封印されたゆるキャラ 中編

5ー 田中部長について

彼女が周囲の反対を押し切って鳳市役所に就職した理由は当然の如く呪われたゆるキャラ<とろろん>を助けることであった。しかしながら、市役所に就職したからといって<とろろん>ひいてはゆるキャラについて関われる訳ではなく、一介の市役所員として勤務することになったのである。

だが、唯一幸運だった事は、彼女が地域部防災課に配属されたことだった。なぜならば同じ地域部内に観光課があり、観光課では鳳市の観光PRの為の活動も積極的行われており、商工会の保有するゆるキャラ<ミカン船長>の広報業務担当していたのである。ようするに、比較的には<とろろん>復古のために近いポジションと言えた。ところが、残念な事に地域部の田中部長が、彼女が学生時代に<とろろん>について尋ねる為に市役所を訪れた際、恐ろしい顔でその話は答えられませんと言われて、睨まれた白髪の男性だった事だ。彼は、何故だかわからないが<ゆるキャラ>に対し異常とも言えるほどのほど嫌悪感を示していたのだ。周囲からの評価といえば田中部長は有能で真面目であるが、その反面として合理的すぎてユーモアが欠如しているような人物というのが概ねの意見だった。 そしてそのユーモアの欠如の最たる例が異常なまでのゆるキャラ嫌いである。すぐとなりの観光課からは、

「いやぁ、<ミカン船長>を観光ポスター使用のする許可を田中部長に取るのに必死だったよ。どうしてあの人、あそこまでゆるキャラ嫌いなんだろ?」

 なんて声がよく聞こえてくるほどだった。そんな具合だったので、彼女はまさか<とろろん>を復活させたいなどと言い出せずに板のである。おまけに彼女に釘を刺されてしまったのが域部相談課に所属する吉村であだった。彼は学生時代に<とろろん>の事を訪ねた際に窓口で狼狽していた青年がであり、彼女のことをよく覚えていた。

 「ねぇ、君。あの<とろろん>について尋ねてきた子だよねぇ。なんの意図があってこの市役所に入ったかわからないけどさ。あとで聞いた話によると、その<とろろん>ってタブーらしいんだよ。だからさ。悪いけど、<とろろん>の事は何があっても言わないでね。」 

そんな具合だったので彼女は何度も夢に<とろろん>が助けを求めている姿を見るのだが、どうもできずに。ただただ、事務仕事をしながら悶々とするのみであった。

2年ほどたって。ここのままでは鳳市役所に勤務した意味がない、まさかクビにはならないだろし、やってやろう彼女は決心した。 

「よし、市役所にある倉庫という倉庫を回って<とろろん>の着ぐるみだけでも探そう!きっとどこかにはあるはずなんだ!」 

6 - とろろんの体について

思い立った彼女は、『倉庫の掃除を手伝います』などの理由をみつけては、あたかも仕事熱心な人の振りをして市役所内の点在する倉庫をつぶさに探したのだが、<とろろん>の着ぐるみはおろか痕跡すら見つける事は無かった。どうしてもみつからないので、やはり見つからないな。とあきらめかけた、そんなある日。急にひらめきが舞い降りたのである。

「あっ、もしかしたら!そうだあの不用品倉庫にあるに違いない!」市役所の裏庭を兼ねた雑木林の隅に粗末で誰も近づかない不用品倉庫なるものがある事を発見したのだ。ひらめいた彼女はいてもたってもいられず、不用品倉庫の管理を任されている大川さんの所を尋ねたのだ。しかし、まさか<とろろん>を探すなど言えずに適当な嘘をつく事にした。

 「あー、すみません。防災課の別府ですけども。この前、消防団の方からですね。耐火服89年式型の不要品が市役所にあるはずだから、地域防災訓練のために消防団の方にほしいという意見が合ってですね。で、帳簿を探してみたら、確かに不要品倉庫においてあるらしいんですが、ええ。無いなら無いでかまいません。ただ、一応、帳簿上に不要品(保存)となっているので、ええ。消防団が回答を求めていまして。一応点検したいのですが大丈夫でしょうか?」 

早口でよくわからないデタラメな理由を言ってみると、鈍亀のような老人の大川さんは納得したのかしてないのかよくわからなかったが、のっそり立ち上がって、鍵入れの奥から、素手でも曲げられそうなほど薄っぺらくて粗末な鍵を取り出して彼女に手渡したのである。大川さんは眠たそうな急に開いて瞳で彼女を見つめた。 

「鍵は貸すけどな、あんた。あんなとこにはいかんほうがいいぞ。消防団の要請なんて適当に答えときゃいいだろ。あそこはでるぞ、祟られるぞ。まぁ、あんたに任せるから好きにしな。」

 彼女はその発言を聞いてそこに<とろろん>がいると確信して、思わずガッツポーズをしそうになった。だが、彼女はこぼれそうな笑みをギュッとかみ殺して。 「いえ、一応、地域防災には消防団との連携は必要不可欠ですので。」 と、キリっとした顔で言い切って、鍵を受領した証として、荒い藁半紙のようなものに転写させられた鍵受領簿にサインした。そして、慌てて踵を返してだれにも見つからないようにこっそりと不要品倉庫野前にむかっていった。

鳳市役所の裏庭は森林保護地区と隣接してるため非常に広い上に、どこからどこまでが市役所の敷地なのかが曖昧になっていてほとんど手入れされていない雑木林が雑然と広がっていた、その一角に、古いお寺の一角立てられた粗末な公衆便所のような倉庫があった、外壁はトタン張りで扉は木製でコケだらけだだった。おおよそ誰が見ても大切な物をしまってあるようには見えない。

その、異形な倉庫の風景に彼女は一瞬ためらいを感じたが、ここまできて引き返すわけもいかないので、鍵を開けて立て付けの立て付けの悪い扉がギギっと不況和音をあげた。彼女が一歩足を踏み入れると、宿の主のいない大きなくもの巣が顔を覆った。おそらく何年も人を受け付けていないのだろう、重苦しく湿った空気が漂っていて、ゴムがカビて腐ったような臭いが鼻を突き、もういっぽ一歩踏み出すとタイル張りの床が半分腐っていって、ズブリとめり込むような感覚がした。申し訳程度につけられた窓ガラスは外側から蔦で覆われて光は殆ど差し込んでおらず中は真っ暗でだった。手探りで壁沿いに電気スイッチを探すと、それらしきのがあったのでパチッと電気をつけると、裸の豆電球ががうつろに点灯を繰り返した後、パッと照らされて、倉庫の全体像を照らし出した。そこには、いつの時代からあるのかわからないような腐りかけの木箱やカビだらけのダンボールが山のように積まれていた。そして足元にはパサパサに乾燥した虫の死骸がいくつも転がっていた。

 当然ながらキノコが生えそうなほど朽ちたダンボールなどは触りたくはなかったのだが、<とろろん>を救うためなら仕方がないと思い。彼女が、いくつかの腐った木箱を開けると、1980年代以前物であろう古いデザインの壊れたラジオや、扇風機などがゴロゴロでてきた。彼女はふと呟いた。

「まるで、ここだけ。時が止まったまま腐ってしまったような所ね。不要品倉庫というより、まるでゴミ捨て場みたい。ここは倉庫して運用されていない。まるで、ゴミを一杯に詰め込んでその奥にある何かを隠そうとしているみたい。そうきっと<とろろん>がそこにいるはず。」 

彼女は、木箱を手当たり次第に開けていった。その大多数が古い時代の粗大ゴミだった。花柄の電気ポッド、赤い花柄のガラスの飾りが付いた電気スタンド、立派で長い木の足が付いた白黒テレビ、薄緑色した小型の扇風機。子供向けのシールがペタペタ張られた黒電話、博物館でしか見たことがない手回し計算機。それはまるでタイムカプセルのようであった。 しかし、2時間たって、すべての箱の蓋を開けようとも<とろろん>は見つからなかった。

「うそ、なんで、私の見当違いだったの?でも、絶対にここに<とろろん>がいる気がする。」

そう思った矢先、彼女は急に背筋がゾクッとした。『何かが上からこっちを見ている。』視線を感じた方向を目を転じた。つまり、天井である。すると天井の奥側に大きな段ボール一つがやっと入るぐらいのロフトのような一角があることに気が付いた。『きっとあそこだ!』と思い。彼女は足場にしても大丈夫そうな腐っていない木箱の一つにをその前まで引きずっていき、よっとその上に乗っかって、その一角を覗き込んだ。

すると、腐ったガラス玉の目玉が彼女を見つめていた。  わっ、と驚き彼女は木箱から足を踏み話す。バゴンと大きな音を倉庫内に響かせる。『いた。あれが、きっと間違いない。呪われた<とろろん>だわ。』ハッハッと速くなった呼吸を一度整えてからヨシッと気合を入れてから再び木箱の上に乗って、その一角にある物覗きをみた。

ー 半透明に鈍く光るガラスの瞳

 ー ぶよぶよに腐ったウレタンの体。  

ー 魂を抜かれた朽ちた街路樹ような背中。 

 ー もはや何も語れない腐った魚の口。 

ー 四つの突起物とかした虫の手足。 

ー わずかに残るトロロ芋の面影。

押し込まれた居た物こそ。<とろろん>であった。 彼女は、その姿を見た瞬間から涙が止まらなかった。 「ああ、あなたはここで、誰にも知られず腐り続けていたのね。ごめんね。私が今出してしてあげるわ。」 彼女は優しくそっと、<とろろん>にふれようとしたとき。倉庫の入り口がバンッと開き怒鳴り声が彼女の耳をつんざいた。 

「おいっ!!なにやってるんだ!」


7 ー 朽ちた倉庫について


 木箱から降りて慌ててその場所をみると、顔を真っ赤にさせ鼻息を荒くさせている田中部長の姿があった。 彼女は目を泳がせ狼狽しながら

「いえ、これは。無くなった物品を探そうと。」 

などと適当な嘘をしどろもどろに答えると田中地域部長の顔はますます真っ赤になっていった。

 「うそつけ!!」

 田中部長は怒りのあまり肩尖らせてブルブルとふるわせていた。その姿に彼女は津波のような恐怖と畏怖を感じた。 

「貴様、呪われた木偶を取りだそうとしたんだろ?そうだろ<とろろん>を出そうとしたんだろ!!」 

彼女は何も言えず、恐怖でこぼれそうな涙を堪えるばかりだった。そんな事をお構いなしに怒れる部長は話を続けた。

 「過去に、何人も<とろろん>を取り出そうとした。ある時は、撤去のためだったり、ある時は興味本位だったり、そして、お前みたいに、何かに取り憑かれた奴が、そいつをとりだそうとしたよ。」

何かに取り憑かれた、、。まさに彼女を形容するに適切な言葉であった、彼女はそれを否定する。 

「いえ、決して、取り憑かれた訳ではありません。」 

田中部長は大きく首を振る。

「いいや、嘘だ!俺にはわかる。お前は取り憑かれてるんだ!お前は、人を惑わせる悪魔に取り憑かれているんだ!頼むからこんな事から手を引いてくれ!」

田中部長の発言を受けて彼女はとっさに『嫌です』と表情でアピールをしてしまった。すると田中部長の口調が急に弱弱しくなった。

「なぁ、頼むよ。別府さん。俺はな、決して意味もなく怒鳴ってるんじゃない。ただな、そいつは本当に呪われてるんだ。頼からもうやめてくれないか?」 ちょうどその時、ビュウッと風が吹くと同時にガコン!っと大きな音が部長の後ろ側から聞こえ、その方向を見ると、どこからだろう。強風であおられた工事中を示す看板が田中部長のスレスレに飛んできた。まさにこれが<とろろん>の呪いなのか?そう思うと彼女はゾッとした。 

「なあ、本当に<とろろん>は、洒落にならないんだ。もし、お前がそいつを引き出してみろ。きっと、お前は大けがするぞ。最悪のことだってありえるかも知れないんだ。だから頼むよ」

気がつくと田中部長の声はとてもやさしく懇願する口調に変わっていた。もう彼女としては降参して<とろろん>の事を諦めようと一瞬思ったが、その考えを振り払い彼女はこの日ばかりは決して引かない事を決めた。なざならば、この機会を逃せば、二度と<とろろん>を引き出すチャンスなどない気がしたらだ。 彼女は毅然とした貴重ではっきりと言い放った。

「いえ、私はどうなってもかまいません。ただ、どうしてもこの子を外の世界に出してあげなければいけなくてはならない気がするのです。」

 田中部長は、目を手のひらで覆って、ため息を付きながら首をふる。 

「引きずりだしてどうするんだ。何十年もゴミ溜めのような倉庫で腐ったぬいぐるみを、外の世界に出してどうするんだ。それを子供たちの前に出すのか!?それでどうなるんだ。誰が、そんなゴミクズを喜ぶんだ!?」

「<とろろん>は決してゴミクズではありません!」

そういい終わる寸前、田中部長は手を大きく振り上げ壁を全力で倉庫が揺れるほど強い力で叩きつけた。

「ふざけるな!そいつはゴミクズだ!しかもな!それは市の物品だ!おれの管理下にある物品だ!いいか!お前がなんと喚こうが、それを持ち出す事に許可印は絶対に押してやらないからな!それからな勝手に持ち出したら処分だぞ!」 

再び怒りだした田中部長に彼女は不思議と恐怖感を感じなかった。それよりも、『なぜ、この人はそこまで<とろろん>を忌み嫌うのだろう。』という疑問が大きくなっていった。それは、全く理解できず、不可解でしかないその瞬間、彼女の脳裏に妙案が浮かんだ。 

「あの、そうですよね。田中部長。市の物品ですものね。市の物品は動かせませんですよね。<とろろん>を外の世界に出したいがあまり、まるで、私の物の様に扱ってしまい、申し訳ありませんでした。」

彼女は演技で泣いてる振りをしながら、しおれた花のように力なく謝罪をした。 それをみた田中部長は安堵の表情を浮かべた。

「そうだ、わかってくれたか、そのぬいぐるみがお前の物だったら俺も文句はいわない。ただ、あくまで市の物品だからな、俺の許可なしは動かせないんだぞ。」 

彼女は、その発言を聞き。心の中でほくそ笑んでから、顔を上げた。 

「では、私が自費で<とろろん>の着ぐるみを作れば問題ないんですね。わかりました!自費で作らせていただきます!」

 彼女の発言に田中部長は目を丸くした。 

「はぁ?ちょっと、君は何を言ってるんだ。」

 「私は、ずっと、思ってたんです。<とろろん>の中に女の子の魂が閉じこめられてるって、いえ。全くの妄想かもしれません。でも、ふと思ったのはその女の子はその着ぐるみの中に閉じこめられてるんではなくて概念の中に閉じこめれられてる気がするんです。」 

「概念?」

 「そう、つまり着ぐるみは新しく作り直してしまえばいいんです。だって、まだ<とろろん>はまだ、市の公式マスコットのはずです。だから作る権利はあります。」 

田中部長は顔を真っ赤にさせて否定する。

「いや、ちょっと待て、勝手に作ることは許さないぞ!そもそも!デザインしてくれた方に許可を取らないと。」 

「大丈夫です、それはどうにかして私が取ってきます。」 

「おまえ、当時デザインした女の子はとっくに亡くなっているんだぞ!とそれなのにどうやって許可を取るって言うんだ?」

 「そっ、その遺族の方々を捜して相談してみます。もし、それでダメなら諦めます。」 

「お前、遺族とか言ってるけど、そもそも、その女の子は誰だかわかってるのか?」

彼女は勢い任せでベラベラ話してしまった自分を悔いた。

 「うっ、、それは、わかりません。」 

彼女が小さくなって俯くと、田中部長は鼻を鳴らした後に疲れ果てたように、ため息をついた。 

「いったい分からないで、どうやって許可を取るんだ。これであきらめろいいな!まぁ、今日の事は忘れてやるから、2度とこの倉庫に近づくなよ。この倉庫片づけて、鍵を閉めておけ。」 それだけ言うと、田中課長はバンッと雑にドアを閉めて立ち去っていった。

しばらく彼女は放心状態でたっていたが、何も出来なかった自分に、恥ずかしいやら、悔しいやらで、泣きたいのか嘆きたいのかよくわからない気持ちがこみ上げてきた。いつまでもそこに立ち尽くしてる分けにも行かないので、彼女は自分がひっくり返した倉庫の片づけを始めた。いざ片づけ始めてみると先ほど感じ取れなかったのが嘘みたいなほど、かび臭いホコリが大量に舞っていて彼女はむせかえってしまった。 

「う、、ゴッホ。ひどい臭いだわ。」

 ハンカチで口を覆いながら木箱の一つを動かすとと、名詞サイズほどの銅板でできた名盤が何かからはがれ落ちたのだろう捨てられた様に転がっている見つけた。

 ー <とろろん> 1973年制 R大道具店制作 X県鳳市南町 1丁目23番地 ー

 彼女はこれを見つけて思わず『あっ!』声を上げた。 そうだ、この<とろろん>を創った職人さんならきっと制作者の女の子がわかるわ。 彼女は手早く片づけを終えると、職場に戻り神妙な面もちで田中部長に謝罪した、部長はもういいから二度するなと一言だけ言った。

仕事時間が終わったのち、彼女は、謝罪した舌の根も乾かないうちに、名盤に書いてあったの住所を検索し電話したのである。  


ー 8 出来損ないの怪獣について

R大道具は10年も昔に店じまいしていたが、幸いな事に職場と住居をかねた小さな町工場だったので、昔のオーナーだった老夫婦がその場所にすんでいた。 電話口にでた元職人の老人に、大昔に作った着ぐるみについて尋ねたい。と問いかけると、とっくの昔に店じまいしたので記憶が曖昧だが、一応話だけは聞いてやると、ぞんざいに言われたが、実はX県の鳳市のマスコットキャラクターの<とろろん>の件で電話しましたと言うと、老人は急にはっとしたように声色が変わった。 

「あなた、あの<とろろん>についての話があるのかい。えっ、<とろろん>を復活させてくれるのかい。ああ、よかった。」 

老人の声は今にも泣きそうな声だった。彼女はそれを不思議に思うと同時に老人に謝罪した。 

「いえ、復活できるわけではないのです。私が個人的な事情で色々と復活させたくって、、。それで、お問い合わせしたいことがあるのですが。」 

「ええ、いいでしょう、この老いぼれの心残りが晴れるのならばなんでも協力しましょう。なにか事情があるとお見えなので、どうでしょう。お時間がよろしい時、直接あってお話するのはいかがでしょうか?」 

急にバカに優しい口調になった老人に彼女は驚きながらも、それを了承し、次の土曜日に早速あうことに決めた。 老人と会う約束をしたのは、鳳市にある古い喫茶店で、革張りのソファーが心地よく、品の良い真鍮のマグカップでコーヒーを出してくれる雰囲気のよい喫茶店だった。 待ち合わせの15分前にソファーに座って緊張しながら待っていると、禿げ上がっていて背が高い色黒の80歳ぐらいの老人がよっと手を挙げて挨拶していた。顔は強面だが、安いカシオの時計を着けて、淡い青色のポロシャツを着ていたのが妙に安心できた。 

「おまたせしたかな。」

といわれたので、 彼女は勢いよく席を立ち深々と頭を下げた。 

「い、いえ。ぜんぜん待ってません。わざわざご足労いただいてありがとうございます。このたびは私のために貴重なお時間をいただき、」

 と言い掛けたときに老人に 

「いいから、そういうの。ねぇちゃん、気さくにいこうや!」 

とたしなめられた。電話口とまた違う急にフレンドリーな対応に彼女はびっくりして目を丸くした。老人はそれを悟ってニヤっとわらう。 

「電話って苦手でな。なんだか急にバカ丁寧にしゃべっちまうくせがあるんだ。まぁ俺のことはヤッちゃんて呼んでくれ!本名はヤスシだからやっちゃんで頼むや!」 彼女は、フランクすぎる老人の存在に面食らったが、その方が何かと話しやすいので都合がよかった。

軽い挨拶を終えた後、彼女はクリーム豆あんみつを注文し、それをパクパク食べながら今日までの経緯を話した、老人は分厚いフレンチトーストをバクバクと食べながら聞いていた。 

「なるほどねぇ。つまりは制作者の女の子が誰か知りたいって事ねぇ。」 

「ヤッちゃんさんは、その女の子についてご存じですか。」

 老人は指先についたフレンチトーストの密をペロリと舐めながら、きわめて断定的な口調で言った。 

「ああ、知ってるぜ。」 

そのあと、しばらく沈黙が続いた。老人は何かを考える様に、右の空をみていた。

 「よっしゃ、ねぇちゃん。その女の子が誰か話す前にな。俺の話をさせてくれ。」 

彼女はヤッに手の平を向けて差し出した。

「どうぞ。」

ヤッちゃんは、腕を組んで頷いてから話し始めた。

 「うん、実はな、俺は腕利きの怪獣職人だったよ。怪獣だけじゃなくて、宇宙人や、妖怪、怪人も一杯創ったよ。いきなりすぎて、なんのことだか、わからないだろ。俺は美術大学をでたあと、映画会社相手の大道具として働いたんだ。そして、俺の創る怪獣や怪人は人気があってなぁ。テレビの時代になっても引っ張りだこだったよ。」 

「すごかったんですね。」

 「ああ、すごかったよ。当時は怪獣を一体創るのにお金も時間も一杯くれたし、俺は張り切って魂のある怪獣を作れた。あの時代はすごかったよ。でもな、時代が流れてな、テレビが普及すると映画だけの特権だった特撮作品を右も左も作り始めたんだ。だから、だんだんと怪獣一体にかけられる予算も減っていくんだな。そのうち、コストパフォーマンスばかり考えて、いかに安く怪獣を作るかに配給会社が躍起になっていったんだ。そうなると、職人の俺としてはバリっとしたカッコいい怪獣なんてつくれなくて、そこら変の遊園地のアトラクションで使った安物のヘタった着ぐるみに適当にペイントして『はい、新怪獣です。』と言ったような具合に、週に2対ぐらいのペースで粗悪な怪獣を作り続けたんだ。そんな不細工で誰の記憶にものこらない不細工な怪獣を作り続けるたびに俺は悪夢にうなされるようになった。」

 「悪夢ですか?」 

「ああ、『僕たちは何のために産み落とされて、何のために殺させるの?』そうやって、不細工な怪獣立ちが俺に泣きついてくるのさ、せめて子供たちにカッコいい良いって言われたいよ。なんで僕をこんなに不細工につくったの?そんな声が聞こえてくるんだよ。まぁ、こんなの妄想にすぎないけどな。」 

「いえ、私は妄想だなんて思いません。」

 「ありがとう。そういってくれると嬉しいぜ。それでな俺は、そんな不細工な怪獣を作るのに嫌気がさしてな、親戚のつてをたどって地方の大道具屋で働く事にしたんだ、作るものと言えば、劇団が使う、虎の着ぐるみだとか、パチンコ屋のド派手な看板だとか、商店街のお祭りで使う飾りだとか、まぁそんな所で、決して目立ったり儲かる仕事じゃないが、不細工な怪獣を作らなくてよくなって淡々と注文を受けた物を作るだけだったから、精神的にはずっと気が楽だったよ。そんなある日、一人の青年が俺の元にやってきたんだ。市役所の人間だった。彼は、俺に市のマスコットを作ってほしいと依頼してきた。」

 「つまりそれが、」 

「そう、<とろろん>の事だった。彼は若くしてマスコットを作る担当者に任命されたらしい。まぁ、今の行政仕事から考えたら若いお兄ちゃんがマスコット作りを完全に任させるなんて考えもつかないだろうが、当時の行政なんていい加減だし、口うるさく行ってくる奴もいなしな。それができる時代だったんだ。それで、色々あってそいつの妹がデザインしたキャラクターを作る事にしたんだ。」

 彼女はハッとした。 

「ちょっとまってください。市役所の方の妹さんが、デザインしたんですか。」 

「そうだよ、そいつは、君もよくご存じの田中部長だよ。」

 そこで、彼女はソファーの底から湧き上がる混沌に吸い込まれるような感覚に陥った。 

「えっ、ちょっとまってください、田中部長は<とろろん>に反対している人ですけど?あれ?あれ?ちょっと待ってください。」

ヤッちゃんはコーヒーを啜ってから、混乱する彼女を窘めた。

 「まぁ君も混乱しているだろうから、順を追ってゆっくり話すよ。」


8 ー <とろろん>について

「田中部長は、当時の20歳の若造だった。高校卒業してすぐに市役所に勤めて、鳳市の地域部に配属された。当時の市役所の地域部はどうもやる気のない職員が沢山いるような所だったらしい。当時の市役所の花形は土木部や商工部だったらしく、地域部なんてどうでも良いような部署だったらしい。」

「はい、昔は、そうだったと伺って降ります。」

「それでな、地域部にマスコットキャラクター作成の話が来たんだが、何せ前例がない仕事をしなきゃらなくて、それが大嫌いな先輩たちは新人の使いパシリの田中君に丸投げしたんだ。」

「まさに、お役所仕事ですね。」

「でもな、その田中君は優秀でな、予算取りから計画立案、行政文書の決済まで手際よく終わらせて、手際よく着ぐるみをイザ作る段階まで進んだんだ。」

彼女は驚いた。

「20歳でそんなに捌けるのすごいですね。」

「しかし、ここで大きな問題があってな。田中君の努力も虚しく市のキャラクターを<ミカン>をモチーフにしたキャラクターか<造船>をモチーフにしたキャラクターのどちらにするかで大揉めしだしたんだ。しかも地域部と関係ない商工部の課長クラスとかが急に大騒ぎしてな。」

「行政仕事あるあるですね。」

「それで、結局、いつまでたっても結論が出ずに、田中君が必死で進めた計画が宙ぶらりんになってしまったんだ。本来ならば、ここで計画倒れのはずだったんだが、書類上だけ公式マスコットキャラクターを作る方向で話が進んでいて、地域部に着ぐるみを作る予算だけは付いてしまったんだよ。」

「これまた行政あるあるですね。」

「だから、予算が付いた以上は着ぐるみを作らなければいけなくなってしまい。最終的に何を作るか決まってないまま『予算内で商工部に角が立たないような着ぐるみ作れ』と無茶な命令で田中君に丸投げされた。言われて泣く泣く市で唯一の大戸具屋の俺の所にやってきたんだ。『こんな状況なんですけど何か作って下さい』と、言ってきたが俺も困ったよ。だって、予算もたった5万円でな、それなりの着ぐるみを作るにはおおよそ足りない。うちの当時の相場で35万だった。」

彼女は杜撰すぎる話に若き日の田中部長に同情した。

「さすがに、それは杜撰すぎますね。」

「俺は無理だって断ったよ。また中途半端な仕事はしたくなかったからな。でも彼は、5万で足りないなら、市役所に内緒で自分のポケットマネーを出すから作って下さいと言うんだよ。領収書だけは帳尻合わせで5万にしてくれて言ってな。俺は驚いたよ。なんでこんなひどい目に遭わされて尚、ポケットマネーで着ぐるみを作ろうとしてるんだ。こいつは!?と思ったよ。」

彼女は、自分と同じような過去を田中部長が持っている事に驚き、ラバのゆっくり唾を飲んだ。

「彼は目をキラキラさせて言うんだ。『市のマスコットキャラクターは、きっと市民とって大きな財産になります。今はまだ誰もその力に気がついて居ませんが、僕はタンカーやビルを沢山造るのが発展であり豊かさの時代は終わると思います。いつか、この世界にはキャラクターがもつ豊かさを求める時代が行きます。だから、僕は将来の市民の為になる仕事がしたいのです。』俺は心底しびれたよ。こんな未来の市民のことまで考えている若者が居るんだってな。その言葉を受けて、俺もこの若者の為だったら再び魂ある着ぐるみを作ってやる気になったんだよ。」

「魂のある着ぐるみ?」

「ああ、一流の職人が魂を込めて作る物には魂が宿るんだ。俺が作ってきた着ぐるみ達もそうさ。もうそんな物は作らないつもりだったがな俺はその青年のまなざしに心打たれてしまった。『わかったよ。特別サービスで5万で作ってやる。そのかわりな<ミカン>のキャラクターでも<造船>のキャラクターでもなく、お前が作りたい物にしてくれ。俺は魂がある物が作りたいんだ』と言った。」

「それが、<とろろん>だったって事ですか。」

「ご名答、彼はすこし悩んでから、こう言ったん。『実は、重い喘息を煩ってる8歳の妹が居るんです。もう、そんなに長くは生きられないかも知れないんです。だから、できたら妹のデザインした物を作ることは可能でしょうか?』そう打ち明けてきた。妹を思う気持ちに心打たれて田中くんの手を握り締めて快諾した。」

「しばらくして、田中君の妹がデザインした<とろろん>というキャラクターの着ぐるみを作る事になった。」

「ちなみに何故、その妹さんはととろ芋をキャラクターにしたのですか?」

「それは後述する。しかしな、俺も田中君の熱意に絆されて久しぶりのキャラクター作りに燃えたよ。今度は、不細工な怪獣ではなくて、本当に魂のある愛されるキャラクターを作ってやろうと思ってな。だから当時の俺にできるだけの技術を導入して作り上げたんだ。<とろろん>をな。3カ月もかかったよ。」

「それは、田中部長の妹さんも喜んだのではないですか?」

「いや。それが、ちょうど着ぐるみを作ってる最中に様態が悪くなって息を引き取ったらしい。」

彼女は急に悲しくなった。

「そんな。」

「当然ながら、田中君は悲しみにくれていて、目を真っ赤にして俺に謝りにきた。『せっかく妹の為に作っていただいてるのに、妹が亡くなってしまい申し訳ありません。もう、<とろろん>作成をやめていただいて結構です。』っていってきたんだ。きっと彼も混乱していたのだろう。だから、おれはバシッと言ってやったよ。『何を言ってるんだ。市民の笑顔を作りたくて<とろろん>を作ってるんだろう!この<とろろん>を市民に愛されるキャラクターにする事が、天国の妹さんの為になるだろう!お前がそんなんでどうするんだ!』そう怒ってやった。そうしたら彼は、涙ながらに『すみません、どうにかしてました』と謝って。<とろろん>を必ず市民から愛されるキャラクターにすると俺に誓ってくれた。」

「そんな素敵な話が合ったんですね。」

「ただな、現実は過酷だった。まず、市役所の連中は田中君に丸投げにした仕事のくせに『市のキャラクターがとろろ芋とは何だ!』とイチャモンをつけられた。その上に、商工会からも『何故ミカンではなく、とろろ芋なのだ!』と厳しくクレームを付けられた。おまけに、子供達から愛されるどころか、よくわからないキャラクターがお祭りの会場をウロウロするのは何となく気味悪がられた。まだ、ゆるキャラなんて概念がなかった時代だ。知名度のない着ぐるみなんて誰にも相手にしなかった。残念だよ。俺の改心の出来だったのにな。」

「当時の田中部長はどうな様子だったんですか?」

「それは、とても辛そうだったよ。だけど、おれは彼を励まして、一緒に人気が出るように頑張ろうぜ!と言ったんだ。だから田中君と一緒に休みの日とか使って地域のお祭りとかにも参加するようにしたば。そうしたら少しづつ認められていったよ。」

「よかったですね。」

そこで、ヤッちゃんの顔が急に曇った。

「いや、それがよくなかったんだよ。」

「それはどう言うことですか?」

「変に知名度があがってしまうと、どこから<とろろん>は死んだ女の子の霊が宿っていると怪談話が出てしまったんだよ。」

「つまりそれは、モクジンの伝承につながる話ですね。」

「よくご存じで、そう。君が言う通り、目陣という地区には死んだ子供の魂がとろろ芋に宿って鬼に食べられてしまう。そういう言い伝えがあってな、だから、その逆に病気の子供には鬼に食べられないようにとろろ芋を食べさせて滋養を着けよう。って言い伝えだな。だから、田中君の妹がとろろ芋のキャラクターを作ったのもそれが由来だろう。」

「あれ、逆にとろろ芋を食べさせるのは初めて聞きました。」

「なんだか、君は詳しいな。まぁ、そういった言い伝えとかは人によってかなり曖昧な物だから、俺も人から聞いた話で本当にその話が正確かどうかはさっぱりわからない。ただ、鳳市にはそういった言い伝えが残っていて、それが口コミで話題をよんで<とろろん>はいつしか呪いのキャラクターと呼ばれ、週刊誌に取り上げられるまでになった。」

「ひどい。」

「そう、ひどい話さ。田中君は大いに傷ついていた。いつしか市民から<とろろん>は気味が悪いと苦情が入り、市のお偉いさんの決定で闇に葬られる事になった。そして、せっかく作った着ぐるみも焼却処分が決まった。その事について田中君は俺に何度も謝ってきた。俺はどうすることもできずに彼を慰めたんだ。だがな、焼却処分の前日に<とろろん>を焼却する筈の焼却炉でボヤが起きて焼却処分が延期になったんだ。それからと言うもの、処分しようとするたびに不慮の事故や、担当者の失踪が相次いだんだ。もちろん市役所の人達は戦慄したよ。<とろろん>は本当に魂を宿した呪われた人形だってな。もちろん田中君には心無い批判が相次いだ。」

「それで、ずっと市の倉庫で封印される事になったんですか。」

「ああ、誰にも知られず暗い倉庫の奥で魂を宿したまま朽ちて言っているんだ。何度も夢に見たよ。何度も何度も。」

彼女は食いつくように顔を見つめながら力強く質問した。

「それは、どんな夢ですか。」 「こんな夢さ、誰かが暗闇から俺を見つめて囁くのさ。『私を、ここからだして。私は何のために作られたの?暗い倉庫で朽ちて行くのは耐えられません。お願いします。私を助けてください。ここから出してください。』そんなような夢だ。」 「あの、私も同じ夢を見ます。」

「そうか、やっぱり君もか。俺は、何十年となくこの夢にうなされてきた。不細工な怪獣達に申し訳なくなって怪獣職人をやめたくせに、また世の中に不細工な怪獣を作っちまった。そんな事をずっと悔やんでいた。本当は子供達を笑顔にしたかっただけなのに、申し訳ない。と俺は悔やんでいたんだ。」

「田中部長には連絡されたりはしたんですか?」

「ああ、何度と無く連絡したよ。でもあいつは人が変わったように<とろろん>の事は全く取り合ってくれなくなった。人柄も変わっていったよ。俺は無料で良いから着ぐるみを作り直せてくれ。と言っても全く無視だった。」

彼女は、とてもやるせない気持ちでからになった、コップの水滴を何気なく拭った。

「それで田中部長にゆるキャラの話はタブーだったんですか。」

「でも、君が来てくれて良かった。俺と一緒に<とろろん>を復活させようそして、再び子供達に夢と希望を託せる存在として生まれ変わらせよう!」

「でも、田中部長に許可を、もらわないと。」

「なんの許可だ?君が自費で作るんだろ?」

「いや、デザインした人に許可を貰えって言われたんです。つまり、田中部長の亡くなった妹さん、、。。」

「なあに大丈夫だよ!俺には、あいつのお願いを聞いて大赤字で<ととろん>を作った義理がある。俺が一緒に持って行けば奴も断れない筈だ!なぁ!ねぇちゃん!俺と一緒に頑張ってみようや!」

彼女は希望に胸が熱くなるを感じた。それは、錆びついた暖炉にカッカと赤くなった石炭を放り込まれるような感覚だった。

「あっ、ありがとうございます!あの、所でお値段はいくらぐらいでしょうか?」

ヤッちゃんは指をパチンと鳴らした

「なぁに、気にするな老人最後の大仕事はタダで作ってやるよ!今度こそ市民に愛されるキャラクターを作ってみせるぜ!!」

うーん。ドッスン