁ期待するなよ。大沢って奴がいるんだが、性別上は女子だけど。まあ、種族はトロール族かな。俺が魔法使いで「チェンジ」の魔法が使えるならすぐ使いたいぐらいだよ。でも、かわいい女の子なんていない方がいいよ。ドロドロするだけだから。」

「ドロドロするんですか?」

「ああ、1軍なんて女子マネに可愛い子いるもんだから、昼ドラみたいになってるよ。松沢。竹田。梅宮。1年生の三人がすごくかわいいんだな。大城監督時代はかわいいこなんて入れなかったのにな。でも、仕事は全然できない。」

「あの、なんで、伊達監督になってから可愛いマネージャーが入ったんですか?」

「それは、エースの戸川がカッコいいからだ。2年生だけどべらぼうに強いし、顔は若手俳優顔負け、背は高くて、頭もいい。メディア受けも最高。去年の箱根も3区で区間賞。今、学生陸上界で1位2位を争う人気選手だよ。でも、マネージャーなんか興味なくてどこかの読者モデルとつき合ってるけどな。」

俺は、ほぉう。と唸ってから。

「そんなすばらしい選手がいるんですね。」

と、大島さんに言ったが、彼は首を横にふった。

「あいつは最低やろうだ。あんなやつを取るから、うちの大学はダメになったんだ。そのうちわかるよ。」

俺は、なぜそんな強い選手がそこまで最低なのか気になったが、それ以上は何も聞けなかった。大島さんが話を続けた。

「でもな、最低の我が専央大学にもすばらしい人はいる。特に3軍の浜さんだ。俺と同級生だけど俺は『浜さん』と呼ぶ。あの人は人格者だ。あの人は選手権マネージャーで身をすり減らしてる。それでもいつでも笑顔でチームのためにいつも頑張っているすばらしい。」

俺は、すぐに疑問を感じたので質問する。

「あの、3軍ってなんですか?そんなに素晴らしい人なのになぜ3軍なのですか?」

大島さんは渋い顔をしてうつむく。それから軽く天井の方をチラッと見てから語りかけるように話した。

「浜さんは元々な、エリート選手だったんだよ。将来を期待され。大城監督が山口の萩商業からスカウトしてきた、でもな。入学する前から浜さんは踵を壊していて使い物にならなかったんだ。でもな、人格が素晴らしいし真面目で昔の実績があるから、みんなの希望もあって1軍に残していた。でもな、伊達監督に変わってから。伊達監督と旧大城派の選手と抗争が起きたんだ。伊達監督の人を駒としか見てない考え方に憤慨している選手は多かった。その時、男気を出して、真っ向から意見を言ったのが、浜さん、梶原、俺だ。『選手は貴方のコマではありません。もっと人格を尊重してください。』ってな。それは、当然の如く伊達監督の逆鱗にふれた。そして、懲罰として、俺は2軍マネージャーに、浜さんは3軍マネージャーへ。ただ、将来のある梶原だけはなんとか2軍降格ですんだ。でもな。これには裏があったんだ。本当は浜さんが1軍マネージャー、俺と梶原が2軍マネージャーになる予定だったんだ。でもな、浜さんは伊達監督に土下座したんだ『将来がある梶原だけは潰さないでください。代わりに私がだれもやりたがらない3軍の長になります。寮も引き払って下宿で暮らします。だから、梶原だけはなんとか選手で残してください。』ってな。伊達監督もなんとか溜飲を下げて、それを飲んだ。ちなみに3軍ってのは、専央大学陸上部でしたって肩書きが就活の時ほしいような連中が部費払ってるだけの有象無象な所なんだ。練習もバラバラだし。昔の資金難だった時代の名残であるんだけなんだよ。でも3軍ってのは頭の良い人間も多いし、彼らが後に一流企業で偉くなると1軍、2軍の就職で有利になったりする。つまり、共存共生なんだ。でもな、伊達監督は潰したがってる。当然反発もあって、管理が大変でホトホト困ってる所に浜さんが引き受けたんだ。しかも選手権マネージャーとしてストイックに練習しながらだよ。それは並大抵の事ではない。牧田もきっと浜さんに合えばきっと尊敬するよ。」

浜さん・・・。嫌な人だらけらしい陸上部でこんなに尊敬される彼は何者なのだろうか?しかし、俺は今思うのが。たぶん大島さんは結構好きな人だ。と言うことである。

そこから、大島さんと陸上部について色々話し合った。先輩の事も勿論話した。大島さんは『きっとその街田君は厳しいが。俺はそんな奴が大好きだ。』そうだ。

気が付くと、時計が16時を回った。

「そろそろ、練習の時間だからお前の部屋の奴が返ってきてるんじゃないかな?」

大島さんと共に部屋をでて、318号室へ向かう。
ドアノブを回すと空いていた。

「大島です。入るよー。今日から同部屋の牧田君。」

部屋に入るとカビ臭さとイカ臭さがウッっと鼻を突く。俺が『よろしくお願いします』と礼をしながら中に入ると、どう見ても小学5年生にしかみえない小柄でイガグリボウズの男が立っていた。彼は顔を赤らめモジモジしながらこう言った。

「あっ、牧田くん。こっ、こんにちは権堂です。よっ、よろしくおねがいします。」

最果ての部屋らしく、俺は森の小人に出会ってしまったのような気分だった。

うーん。ドッスン