パンクロックと箱根駅伝 26話

権堂さんがシャワーを浴びている間、何故か、トロール大沢さんの辛辣な評価を受ける事になった。俺はこの手の女が苦手だ。この手の類の人は好きなバンドのストーリーをそれを追っかけていた自分に投射して何かを悟ったようなしゃべり方をするからだ。
先輩がこんな女とつき合ったりするのでよくわかる。先輩のファンの女は大体こんな奴ばっかりだったからだ。
彼女は、とびっきり辛口のガムを噛んでいるかのように口をひん曲げながら、俺に食いかかってくる。

「あのさぁ、君さぁ。なんかバンド辞めて、なんか、 マネージャーになるとか聞いたどぉ。ぶっっちゃけ。甘くないかんね。ね。見て分かるかもしれないけど。あたしも元バンギャなんだよ。まぁ、昔から陸上やってるから。それがきっかけでマネージャーになったんだけどさぁ。だからあたしがいいたいのはね。あたしはバンドマンの苦しさとか闇とか知ってるわけなの。あっ、あたしの元彼がヴェヴェサヴィネッェンスってバンドのドラムやってたんだけど知ってる?あっ、知らない。うっわ。全然ロックとか分かってない。ぜんっぜん、分かってない。ま、じ、で!!V系とか聞かないの?うっわ、終わってる。あんたが、どんなバンドだったか興味ないけどね中途半端な活動を中途半端に放り投げて、陸上部のマネージャーやりたいとか、ま、じ、で中途半端。あんたの前にいた。ばっくれたマネージャーもそんな奴だったよ。あー、また芋ボーイかよ。2軍にはまともなマネージャー入らないんですか大島さん?」

隣にいた大島さんは苦笑いして。

「それは、お前の事かな。」

と、言うとトロール大沢は温めすぎたコンビニの肉まんの様にムスっとして。

「はぁ、なんすかそれ。うっざ。じゃあ、あたし帰ります。」

といって、くるっと振り返り自転車をこいで寮から離れていった。

「うざいだろ。でもな。あれでも、仕事が出来るから辞められたら困るんだよ。」

大島さんは俺の耳元でささやいた。俺は『いやー、まじでうざいですねぇ。』と言いたかったがさすがに新人の手前そんな事はいえなかった。

権堂さんが寒そうにシャワーから上がってきたので、一緒に部屋に戻る事にした。その途中、2軍寮の下級生と思われる坊主頭達が慌ただしく食堂へ走っていくのが見えた。

「彼らは今日の食事当番だよ。食事当番と言っても時間が無いから。きょ、今日はソーセージと卵かな。あっ、牧田くんは、まだ、お客さんだから、準備にいかなくって、大丈夫だよ。」

なるほどと思いながら、そのまま相変わらず落ち着かない部屋に戻り隅の方で体育座りをする。

「あっ、もっとくつろいでていいよ、ぼ、ぼくはプラモデルつくるから、せっ、接着剤臭いけど気にしないでね。」

そういうと権堂さんは、部屋の隅から折り畳み式の机を取り出し組み立てて、衣装ケースの一つから掃海艇のプラモデルと工具を取り出した。それを鮮やかな手つきで組み立てていく。気の遠くなりそうな複雑で細かいパーツを機械のように素早く組み立てていった。

「権堂さん、うまいですねぇ。部屋のプラモデルは権堂さんが作ったやつなんですか?」

「はい。僕のです、ぼっ、僕はプラモデルつくるのが好きなんで、ずっと作ってます。同部屋の福永さん現代アーティストを目指してます。だ、だからこんな部屋なんです。」

なるほど、たしかにこの部屋自体がまるで、現代アート作品だ。しかしながら、長距離を走る現代アーティストはどんな人なのだろう。まぁ、俺と先輩が言えた台詞ではないが。

そんな事を思ってると部屋がノックされた。
丁寧にドアが開けられると、ニキビが酷い坊主頭の学生が入ってきた。

「権堂さん、食事の用意ができました。そして、もうしわけありません、今日もベチャメシです。」

そういって、一礼して。部屋を出ていった。

「よし、ま、牧田君。しょ、食事いこうか?」

「あの、ベチャメシって何ですか?」

「炊飯器の調子が悪くて、お、お米がベチャベチャになっちゃうの、で、でも。水が少ないと焦げちゃうの。む、難しいの。」

なるほど、と思いながら階段を下り。
一階にある。食堂に向かう。食堂は丁度自分たちの部屋の真下で3部屋分ぐらいあった。公民館にあるような安い長机が6つほど並べてあって。それの脇にすすけて燻し銀になったステンレスの調理台が設置され。窓際には、古い大型のブラウン管テレビが主のように鎮座していた。
食堂には総勢10名ほどの学生がいた。調理をするもの、ストレッチをするもの、椅子に座ってスマホを見ているもの。全く統一性がなく新人の俺としてはとても入りづらかった。

「どうも、牧田です。」

といって、入ると全員がこっちをみたが、スマホをいじってた学生が「おう。」と言ったきりだった。まずい、歓迎されていかもしれない。と思ったz

そこに大島さんが入っていた。食堂にいた学生は一様に作業を止めて起立し、深々と頭を下げ「お疲れさまです!!」と声をそろえて言った。
俺は、先ほどまでフランクに話していた大島さんが2軍の全権を担っている事をこの時悟った。
調理の準備をしていたニキビ顔の学生がキビキビと報告する。

「大島2軍長。お疲れさまです。食事が準備できるまでもう少々おまちください。」

大島さんは決して、おごることなく、笑顔で「お疲れさまありがとう」と言った。

後から、数名の学生が食堂に来たのちに、食事の準備が整い、俺は大島さんの隣に座って合掌して「いただきます。」と全員で発声した。バンド時代にはみんなでいただきますと言う学生なんてとっくに絶滅したと思っていたが、どうも今も確かに存在するようだ。
ご飯は、とてもベチャベチャしていてまずかった、漠然と江戸時代の先祖が飢饉の時はこんなのすら食べれなかったんだろうな。と思い我慢してたべた。
食事が終わり、先ほど同じように、「ごちそうさまでした。」と発声すると、大島さんから紹介があった。

「じゃあ、全員そろってないけど、今日からマネージャーになった牧田君を紹介する。」

俺は、起立して、皆の顔をみる。ここにいるのは20名弱だろうか、目線が痛かった。300人の前でライブが出来ても20人の先輩の前で自己紹介するのはとても緊張する。

「牧田真希人と言います。不慣れな所もありますがよろしくお願いします。」
と頭を下げるとパラパラと拍手が起こった。ねぎらいの言葉もなくただパラパラと。丁度、品の良いチャーハンに申し訳程度に振りかける胡椒ほどの拍手だった。

再び着席すると、「じゃあ、今日は解散。」といって大島さんがいって皆は部屋に帰っていった。誰か誰かも分からないままで、明日から仕事するのは嫌だなぁ。と思っていると、俺の耳元で背が高くて、髪がサラサラで切れ目の学生がそっと、耳元でささやいた。
「30分たったら105号室にこい。」
と言って食堂から去っていった。これは、もしや呼び出しという奴か。恐ろしい、と思っていた。

俺は、権堂さんと共に、食堂から部屋に帰る。

「権堂さん、俺、なにか、呼び出しを食らいました。」

権堂さんは、特に気にも止めず。

「ああ、105号室でしょ、だ、大丈夫僕もいくから。」

部屋で再びプラモデルを作る権堂さんを眺めていると、30分がたった。

「じゃあ、牧田君いこうか。」

そう、促されて、105号室へ向かう。扉を開けると。4人の男が中にいた、座布団は円形に7枚ひかれており、それぞれのポジションに座っていた。そして、その中央には安い焼酎が神器のように置かれていた。
4人の男のうちの一人は大島さんだった。
大島が語り出した。

「ようこそ、専央大学パルチザンへ。ここは反伊達派の拠点だ。俺たちは箱根駅伝を目指しているが、それ以上に大事なのは情熱だと思っている。出れればいいてもんじゃねぇ。大切なのはハートだ!俺たちは機械じゃねぇ。俺たちは孤高のランナーでもねぇ。俺たちは赤い血の通う人間だ。悲劇のヒーローでも無ければ、襷を付ければ自然に絆が出来るってもんでもねぇ。そう、俺たちは伊達のやり方には納得できねぇ。俺もお前も2軍で腐る人間じゃねぇ。俺たちはボロボロだが。戦力はある。情熱も、勇気もある。絶対にやってやれるんだ。俺たちが箱根を走るんだ!どうだ!お前が望むなら、俺たちの仲間にならないか?」

大島はさんは深く掻いたあぐらからグッと身を乗り出し。まるで善人の仮面を外したようにニヤリと笑った。

うーん。ドッスン