パンクロックと箱根駅伝 44話

俺は大和さんについて、それとなく色々な人に聞いてみることにした。どうしてもあの合宿の日以来彼の事が気になって仕方がなかったのだ。

人によって言い方は様々であるが、概ね「実力がある反面古臭く個性が強い上に、他人に干渉するところがあるのであまり好かれてはいない」という意見に集弾していた。
その中で、いくつか引っかかる事項があった。
まず彼の家がとても貧乏である事だ。それから、人吉工業が全国高校駅伝で優勝した時の補欠だった事。
その2つの要素が気になり、過去の資料を挟んだファイルを寮の書籍棚から取り出しパラパラとめくって行くと、意外な事実を発見した。

不可解な事に彼の高校1年生以降の成績が皆無だったのだ。遅いとか早いとかの次元ではなく、皆無だったのだ。そう一切試合に出ていなかったのだ。

そのことについて、練習後に、給水ボトルの洗い物している時に浜さんに聞いてみることにした。

すると、浜さんはなんでそんな事を聞くのだろうというようなキョトンとした顔をしたが、快く教えてくれた

「ああ、大和の記録がないって話か。よく知ってるな。実は、あいつは、高校時代に陸上部を一回辞めてるんだよ。」

意外な答えに俺は「えっ!?」と驚きの声を漏らしてしまった。

「あいつは、父親がアル中でな。借金を抱えて。しかも5歳の弟が病気になったんだよ。だから、バイトする為に一度陸上部を辞めたんだ。大和は実力者はピカイチだったが、流石に名門中の名門の人吉工業陸上部でバイトと部活の両立は認められなかったんだ。」

浜さんは泡をよく切った給水ボトルを綺麗な台拭きでキュッキュと手際よく磨きながら話した。

「だから、高校生の時の記録がないんですね。」

「そう。だが、大和は諦められなかったんだ。箱根駅伝を走る夢をな。学校が終わって、缶詰工場で働いて。それから夜の10時過ぎに真っ暗の中、自分で練習してたそうだ。」

ああ、そうか。だから大和さんは普通の学生や、俺みたいな人間を目の敵にしたんだ。きっとすごいコンプレックスを抱いているに違いない。

「ただ、陸上部はやめたと言え、実力はあったし努力してたから、人吉工業の監督も、温情を掛けてな大和を色々な大学に売り込んだわけよ。それで引き受けたのが専央大学ってわけさ。」

赤切れにしみる、氷じゃないのが不思議なくらい冷たい水で洗い物をしながら。へぇ、専央大学も温情身のある事するんだなと思い

「じゃあ、大和さんはその恩を返すために頑張ってるんですね。」

と、言うと浜さんは渋い顔をして首を振る。

「その逆さ、あいつはこの大学を恨んでいる。」

俺は、洗い物をする手を止めて聞き返す。

「なんでですか?」

「あいつは、学費全額免除をもらう代わりの条件として、一年でも箱根駅伝を走れなければ即、学費免除取り消し、最悪は退学する。って条件を飲んでいるからね。」

なんだ、その条件。まるで悪魔との契約じゃないか?浜さんに問いただす。

「そんな条件とか色々あるんですか?」

大学陸上部に入ってからと言うもの、数々の驚かされる事に出会ってきたが、学生一人一人に条件が与えられているとは想像だにしなかった。

「そうだよ、人によって条件は様々だよ、戸川なんかは全額免除に幾らかお小遣いを貰っているよ。でも、みんなそう言った条件があっても中々口にしないよ。」

「何故ですか?」

「何故ですかって?それは、自分が不利になるからだよ。」

「不利って、どういうことですか?」

「だってみんな金には困ってるからな。学費免除を貰ってようと、結局頼りになるのは親の財布だからな。だから、実際は貧乏なのにあいつは学費免除だから金持ってるなんて言われても面白くないだろ?特に大和と白井なんて対照的だよ。大和は学費免除を貰っているが、親の仕送りなんて雀の涙ほどだ。逆に白井は免除も何にも貰ってないが、親が裕福な農家なので、たっぷり仕送りを貰ってギャンブルに明け暮れてたよ。」

なるほど、確かに学費免除を貰っていようが、親が貧乏ならば決して裕福な生活はできないだろう。なんだか腑に落ちたので止めていた洗い物を再び冷たい水の中を潜らせる。それと同時に、新しい疑問がわいてきた。

「ところで、白井さんは何故ギャンブル狂いから更生してあんな真面目に頑張っているんですか?」

浜さんは、すごく小さなため息をついた。

「白井はどうしようもなかった。俺も、あいつはクズ人間だと思ってたよ。適当に練習やってさ、適当に女と遊んで、ギャンブルに金をジャブジャブつぎ込んでさ。だからみんなから見捨てられて2軍寮で腐ってたよ。でも、そんな白井でも地元ではちょっとした英雄扱いされているところがあったそうだ。ある日の地元タウンニュースに自分の意思と無関係に『箱根駅伝目指して頑張る白井くん』乗ったそうなんだよ。さも好青年のように取り上げられてさ。それをみた小学校時代の担任の先生が手紙をくれたらしい。『私の教え子が箱根駅伝を目指してくれて心から嬉しい』ってな。それに添えて、その先生が今教えている生徒たちからの寄せ書きが届いんたんだ。あいつはそれを読んでから急に、自分の現状が情けなくて泣き崩れたらしい。」

作業する手は留めぬまま、浜さんの話を静かに頷きながら聞いていた。

「それで。あいつは俺に相談にきたんだよ。どうすればいいだろう?ってな。」

「なんて答えたんですか?」

「そんなの、簡単だよ。今できることを一生懸命やれって言ってやったよ。それから...。」

そこで丁度洗い物が終わった。浜さんは何かを言おうとして、何も言わなかった。俺も聞かなかった。

そこから、箱根駅伝までの日数が進んでいった。
練習の結果から、おおむねのメンバーかたまりつつあった。

最後の一枠は、好調の白井か、不調の大和か。というところまで絞られていった。

うーん。ドッスン