パンクロックと箱根駅伝 17話

井上さんが帰った後には静寂と廃材3号の残額が部屋に散乱していた、床に寝そべって目を閉じたがショックでとても眠ることは出来なかった。

目をつぶって思い出す。
星崎と出会ったのは、俺が高校入学した時の頃。

その時には、俺も先輩も楽器を購入していて、井上さんの熱烈指導の元、土蔵スタジオで濃密な時間をすごし、それなりに演奏ができるようになっていた。

ある日、汗だくでドラムの前に座る井上さんがこう切り出した。

「そういえば、中学校の後輩で街田に会いたがっている奴がいる。ギター弾ける。パンクバンドに興味があるんだと。」

ギターを持った先輩が振り向く。

「おお、ええやんけ!ちょうど歌いながらギターは難しいと思ったんや!とりあえず連れてこいよ。」

そこにやってきたのが、とてもかわいい女の子で俺はびっくりした。
身長は、先輩より少し低いぐらいで女性としてとても背が高く、瘦せ型で脚が長くまるでモデルのみたいだった。髪はマッシュボブの黒髪で綺麗に整えられ。切れ長で大きな目は好奇心の強さを表していた。鼻は綺麗に筋が通っているのが大人っぱさを感じさせるが、はにかむと少し飛び出る八重歯とえくぼに少女の面影を残していた。

「わー、クレイジー街田さんですよね!ああ!噂と同じで甲本ヒロトにそっくり。わーー。すごい、かっこいい、握手してください。あっ、紹介おくれました。星崎です。」

土蔵スタジオにやってきた星崎は、嬉しげに先輩に詰め寄る。俺と井上さん以外に理解されなかった、先輩にとてもかわいい女の子のファンが現れとても驚いた。

「ワシ、握手はせんが、パンク好きだったら一緒にやろうや。パンクバンド。それでええなら握手や!」

強い眼孔を星崎に向けて、先輩は手を差し出す。彼女にためらいは無かった。2つ返事で先輩の手を握り返す。

「あぁ、ああ。ぜっ、ぜひ、お願いします。一緒にやりましょう。」

先輩の手を握る、星崎のほっぺたはリンゴのように赤くなった。

パンクバンド「アブラボウズ」ここで完成するのだ。

星崎さんは東京の生まれだった。父親が銀行員で地方の支店長に就任するとともに、田無土に移り住んだ。彼女曰く、お母さんは元フラワーアーティストで、芸術家故に少し心が弱く単身赴任の選択肢がなかったそうだ。

「この街に引っ越してきて、私は人生の1番輝ける瞬間をドブ川に付け込まれると思ったの。でも、クレイジー街田の噂を聞いた時、私は思ったの、ああ、この人は。私の甲本ヒロトだ!ってね。」

彼女はすごく論理的で大人びた部分もあるのだが、唐突に謎の直感に引き寄せられるように生きる瞬間がある。今回のバンド加入もまさにそれである

彼女は、元々ギターとピアノが引けたので、同い年の俺なんかよりとても上達が早かった。だから、彼女は基礎から色々教わる事も多かった。しかし、彼女は自分の知識を高飛車にひけらかすこともせず、明るくにこやかに教えてくれた。彼女を横目で見ながら、すごく人間味があって面白い人なんだと思っていた。残念なのは、おそらく先輩の彼女になってしまうことだ。そう、星崎は先輩に猛烈なアプローチを毎日の様にしていたからだ。

ところが、先輩は。

「彼女できたで。」

と、近所のコンビニのレジで働く小太りでニブい僕と井上さんと星崎がトン子と呼んでバカにしていた女の子を彼女をとして紹介してきた。
これには理解できず、当然星崎さんも理解に苦しんだ。

土蔵スタジオの裏側で俺の裾を掴んで詰め寄る。

「ええ、なんで?なんで?いや、なんでトン子ちゃんなの?ええ?うそでしょ?えっ、なんで?牧田なんでなの?」

そんなのは俺だって聞きたかった、誰がどうみても今俺の裾を引っ張っている星崎は可愛いし、パンクも好きで、性格も優しく、頭も良い。
対して、トン子は、太っていて、社交的だが口が悪く、服装は下品に派手、それから絶対にパンクロックなんか絶対に好きでは無かった。

「いやー、星崎さん、自分も、さすがクレイジー街田と言うほかないですねぇ。」

星崎は、俺に大きな瞳を潤ませて。

「いいもん、バンドやってる限り。チャンスがあるから。」

と、言い切り。土蔵スタジオに入っていった。その一言に俺の胸はキュンと来てしまったのだ。
先輩と星崎の関係は不思議なまま続いていく。
先輩とトン子ちゃんとは3ヶ月で破局した。

「いや、あいつザリガニ食えそうだからつき合ったけど、食わなかったから分かれたわ。」

その一言に、俺と井上さんはアングリ口を開けて呆然としたのだが。星崎さんは、私ならザリガニ食べれます。と言い放った。えっ、さすがに嘘でしょう?と思ったが、俺は先輩の命令でザリガニを捕まえる羽目になり、星崎は、先輩の前でこれ見よがしに、煮たザリガニをおいしそうに食べたが。

「ほう、星崎ザリガニ好きなんか!じゃあ久しぶりにやるか!田無土名物ザリガニどっさりラーメン。」

と先輩が言い出し、星崎さんと先輩は仲良くザリガニどっさりラーメンを食べる事になる。星崎さんは涙ながらにザリガニどっさりラーメンを食べきったが、それでも先輩とつき合う事はなかった。

「牧田!なんでなの!なんであれだけザリガニを食べても私はダメなの?」

またも、俺の袖をつかみながら泣きついてきた。

「わからないです。パンクロックだからとしか言いようがないです。」

その1ヶ月後。

「また、彼女できたで。」

と言って連れてきたのが。いつもゲーセンの奥に座ってるババアだった。
俺と井上さんは吐き気を催した。まじかよ、トン子のほうが遙かにましで、まるで、下水道で作ったカキ氷喰わされているような気分だった。
当然、星崎は困惑して泣き狂った。彼女は言うまでもなくとてもモテるのが、あくまでも理解不能な先輩に固執していた。

星崎が、どうしても先輩になぜゲーセンのババアと付き合ってるか聞いてほしいと言われたので2人のときこう尋ねた。

「先輩、なんで、ゲーセンのババアと、つき合ってるんですか?」

大きなギョロ目で俺をにらむ。

「それが、パンクだと思ったからや!」

何か、危険な香りがするが、俺はまだ追求する。

「どういうことですか?あの、もうぶっちゃけますけど、何で星崎とつき合わないんですか?どう考えても、星崎は良い女ですよ。」

その時、先輩はすごい力で俺の胸ぐらを掴んで壁に押しつけてこう叫んだ!

「アホか!もし、星崎みたいな可愛い子とつきあってみろ!その瞬間パンクロッカーとしてワシ死ぬんや!パンクロッカーってのはモテたらあかんのや!かっこいいとか!キャーキャー言われて!それが良いなんて思って見ろ!わしの中のパンクは死ぬんや!死ななくても!!そんなの偽のパンクロックや!!だからわしはブスとつきあうんや!とびっきりのブスの醜さを自分に取り入れて!!それをパンクロックのガソリンにするんや!!わしが成し得たいのはパンクロッカーとして成功して父親に復習する事や!女なんかクソくらえだ!牧田、お前、二度とそれをいうてみろ!殴り殺したるわ!ワシにとって一番大切なのはこのパンク魂なんや!わかったか!!」

先輩の激怒されたのがこれが始めてで、奥からこみ上げてくる強烈な眼力に俺は全身が哀れなほ乳類のように震えた。

そのやりとりを星崎にやんわりと伝えた。
彼女は、それを聞くと手を組んで遠くの空を見てうっとりした。
星崎も中々の変態だな。と思うと同時に、星崎を好きな気持ちが大きくなるのを感じてしまった。
なので、俺はその気持ちに蓋をしたのだ。パンク魂と言う重石を載せて。

うーん。ドッスン