パンクロックと箱根駅伝 15話

井上さんと出会ったのは、バンド活動を始めてから1年が経って、学年が一つ上がり、先輩がそれなりの高校に進学して、俺が中学3年に進学した年の秋の頃。

その頃には、「アブラボウズ」はバンドでは無く「愚連隊」として街で認識されていた。

先輩はべらぼうに強かった。中学の終わりの頃からトレーニングも対してしていないのに、シャツの上からでもわかるほど逞しい筋肉が付いいていった。しかも、それは決して体つきが大きくなったと言うわけではなく、体のラインは細いまま、アフリカを駆けるガゼルのように密度の濃い筋肉がついて行ったのだ。野生の生物がトレーニングを一切必要としないのに筋肉の鎧を纏うように、先輩が手に入れたのも天性の筋肉だった。
おまけに、筋肉がついただけでなく生まれつきの格闘センスも非凡な物があった。

街を歩いていていると、先輩のよく動くギョロ目に引かれるように、チンピラ達が喧嘩をふっかけてきた。

「あっ!?お前なんなん?その目!?まじで、ムカつくんですけどぉ!俺に謝れ。おぉ!?、、、早く謝んないとやっちゃうよぉ!?まぁじぃで!」

今日は、恐竜の爪痕のような刈り込んだ頭に、首から工業製品みたいに長いチェーンをぶら下げたタンクトップピチピチ色黒の男と、その舎弟っぽい麦わら帽子にアロハシャツ着たサングラスのデブが喧嘩を売ってきた。

こういう時、先輩は静かに口元だけニヤァと笑う。

「うん、わかったわ。ここ目立つんで、ほな、裏いきますか?」

と、路地裏の方をクイっと指差す。
麦わらサングラスは「えっ、」っと驚く顔をしたと同時に。

「おい、ちょ、正気かよ!この人が誰か分かってんのかよ!?お前死んだわ。」

と、囃すように言い放ち、見下すような笑顔を見せてきた。

「ええから、いこうや。」

チェーン色黒男は、

「あぁ、マジ、てめぇ。殺すわ。」

と罵声を浴びせながら、首を回しつつ路地裏へ進んでいった。

そして、路地裏を超えて、苔の生い茂った廃屋の裏の砂利だらけの駐車場にたどり着く。

その1分後、チェーン色黒男が鼻水混じりのドロドロ血が流れる鼻を押さえながら。

「ご、めん、なひゃい。」

無様に許しを懇願する事になっていた。麦わらサングラスは、デパートで迷子になった子供のように目をキョロキョロさせて狼狽していた。

先輩はカウンターパンチがうまい、だからいつも直ぐ決着がつく。誰に習ったわけでもないのに、喧嘩自慢の不良がパンチをする為に体重を移動させるのを一瞬で見切って綺麗に「スパン」と鼻のあたりに打ち込む電光石火のストレート一撃で決める。

チェーン色黒も一撃で沈んでしまった。

「おーい、サングラス君はどうすんのや!?」

と、先輩が麦わらサングラスに問いかけると。
その場で正座して

「申し訳ありませんでした。」

と頭を下げた。

話をよくよく聞くと、どうも今倒したのは、武闘派カラーギャング、ブラックジャムのNo2の三浦くん。だったらしい。なんだ、大したことないじゃん。

「ズズッ、あー、あの、いっ、いきがってすみませんでした。」

チェーン色黒男が砂利の上で正座して先輩に頭をさげる。チェーンが地面についてジャラジャラ音がする。

先輩は、ポケットテッシュを出して色黒の男に渡した。
「別にええで。ほら、鼻拭いてな。ただ、わしら喧嘩が好きな訳やないねん。別にギャングの抗争とか興味なくてな、ただ、バンド活動したいだけなんや。今回、俺が勝ったことは秘密にするから、これから、わしらにあんま絡まないでくれへんかな?」

「わがりました。やくそくじます。」

それ以来、先輩と俺は街で免罪符を手に入れたかのように堂々と街で振る舞えるようになったのだ。

先輩は天性の運動神経があるし、スタミナも尋常ではなかった。
だが「スポーツはやらないんですか?」などと無粋な事は利かなかった。
「アホか!わしはパンクロッカーじゃ!」と怒られるに決まってるからだ。

先輩は楽器を買うお金を貯める為に、ショッピングセンターの「ネオン」のゲームセンターでバイトを始めた。俺は先輩みたいなやばい奴を「ネオン」が雇用するのか?とびっくりしたが理由は直ぐわかった。
ショッピングセンター「ネオン」のゲームセンターは中型のスーパーぐらいの大きさがあるほど広い面積をほこる立派なものだった。しかし、清潔な外観と内装とは裏腹に、不良達の溜まり場所になっていた。

柄の悪そうな金髪の中学生らしき少年がメダルゲームのパチンコ台をガンガン叩く。

「はぁ死ねよ。メダルでねーんだけどー。」

「終わったわー!カツアゲしてかえっか。」

などという、会話が聞こえるのは序の口。ここは阿鼻叫喚の不良の天麩羅盛り合わせのようなところなのだ。

ピカピカのメダルゲームのテーブルには、青魚の体液を啜るアニキサスの様なオッさんが一日中へばり張り込んでいる。襟足の長い小学生は夜10過ぎても奇声を上げながら駆け回り。
男子トイレの奥の個室では土曜の夜に「すごい薬」が購入できる。
嘘か本当か知らないが、自販機コーナーの奥の方にいる、ゲームをやらない長い毛皮のコートを羽織ってずっとベンチに座ってる化粧の濃いおばさんに「今日の調子はどうですか?」と話しかけると。

「ぼくはかわいいから2000円」

などと値段を提示され、どこかの死角で、卑猥な行為が出来るとの噂もあった。
そんなわけで、ゲームセンターの労働環境は苛烈で、常に人手不足だった。
そんなところに先輩が応募にきたのだ。腕っ節が強く、眼力が凄まじく、街の不良に顔が売れている。しかし、意外に生真面目で言われた事はキチンとこなす先輩は正に適役だった。

「いやぁ、クレイジー街田が来てから、ゲーセンで絡まれなくなった。」

などと、同級生が昼休みのトピックスにするほどに効果はバツグンだった。丁度、青かびの毒から作ったペニシリンが細菌を駆逐するのに良く似ている。
そのバイトがてら、先輩はバンドメンバーを探していた。

「何人か、ええ奴おんねん。」

その中の圧倒的ドラフト1位が井上さんだった。

井上さんは、太っていて、身長は先輩より少し高い、かなり癖の強い天然パーマ、ガラス面が丸く小さい金属製のメガネをして、その奥にある目は丁度蒲鉾をひっくり返したような半円型、団子鼻に文句を言い出しそうな大きな下唇。服装はいつも決まって、ドクターマーチンのブーツ、リーバイスのデニム、それからフレッドペリーのジャケットを着て。腕には似合わない高級時計をしていた。たぶん年は僕たちと近い。
そしていつも汗だくで格闘ゲームをプレイしていた。
そして、常にランキング上位で、何故名前を知ってるかといえば「店内1位 INOUE」とランキング画面に表示されるからだ。

「牧田、井上ええやろ?あれは絶対パンクロックが好きな顔やで。」

先輩はゲームセンターの制服を身にまとい、腕を組んで自慢げに話す。

「いや、自分にはわかりませんねぇ。」

「みろ、あの一心不乱に格闘ゲーム姿を。あの燃え上がるパッションのなかに、初期衝動を俺は感じた。」

熱く語りながら右拳を握ったの俺は冷ややかに見た。
先輩は、よく理解できない事を言う。それは、「納得できない」という意味ではない。「理解しようと思っても、そもそも理解できない。」という意味だ。そんなときは、一回首をひねってから。
「なるほど!さすがです!」と、言うに限る。まず理解できていないが。

が、しかし、先輩の選球眼は確かで、パンクロックについて話しかけるとおもしろいほど話が盛り上がた。そして、性格もかなりぶっ飛んでいる上に偶然にも先輩と同い年と言うこともあって気がつけば友達になっていた。だが、井上さんはバンドに参加しなかった。

「すまんが、興味ないね。」

と、いつも決まってそういうのだ。

「おかしいなぁ、あいつパンクロック好きやのになぁ。」

「まぁ、そんなにうまく行きませんよ。」

それから。しばらくして、先輩から呼び出されて山に作った秘密基地に行くと、先輩の横で、顔に痣を作った井上さんがふてくされながらビールのケース箱に座っていた。
当然ながら、腰が抜けそうなほどたまげた。

「牧田。井上がバンド入ったで。」

えっ、うっそ?なんだ、この状況。

「な、なんで、井上さんがココにいるんですか?」

先輩は井上さんの大きな肩にポンと手を掛けた。

「井上がな、チーマーにカツアゲされてたからだ。」

いや、全然、話しが読めないぞ。

「それでな、わし、こっそり井上につたえておいたんや。もし、チーマー絡まれたとき、わしと同じバンドだって言えば、助かるよ。ってな。」

なるほど。ポンっと手を叩いた。先輩は機転が利く。

「あー、それで!」

「そうや、で、さっきチーマーの一人が、あの太ったのって街田さんのチームの人っすか?って聞いてきたから、そうやでー!って言ったんや。」

俺は井上さんの方をみる相変わらず少しふてくされている。

「あの、井上さん。よろしくお願いします。」

俺に、ちらりと視点を落とすと。

「ああ、よろしく。」

あまり、好意的ではない返事をしてきた。

「ちなみに、なんで顔に痣があるんですか?不良に殴られたんですか?」

井上さんは唇をタコのように尖らせて嫌な顔をした。

「ちがうわ。隣にすわってるアホに殴られたの。」

えっ、と思い先輩の方をみる。

「いや、やっぱり、バンドにはいらへんとか言うから1発殴った。」

その一言に井上さんが言い返す。

「本当に入らなきゃいけないと思ってなかったんだよ。」

先輩はコンクリートの上にベニヤ板をおいて作ったテーブルをバシーンと叩く。

「パンクロッカーに二言はないんや!」

なんだか、あきれてしまう話だが、ともかく、井上さんと出会いバンドは3人になったのだ。

「わかったよ。正直に話すと断ってた理由は2つ。まず1つ。街田とつるんで不良からターゲットにされたくないから辞めておきたかった。でも、まぁこれはもう解決した。」

そこで、井上さんはふてくされた顔を辞め真剣な顔つきになり両手を大きく広げた。

「それから、もう1つはな。俺は自分の青春を中途半端なバンド活動に捧げたくなかった。ただ、かっこつける為にバンド組んで。夏祭りでビートルズのカバーをするようなそんな中途半端なバンドを辞めたばっかりなんだ。やるからにはとことんやるぞ!こんな腐った街抜け出して、絶対プロになるってフジロックいくんだ!そうじゃなきゃ俺はすぐ辞める。約束しろ!」

先輩は目をカッと見開いて。

「当たり前じゃあ!絶対、この街を抜け出してフジロックでもサマソニでも何でもに行くんや!!約束するわ!当たり前やろ!!」

井上さんと先輩は熱い抱擁を交わし。

その流れで、俺と、先輩と、井上さんは朝まで熱く語り合った。

初めてお酒を飲んだ。とても苦かった。

うーん。ドッスン