パンクロックと箱根駅伝 33話

1月5日。実家に帰省した俺は、堅くて薄い布団の上で腕枕を作って、何もする気が起きず、みたくもないゴルフ中継を自動的に俺は一体今何をしているのだろうかと考える。

パンクロックと箱根駅伝の間で答えのないクロスワードパズルを延々と解読しているような気がする。たとえば、必死に考えてでた答えが「ぼうぼぬ」と言ったような不可解で意味をなさない単語だとしてもそれについて分かったように深く頷いて。あたかも知ったような顔をして生きていかなければならないのである。
正直言って私は失望して、さまよっている。意味もなく、訳もなく。買ったばかりのサッカーボールをもって誰もいない児童公園でうなだれるような気分だ。私がこんな気分にさせられるのには訳があった。そう、箱根駅伝が終わって専横大学駅伝部に失望したのだ。
訳も分からず陸上部のマネージャーになって徹底的にこき使われて本当に全てが嫌になったが、浜さんと出会って、箱根駅伝を目指す熱い気持ちに感化させられて。いつしか先輩と出会うずっと前の、ごく普通のどこにでもいるサッカー少年だった自分の心が蘇るような気がした。その輝きが自分自信の進化の用に感じて、成長してこの現実を乗り切れるようなきがしたのだが、それはほんの一瞬の瞬きだったみたいだ。

事件の発端は、チームが箱根駅伝体制に移行に併せて、浜さん、大島さん、梶原さん、白井さんは一軍寮へ移行した所から始まる。

当然ながら、俺と浜さん、大島さんはマネージャーとしてだった。
一軍寮に移動した最初の夕方。食堂で全体ミーティングが開始された。食堂の机を会議用に真ん中が空洞名な大きな長方形に並べ直し、各人が座る席に名札を張って、マネージャー達が伊達監督に言われて1週間徹夜で作った各種の資料が気の利いた就職説明会で配られる冊子ほどの暑さをもって各人の机の上に置いていった。
当然ながら、長方形の一番奥に座るのは伊達監督である。それから、伊達監督に近い方から、マネージャー長の細野、名ばかりキャプテンで印象の薄い下沢、それからエースの戸川、大和、前川と言った具合に走力に比例させるように席順が割り振られていた。この際、どこの席に座れるかが、自分が箱根駅伝にどれだけ近いかの期待値だと思っていい。だから、伊達監督に近い方の席の連中は、神田の蕎麦屋でそばがきを食べる身なりの良いおじさんぐらい涼しい顔をしているが、丁度中間より後ろに座る連中は遺産相続が絡んだ葬式の参列者ぐらい目の奥が血走っている。ちなみに俺と同部屋の奇人福永さんは大体5番目ぐらいの席に挙動不審に目をパチクリさせながら座っていた。当然のごとく僕らパルチザンの席は一番後ろであった。しかし、不可解なのは俺の後ろに梶原さんと白井さんが座ったことである。しかも彼らの上には資料がほとんどなく、来週の富津合宿の練習予定のペラ紙一枚おいてあるだけだった。
そんな事を思いながら椅子に座ると、浜さんが俺の耳元で小さくささやいた。

「おい、どうゆうことだ。実力でいえば、もう少し前の席に座れるはずだ。しかも梶原と白井の机の上には資料の紙がおいてないぞ。」

「どうなんでしょう、自分にも分かりません。」

そんなことを小声で話していると、伊達監督がのっそり現れた。面白いことに後ろの方の席の人間は一様にピシャっと背筋を延ばしたの対して、前の方の席の人間は余裕を持って背筋をただして、エースの戸川に至ってはやれやれと言った具合にスマホをのっそりポケットにしまい込んだ。

伊達監督が着席すると、名ばかりキャプテンの下沢が席をたって、大きな声を張り上げた。

「一同、起立、礼。お願いします!!」

「お願いします!!」

と、下沢で続いて大きな声で一斉に挨拶すると、伊達監督は色黒で濃い顔を濃い口の醤油で煮詰めたような表情でで全体をギョロギョロと見回すとてから。

「よし、じゃあ座れ。」

と、言うと、全員一斉に座った。
伊達監督は、まるで全盛期のローマ軍の兵団長に深々と伊達監督ようの革張りで手すりが付いた椅子にゆったり腰掛けて鼻息をフーンとならすと。

「ようこそ、選ばれし、18名の諸君。これから君たちは箱根のメンバーになるために切磋琢磨してもらう。」

後ろの席の5人は困惑しながら顔を見合わせた。だって、ここには20名の選手がいる。つまり梶原さんと白井さんは頭数に入っていない。そんな動揺と関係なく伊達監督は話を続ける。

「なんどもいってるが今年の目標は優勝だ。とは、いっても、まあ、3位に入ればいい。資料の3ページを見てくれ。まあ資料にあるように、全体のパワーバランスと来年入ってくる一年生の戦力を総合的に計算すると、来年の今頃には盤石の戦力が整う事になる。例年のデータを元に計算すると、今年でも優勝の可能性は約25%ほど計算できるが闇雲に優勝を目指して足下をすくわれてはいけない。よって、今年は約90%確率で達成できる3位を目標とする、この際、相手チームの調子しだいで優勝したならばそれでよしとする。ちなみに来年度の優勝確率は約75%なので、俺はこの確率を少しでも上げるため、延びる可能性の高い下級生を積極的に使っていくから、その事を頭にたたき込んでおけ。」

伊達監督は人間性はともかくして頭が良く計算が大好きだ。わずかな兆候でもノートにつぶさにかき込んでデータ化し、それを元に期待値を割り出していく、そのデータづくりをさせれられる身としてたまったものでもないが、しかしそれがかなりの正確性をもっているのだ。

「それでな、来週から富津合宿にいくが、今回は面白いイベントを入れておいた。後ろを見ろ、そこに梶原と白井が座っている。俺は一軍がエリートで二軍は負け犬だとお前等に口を酸っぱくして言ってきたが、あそこの二人はなんとそこから這い上がってきた。これはすごい事だと思うよ。だって、あんな環境に落とされたら誰だってやる気でないわな。」

俺は、話を聞きながら頭が混乱してきた。伊達監督の口調や態度から、言わんとする事がいまいち読めないからだ。

「でもな、逆を考えろ。今回、メンバー落ちた奴、ぎりぎりだった奴は環境に甘えてるんじゃないのか。はっきりいって来年の1年生は過去最強の補強だ。つまり、メンバーギリギリでくすぶってる奴に来年度のチャンスはない。だから、はっきり言う。富津合宿の最終日の10kmタイムトライアルで白井と梶原に負けた奴は即2軍行きだ。」

チーム全体が、いや主に後ろの方の席がざわついた。

「いいか、後ろの方の5人。あいつらはゴーストだ。俺の中では存在しない。追いつかれたら消えてしまう。いいか、消えたくなかったらあいつ等に追いつかれるな。それからゴーストの諸君等は悔しかったら実力で認めさせてみろ!」

チーム全員が俺たちの方をみた。その目は敵意に満ちていて。俺たちは白血球に取り囲まれた細菌のような気分になってしまった。

うーん。ドッスン