パンクロックと箱根駅伝 23話
2軍寮は古い映画で見た、ワイルドな香りのする2階建のモーテルそのもので、ドブ川を超えた、国道に面して建てられていた。駐車場跡を含めた敷地の大きさは、マンモス団地に作られた大振りの児童公園ぐらいの大きさがある。
母屋はL字型に二階建ての外廊下がある居住区が作られていておよそ20部屋ほど。駐車場跡と思わしき所の真ん中には、ギラギラ光る銀色の丸いのトレーラーハウスらしき者が鎮座していて。その脇には野ざらしにされた筋トレ器具が並べられていた。敷地の脇に、つい立てがついた3つのドアが付いた物置みたいなコンテナハウスと、小綺麗な公園の見かけるようなシックな公衆便所が設置されていた。
母屋はかなり傷んでおり、2階側廊下の転落防止用の柵がピカピカで新しい物と、サビついてボロボロな者が、交互に並ぶあたりがそれをよく物語っている。柱を見ると、そこらかしこに「FxxK!!」なんてチャーミングな彫り物がされていた。
細野さんと手摺だけピカピカの階段を登り、白い塗装が剥げ掛かった古ぼけた扉に203とマジックで殴り書きされた部屋の前に来た。
扉には『セールスお断り』のステッカー、と色あせたビックリマンシールらしき物がデタラメに貼ってあった。
「じゃあ、とりあえず大島よぶわ。」
細野さんはノックもせず、ガチャり。とドアを回す。部屋の中は真っ暗だった。
「寝てやがんな。」
と、つぶやくと、細野さんはそのままズケズケと入っていった。
俺は部屋の中を外から覗き込む。ざっと見た感じ大島さんは漫画好きであるらしい。そう思ったのは、インドのレンガ工場みたいに無造作に積み上げられた少年ジャンプとよくわからない萌え系の女剣士のタペストリーが見えたからだ。
しばらくすると。
ぶっ!!っと嫌な不協和音が聞こえ。
ゴホゴホっとむせかえる音と共に「クッセ!」と甲高い声が聞こえてきた。
「んー。あー!細野さんかよ!うっわ!最悪!なんすか!いきなり顔面の前で屁をこかないでくださいよ!なんすかー。えっ。あー、あの噂の彼がきたんすか?」
そんな声が聞こえると中の男が部屋のカーテンを開けた。部屋が明るくなり、中から細野さんと共に小柄で目の細い短髪の男が見えた。彼は、眠たい目をこすりながらスウェット姿で玄関に出てきた。
「こいつが大島!!」
と、細野さんは大島さんの横で肩を叩く。。
「よろしくお願いします。牧田です。」
俺は、頭を深々と下げる。
大島さんは、軽く手を上げて気の抜けた感じで返事を返した後に。
「んー、牧田くん。よろしくね。大島です。なんかごめんね。こんな格好でさ。」
確かにスーツ姿できた俺は面食らった。
「いえ、大丈夫ですよ!」
と、俺が返事をすると、大島さんは細野さんに軽く悪態をついた。
「てか、細野さん。牧田が今日くるって連絡くださいよー。いつも連絡遅れるんだからー。それは酷いっすよ。いつも言ってるけど、マネ長がそれじゃだめっすよ!!」
と、大島さんは語気を荒げたが。
細野は、ナメクジみたいな目をキョロキョロさせて。
「ははっ、わりぃ。」
と、有耶無耶な返事をするだけだった。
「とりあえず、牧田よろしくね。」
細野さんは俺の肩をポンと叩く。
大島さんは、ふぅ。とため息をついてから。
「牧田くんの1番奥の部屋は318号室ね。」
大島さんはベランダに乗り出し、L字の丁度曲がった先の1番奥の部屋を指差す。
318号室?ここは二階なのになんでなんだ?
そう疑問に思うと同時に大島さんが解説を入れる。
「ちなみに、318号室ってのは誰が最初に言ったかわからないけど、3(さ)1(い)8(はて)の部屋だからなんだ。元々は、210号室だったんだけど、いつからか318号室と呼ぶようになったんだ。まあ最果ての部屋らしく水が出ないのにカビが酷いよ。残念なことにね。」
田無土から抜け出てきたのに行き着く先がホテル カルフォルニアの最果ての部屋とは、全くいい人生だぜ。
「でも、まだ君の同居人が帰ってきてないから、鍵がないから、俺の部屋に入ってくれ。まずは2軍について説明しよう。」
と、言って大島さんが部屋の中に入りだそうとする。
「あの、誰かと同部屋なんですか?」
俺が、そう質問すると大島さんは振り向き唇をとんがらせ、眉をひそめてキツめにこう言った。
「当たり前だろ。」
その一言に体育会の厳しさを十分感じ取った。
細野さんは
「じゃ、よろしく!」
とだけ言って、部屋には入ってこなかった。
靴を脱いで部屋の中に入ると、汚くて狭い部屋だが、天井が思いのほか高くてビックリした。間取りは10畳ぐらいで。部屋の右端に2段ベットが据え置かれて。中心にはちゃぶ台が置いてあり、その脇のタンスの上に小さいブラウンテレビとニンテンドー64が鎮座していた。
部屋の窓は大きく、外の交通量の多い国道がよく見えた。部屋の入り口付近に小振りでアルミむき出しのシンクは付いているが、部屋にトイレとシャワーは付いていなかった。
大島さんは、ちゃぶ台の前に座布団を引いて。
「まあ、座って。」
と、俺に促してきたので、そのまま座布団に腰掛ける。大島さんはニンテンドー64の前に置かれた座椅子をちゃぶ台の前に持ってきて腰掛ける。
俺とちゃぶ台を挟み、彼はあぐらをかいてから頭を掻いた。
「うーん。何から話そっかなー。まぁ。そうだな。自己紹介だな。牧田のは聞いてるからいいよ。俺は大島。2軍長って変な肩書きだけど、まぁ。ただのマネージャーよ。今3年生だが、年は22歳。ダブってんだな。2年前まで選手だった。だけど、その成れの果てでこんな有様よ。俺も大城監督に憧れてこの大学に入ったんだが、伊達ちゃんになってから、この有様よ。ちなみにこの2軍寮は、もうずっと使ってなかったんだ。今の1軍寮が出来た10年以上前に全部1軍寮に移ったんだ。それで、この2軍寮の部屋をアメフト部とか寮を持ってない部活に貸してたんだよ。でもな、監督が伊達ちゃんになってからはエリート大好きだから使えないクズに興味がなかったんだ。それで1軍に使えそうもないやつを2軍寮なんてゴキブリホイホイに送りやがったんだよ。どう?素敵やん?」
話には聞いていたが、大島さんの話口調を聞く限りどうも本当に腐敗しているみたいだ。
俺は、質問する。
「しかし、ではなぜ伊達監督は選手を辞めさせないで、2軍送りなんかにしたんですか?」
大島さんは、ため息をした。
「そう思うじゃん。でもな、辞めさせる。ってのはすごく労力がいることなんだ。2軍寮の連中だって殆どがスポーツ推薦組よ。俺もそうだった。でもよぉ〜。現実は厳しい上に誘惑がいっぱいあるんよ。で見事に腐った。でも、腐った選手だって推薦で撮る時は貴方はさも立派な選手です。と言って本人も大学も誤魔化すわけ。だから、どんなクズでも生かさず殺さず飼う責任があるわけよ。丁度珍しいイグアナが小さい時は可愛かったけど、大きくなりすぎて殺せないし、捨てられないって感じでさ。だから、あんな所に住みたくないって所に送り込んで見せしめとして生かしておくのさ。伊達ちゃんに逆らうとどうなるか!ってな。」
なんだか、全てをかけて臨んだ箱根駅伝が、思ったより黒い闇に覆われていて、先が不安になってきた。
うーん。ドッスン