パンクロックと箱根駅伝 9話

先輩が帰ってから僕らは、お客さんも含め会場にいた人に謝って回ったが、「いや最高だったよ。それよりあのボーカルを支えてやってくれな。」と言ったような事を言ってくれた。

星崎さんは精神的にかなり落ち込んでいたので帰りの準備がすむと

「ごめん、今日はお先に失礼します。」

と会釈をして、先に帰っていった。

俺と井上さんはライブの最後まで残った。

そこで、他のバンドやスタッフや佐藤さんがいる前でもう一度。

「今日は本当にすいませんでした。」

と、深々と謝った。

しかし、そこにいた人はに先輩の独白のすごさに飲まれた。凡百のライブよりよっぽど心がしびれたと皆が誉めていた。

「あいつは、本物だ。本物のパンクロッカーだ!だから、牧田、もし僕らに悪いと何回も謝罪するよりは、彼を再びこのライブハウスに戻すことが君のだと思ってくれ。」

ライブハウスの支配人はそう言うと、俺の手を握ってきた。

「もう一度、俺に夢を見せてくれ。たのんだ。」

やっぱり、先輩はこんなところで消えるべき人ではないあの人は俺のみんなの英雄なのだ。

「わかりました!」

そう言って支配人の手を握り返した。

その後の打ち上げに誘われたが、気分的に参加する気になれず。

俺と井上さんは帰路についた。

「なあ、牧田。やっぱ街田すげえわ。なんか、それしか言えねぇ。」

井上さんは駅に向かう登り坂の途中でそう呟いた。

「はい、あの人は、ずっと俺の憧れなんです。だから、きっと俺が連れて帰ってきます。」

そう言うと空を見上げると。明るい下北沢の夜に、ほんの数粒だけ星が輝いていた。

昨日なんども先輩には電話を入れたのだが一回も電話に出なかったので、俺は午前中に先輩のアパートに向かう事にした。

先輩のとは同じ大学に通っているので、アパートは1kmしか離れていなかった。県道沿いを真っ直ぐに進みガソリンスタンドの脇の通りに入り、高架橋をくぐって、古い住宅街を10分ほど歩くと、どぶ川の脇には木造2階立てのアパートが立っていた。かなり古ぼけて鉄製の階段などは塗装が剥げたところが、著しく赤く錆び付いていた。

そこの2階の一番南側の部屋に先輩は住んでいる。

この部屋の玄関チャイムは壊れているので、扉をコンコンとノックし。

「先輩いますか?牧田です。」

と、言ってみたが反応が無かったので、ドアノブを回すと鍵が掛かっていた。

もしかしたら先輩は帰っていないのか?だとしたら余計心配だぞ。

もう一度ノックして、呼び掛けたがやはり返事は無かった。

とりあえず、駅前の「純喫茶らもんず」でコーヒーでも飲んでしばらく時間を潰してからもう一度アパートに来よう。と思い。アパートから400mはほど離れた駅前の商店街に向け歩いていった。

その途中、クリーニング屋の前で先輩とはち合わせた。

先輩は昨日と全く同じ格好をしていたので、ひょっとしたら今帰ってきたのかもしれなかった。

「先輩。おはようございます。」

「あ、牧田、昨日は、昨日は本当ゴメンな。」

そう言って会釈すると足早に俺の前を通り過ぎていった。

ここで逃げられたらたまらない、慌てて振り返り先輩の横並んだ。

「先輩、昨日の事気にしてるんですか?大丈夫です。みんな先輩の気持ちを分かってくれました。先輩は絶対にステージに戻らなければならない人間なんです。もし、他の誰が見捨てても俺は先輩を見捨てません。なんか家族の事で他にも悩んでるん事があるなら話聞きますよ。」

先輩は終始俯いて、俺の話が話してる早足で歩きながら。

「すまんが、俺の問題なんや。バンドの件は後でちゃんと謝罪するが、牧田には関係ない。」

そう言われたとき俺は思わず大声で叫んだ。

「関係ありますよ!」

先輩は立ち止まり、びっくりした顔で俺を見た。

「あなたは俺の英雄なんです。先輩があの日現れなければ、俺は自殺してたかもしれません、仮に自殺しなくても俺はきっと死んだように生きてました。あなたが俺の人生変えてくれたんです。これは変な話ですが、先輩のお父さんが亡くなってなくて、京都の平和な家庭で過ごしていたら俺はココにいないんです。だから、、、関係あるんです。」

胸から熱い物が沸き上がって勢いに任せて言ってしまったが、直ぐに、「はっ」と我に返り、とてつもない失言をしたかもしれない。と思った。

しかし、先輩の表情は穏やかだった。そして、一粒涙を流した。

「牧田、コーヒーで飲むか。」

そう言うと、踵を返し2人で純喫茶らもんずに向けて歩き出した。

その途中先輩の服装が昨日と一カ所だけ違うのに気がついた。ランニングシューズを履いていたのだ。

あ、これはひょっとしてと思ったが、その場では何も言えなかった。

喫茶店にはいり奥のソファーに座って、60過ぎなのにも関わらず妙に肌が綺麗なマスターに、モーニングセット1つとカフェオレを1つ注文した。

客入りは少なく、注文したメニューは迅速にテーブルに並べられた。

「すまんが、とりあえず飯食わせてくれな。昨日一日なんも食べてないんや。」

先輩は腹が減っていたのだろう厚切りの小倉トーストとゆで卵2つをガツガツ食べきると。コーヒーをズズズと飲み干した。

「ふう。落ち着いたわ、で、何を話せばいい?」

「先輩俺から質問させて貰って良いですか?」

「なんや?」

「先輩の靴。それ、どうしたんですか?昨日はサンダルでしたけど。」

先輩はテーブルに肘を押いて手の甲に顎をのせ考えた表情を見せてから。

「昨日な、あんな無様な所みせてな。わし、不安になって逃げる用に家に帰った。終わりや、全部終わりや。と思って泣き崩れた。部屋で何時間も泣いて気がついたら朝になってた。悲しくても腹は減るもので、とりあえずコンビニにパンでも買いに行こうと思ったんだが、不思議なことに何故か昨日履いてきたサンダルがなかったんや。その代わり、ランニングシューズが玄関に置いてあった。だから履いてきた。どこかで履き間違えたのじゃないかな?」

いや、ウソだ先輩はウソをついている。

「本当ですかそれ?絶対ウソですよね?」

そう、詰め寄ると。

「いや、すまんウソや。分かった観念したよわ本当はこの靴、オヤジの形見のランニングシューズや。朝になって、この靴が何か光り輝いているように見えた。ああ、そうか。やっぱり俺にはこれしかないな。って。サイズも一緒やし供養やと思って履いて散歩して、そこでお前にあって俺、目覚めたわ。」

「つまり、どうゆうことですか?」

「牧田、笑うな。いや、笑ってもいい。わしずっと考えたんや、死んだオヤジがどうやったら報われるかって。こんなワシは死んだオヤジの誇りにはならんだろうって。どうしたらええか?だけどさっきお前がワシに叫んでくれて目が覚めた!」

先輩の目つきは鋭くなり、眼差しに見る見る光が差し込んでいった。

「言うで!ワシ箱根駅伝を目指す!」

先輩は本気だ、昨日までとは違う!狂犬のオーラがヒシヒシと伝わってきた。戻ってきた。クレイジー街田が戻ってきた。

「お前はワシを笑うか?」

「いえ、笑いません!と、いうか俺は痺れました。今の先輩は歌えないけれど、今の言葉は何より強い唄でした。多分、僕ら2人を世間はきっと笑うでしょう、だけど私は笑いません。先輩やってやりましょう。」

「牧田ありがとう、ただ、俺は笑うわ!」

ブハハハハ!と先輩は付き物が落ちたように大笑いした。

俺もつられて大笑いした。

その様子を見たマスターがソーセージとチーズの盛り合わせをサービスで持ってきてくれた。

僕らはそのことの顛末を井上さんと星崎さんに話した。

井上さんはいまだに納得できない様子だったが。星崎さんは笑って

「わかった、あいからず君たち馬鹿だね、私は無理だと思うけど。納得するまで頑張ってね。いつでも待ってるから。」

そういって許しててくれた。

「だだ一つ約束。あたしパンクロッカーwith箱根駅伝って曲つくからさ。戻ってきたらまた一緒に歌おう。約束だよ。」

俺と先輩は一度も入ったことがない大学の体育事務室に歩いて行った。

何が起きるか、何度バカにされるか。わからない。ただ俺は、この人を信じたいのだ。

うーん。ドッスン