あるパフォーマンス
それなり大きな駅前にある。それなりに立派な駅ビルの中にテナントがあるそれなりの値段帯のイタリアンレストランで、それなりの男と女が真剣に話し合っている。
最初はよくある痴話喧嘩か、もしくは別れ話か。レストラン中の誰もがそう思ったが。どうやらそんな単純な話ではないらしい。何人か客とウェイターは、全く興味がないふりをしながらも彼らの話に耳をそばだてていた。
「なんで、なんで。私と婚約破棄するんですか?いえ、それが、私が魅力的でないとか、他に好きな女がいるからだとかは納得できます。でもなんで、<あるパフォーマンス>を見たことが婚約破棄の理由なんですか?教えてください!」
赤いワンピースを着た、いかにも育ちが良さそうな女が目一杯に涙を滲ませながら、壊れたオルガン見たいな声で男に問うた。
男はどうやら、女と違って育ちが良さそうに見えなかった。ボサボサの頭に無精髭、黒くて丸いサングラスを掛けて、シワシワのツイードスーツを着ていた。端的に言ってしまえば、この男は浮浪者か芸術家のどちらかに見えなかった。
そして、さっきからずっと<あるパフォーマンス>について語っている上に、美しく若い女がこの男に狂信者のような愛情を向けているのを見るに、きっと男は芸術家に違いないと誰もが思った。
男が不遜に歯並びの悪い口を開いて何度も再生されたテープレコーダーをのように淡々と話した。
「おれは、お前を愛してる。他の女には興味がない。それは間違いない。でも、君とは結婚できない。」
「だから、それはなんでなんですか?」
「<あるパフォーマンス>がすごすぎたんだ。俺には一生かかってもそんなパフォーマンスはできないと思った。だから君と別れたい。」
「意味がわかりません。私は言ってるんじゃないですか。もしも私があなたが<あるパフォーマンス>をする為だったらいくらでもお金を用意します。それはもう実家の両親に借金してでも、体を売ってでも貴方の為にいくらでもお金を用意します。貴方は何もしなくてもいいんです。<あるパフォーマンス>を越えるために全力で協力します。むしろ結婚しないでもいいです。だから私を捨てないでください。」
男は渋い顔で首を振る。
「いいえ。そのパフォーマンスはお金や、努力で、どうのこうのできる問題ではないのです。そしてきっと君ではダメなのです。」
「ごめんなさい。でも、そのある<パフォーマンス>ってなんなの?それだけでも教えて下さい。」
「それは教えられない。」
ここで女は大泣きして、赤いワンピースの袖でを涙で拭った。
それを見かねた身なりの良い紳士が席を立ち上がって男に、ちょっと。と声を掛ける。
「すみません。他人なのに申し訳ありませんが、さっきからずっと聞いていたら、彼女がかわいそうじゃないですか?せめて<あるパフォーマンス>がなんなのか教えてあげるぐらい、いいのではないのですか?」
紳士に諭されて男が渋々口を開く。
「それは、親友のKという超前衛アーティストのパフォーマンスです。でもそれは、公表されてないしお答えする事も出来ません。」
女はそれを聞いて金切り声をあげる。
「親友のK!わかったわ!つい先日。恋人に殺された人だわ!貴方はそれがショックで私とも別れたいのね!」
紳士は驚いた顔をしたが、男は不満そうにヘッと悪意のある笑みを浮かべた。
「バカか!お前はKの事を何にもわかってない!いいか!Kの最後の芸術作品は愛する恋人に殺される事だったんだ!」
女は、ハンカチを口にくわて怯えながら
「まさか、その<あるパフォーマンス>って。」
「そうだ!これは新聞にもテレビにも書いてないがKは結婚式の最中に愛する女性に首を切られて死ぬパフォーマンスをやったんだ!俺はそれを見てショックだった!それは恐怖や道徳的なものじゃなくて、超前衛芸術家としてだ!それと同時にKを超えたいと思ったんだ!だからおれには君じゃダメなんだ。」
それを聞いて女はニッコリ笑った。
「そんな事はないわ。」
すると、紳士の懐からリボルバーがすっと出されて男の耳元でガチリと撃鉄を弾く音が聞こえた。
「まさか、お前。」
「彼だけじゃないわ。」
男は、ガチガチ震えながら女の手を強く握る。
結婚しよう。
うーん。ドッスン