パンクロックと箱根駅伝 46話

伊達監督と一緒に会議室の中へ入っていくと、いくつもの視線が降り注がれた。それはまるで屈折した夏の光線のようだった。
希望に満ち溢れた輝く目で、 訴えかけるような充血した目で、 圧迫させるような血走る目で、 投げ下ろすような乾いた目で、 希望に輝かせた濁りの無い目で、 冷凍された魚のような目。そんないくつもの視線が伊達監督に向けて一点に振り下ろされる。視線は今にも発火しそうなほどだった。私は最前列の右端の席が一つ空いていたのでそこに腰を掛けた。

伊達監督は教壇にドカッとカバンを置くと、もったいぶるように、ズボンのベルトを引き上げてから咳ばらいを一つした。

「よし、今から。箱根駅伝のメンバーを発表する。そのまえに一つ言っておくぞ。毎年、自分がメンバーに選ばれなかったからって自暴自棄になって問題行動を起こす奴がいるが。ここにいるの人間はあくまで補欠だからな。もし、今回の発表に漏れていたからといって決して最後まであきらめるんじゃないぞ。過去にはノロウィルスで限界まで補欠使った年もあるんだからな。」

伊達監督が一言話しただけで部屋中がピッと引き締まる。そして、みんな知っている。補欠が出場できる可能性の低さを。誰が何と言おうが、このメンバー発表こそが重要なのだ。伊達監督はカバンから取り出したノートをぺらりと捲った。

「よし、それでは第1区から発表する。第1区、前川。」

「うっす。」

前川さん自分が呼ばれいるは当然と言わんばかりに気障っぽく返事をした。前川さんが一区ということは前半から勝負を仕掛ける事を意味している。

「つぎ、2区。戸川。」

戸川さんが2区に選ばれるのは当然であり、誰も驚かなかった。そして戸川さんはやる気なさそうに手を小さく上げただけで返事すらしなかった。

「3区。石原。」

「はい、ありがとうざいます!一生懸命がんばります。」

石原がやたらと恭しく返事をした。今回が初めての箱根であり、昨年度はあと一人でメンバー落ちしていたこともあり、近頃やたらと伊達監督に媚びを売っているのが目についたがこの返事もきっと媚びの一つなのだろう。

「4区、小林。」

「はい!!」

小林君は一年生の中では最も将来を期待されている選手である。2軍にいる双子の弟と顔こそそっくりだが自尊心に満ち溢れた目だけは全くの別人の物であり、性格も弟とは比べ物にならないぐらい刺々しかった。

「5区、小泉。」

「はい!」

小泉さんは、あまり面識がなかった。なぜならずっと山のスペシャリストとして別な練習をすることが多かったからだ。チームで一番背が低く、とても瘦せていて色白だった。栄養失調の高校生といっても疑わないような風貌である。

そこまで、言い終えると伊達監督は一息ついてから、ゴワゴワして浅黒い両手をこすり合わせてからこう告げた。

「よし、以上が、往路だ。みんなわかる通り、今年は1区に前川を使って奇襲をしかける。先行逃げ切りで勝負していこうと思う。よし、これから発表する復路の人間は先行逃げ切りを支えるために頑張ってくれ。」

俺は、ちらりちらりと目だけを動かして周りを見回してみた。名前をまだ呼ばれていない選手は今回当落選上の選手が多いこともあって、こわばらせた顔をしている者が多かった、誰も彼もいつもは見せない売れ残りのコケシのように強張った顔をしている。伊達監督がノートの次のページをめくってメンバー発表を続ける。

「6区、飯田。」

「、、はい。」

飯田は不満そうだった、彼は昨年度6区に起用されていたが、今年事は平地区間にコンバートされたかったという気持ちがあるに違いないが、6区を予定しいた山野辺が怪我したこともあって、最終的に6区に起用されてしまった聞いて少し不満そうに返事をした。


「7区、村瀬。」

「えっ、はい!ありがとうございます!」

村瀬は声を裏返させながら喜ぶように返事をした、メンバーに入るのは難しいと思われいたが、飯田が6区によって彼にチャンスが回ってきたのだ。

「8区、梅本。」

「よろしくお願いします。」

梅本は1年生として小林に次ぐコンバートとなった、今後の主力として期待されている。選手である。

残りは2枠。会議室には重苦しい空気が立ち込める。

「9区、福永。」

「あ、あ、あ。はい。ど、どどどうも、あ、あ、ありがとうございます。」

福永さんは、確実にメンバーに入ることが分かっていたのにも関わらず、必要以上に挙動不審にかつ、力の抜ける調子で返事をした。一瞬会場が静かになったあと、どこかしこからクスクスと笑いが零れた。緊張しきった空気が少し緩んだが、伊達監督は一言も笑わず会場をギョロリと睨んでからこういった。

「おい、笑ってるものいるけどな。今笑った奴で福永より絶対自分が強いと思ったやつ手を挙げろ。」

手を挙げたのは、戸川と前川だけだった。こんな時いつも大和さんは手を挙げていたのだが、彼の手は膝の上でギュウっと固く握られたままだった。

「いいか、お前ら。福永は奇妙で理解できない存在かもしれないが、実力だけは確実にあるんだ。福永が俺の合格ラインの選手だ。選ばれた人間も勘違いするなよ。福永より下の選手はB級品だ。いいか。今言われて、悔しかっ奴は、結果でしめせ。いいな。」

伊達監督の辛辣な言葉に緩んだ空気は再び刺々しく乾いた物に変質していった。俺は一瞬、周りを見渡して白井さんと横に座る浜さんの顔をみる。二人とも氷で出来たマリア像に祈る狂信者のような顔をしていた。

「よし、では。最後10区。大和。」

あっ。終わった、氷のマリア像が太陽の光を浴びて、精密な彫像の姿を失いただの氷塊になってしまうようにすべてが、幻に消えた。

私たちの決意も、白井さんの汗も涙も。井上さんが届けた靴も。すべては今世に放たれた一つの言霊によって、消えてしまったのだ。


うーん。ドッスン