パンクロックと箱根駅伝 32話

専央大パルチザンは2軍寮のすぐ脇にある「誉士夫」と言う焼き鳥で白井さんと梶原さんが最終選考メンバーに入ったことを祝う為の、ささやかな祝勝会を上げる事にした。「誉士夫」の焼き鳥のネタは小ぶりで筋張っていて、下品な
甘いタレをジャブっとつけて提供してくるので、お世辞も美味しいとは言えないが、値段設定が安く、オーナーの飯村誉士夫さんが無類の箱根駅伝好きなので、専央大学陸上部だと言うとたま〜に1000円で好きなだけ飲ませてくれるので有難く重宝している。いつもは激安焼酎のチューハイ割を飲んでる身としては、鼻ピアスが空いたパーティピープルな感じの女子大生が注いでくれる生ビールが感動的なまでに臓腑に染み渡るのだ。

煌々と光る赤提灯が吊るされている、引き戸を開けて暖簾をくぐると、暖かさと酒臭さが混じる独特の空間が広がりっていた。椅子席はサラリーマンと学生で全て埋まっており、テレビではボクシングの世界選手権が中継されていた。その間をバイトの鼻ピのパリピが忙しなく動き回っていた。店長の誉士夫さんが僕たちをみると、歯の抜けた口でニッコリ笑って、『あいよ!浜ちゃん!聞いたよ!おめでとう!奥の座席に座ってね!』といわれて、奥の座席に案内させられた。参加したのは、浜さん、大島さん、権堂さん、白井さん、小林くん、俺の6人で、福永さんは1軍の練習に参加し、小林くんは比較分類学のレポート作成の為不参加だった。

俺は2軍に配属されて、右も左もわからないままマネジャーとして活動し始めたが、今回最終選考メンバーに選ばれた白井さんと、梶原さんの努力は、素人の俺がパッと見てわかるほど素晴らしい物があった。誰よりも早く練習に着て、誰よりも遅く帰り。練習では1番空気抵抗の大きい先頭を必ず志願していた。そして、先日の与野ハーフマラソンで2人とも自己ベストを更新したのがその努力を証明していた。
大島さん曰く、梶原さんはともかくとして、あれだけギャンブルに狂っていた白井さんがあそこまで目の色の変えて努力するのはちょっと前まで考えられなかったそうだ。
つい先日、白石さんの高校時代の写真を見せてもらったが、そこには真面目の塊の様な短い坊主頭の男がそこに映し出されていた。高校時代の白井さんは誰よりもストイックで尋常ではなく真面目だったそうだ。
ところが、大学入学後にギャンブルを覚えると、虫害にやられた松の木のようにみるみると腐っていき。気がつけば、手を抜いて練習に取り組む様になっていった。白井さんには、才能があったので手は抜いても『それなり』の結果はだし続け、ちょうど文句を言われないぐらいの範囲で競技にとりくんでいたらしい。

「伊達監督に寮を追い出されるって話が出てからな、俺はいい機会だし、退部しようと思ったんだよ。でもなぁ〜。浜が俺を変えたんだよ。」

白井さんは、苦味がすごくて俺は食べれなかった、鳥レバーを頬張りながら、上機嫌で話始める。

「俺はよぉ。昔はクッソ真面目だったよぉ。でも、ギャンブルで腐っちまったんだがなぁ。それも原因があってな。一年生の時の同部屋の先輩がこれまたギャンブル狂いでなぁ。練習が終わって帰ると、部屋にはトランプだとかマージャンだとかが必ず用意してあるのよ。そこに先輩が3人ぐらいたむろしていてな。『白井ブラックジャックやるぞ!』なんて言われて、賭け事に誘われるんだなぁ。俺なんて、親が金持ってんもんだから、絶好のカモだよ。でな、毎晩毎晩カモにされて、そんな生活が続いていくと陸上やる気も段々なくなってきたんだ。むしろマージャンとかパチンコで頭が一杯なんだよ。まぁ。クズだな。」

白井さんは濃いめに作ったホッピーをキューっと飲み干す。

大島さんは膝を打ちながら笑って。

「確かにお前はクズだ!」

といった。それに釣られて権堂さんと梶原さんも笑った。

「そう!俺はクズだった!自分でも嫌になったし、本当にこんなクズな生活してるなら辞めようと思ったよ!浜が伊達監督に抗議してるのも知ってたけど、正直俺にはどうでもよかった。2部屋荷物をまとめて実家に送りかえそうと思ったよ。でもな、俺は1軍寮で伊達監督の部屋の前を取った時に聴こえたんだ。浜が伊達監督と口論する声がな『いえ、白井はクズではありません。』丁度そう言ってたんだ。その時、急にブワァァと自分が恥ずかしくなって死にたくなった。俺は何をしにここに居るんだろってな。それで自分がわからなくなった。『もう辞めるべきだ。』『いや、辞めるべきではない』そんな事がずっと頭でリフレインしたよ。何が正しくて何が正しくないのか分からなくなったのよ。でもな、そんな俺にアレがやってきたんだな。」

俺は、アレってなんだろう?と思ったが、他のメンバーは頷いて。「アレか〜。」と一様に言ったが、俺には理解が出来ず首をかしげる。

「アレって何ですか?」

と、質問すると、大島が身を乗り出してこう言った。

「あっ!?まだ牧田は会ってなかった?」

「誰にですか?」

「まぁオバケだよ。」

「え!?え!?出るんですか?」

俺は、思わず少しお尻をずらす、そんな俺をなだめるように白井さんは手を動かし。

「まぁ、ビビるなって、可愛い女の子だよ。いいでしょ。それで。」

と、言ったが。俺は腑に落ちないので、もう少し詳しく聞くことにした。

「いや、もっと詳しく教えてください。」

「それは、白井から聞くべきだよ。」

と大島がさんが言ったので、白井さんは、顎を手に当ててうーんと唸る唸った後に、指をパチンと鳴らした。

「そうだな、あの子は、ムムロちゃんだか、クムロちゃんだか、なんか不思議な名前だった。何会か会っただけど、どうしても名前を忘れてしまうんだ。会ったのは俺だけじゃない今此処にいるメンバーだと、俺と、梶原と、大島が、夢の中で見てるんだ。何故そうなるのかは分からない。でもそうなんだ。不思議だろ?彼女は辞めるか迷ってる俺にこう言ったんだ。『あなたは此処で逃げてはいけない。浜くんの力になってあげて。何故なら、君たちにしかできない事があるんだよ。』ってな、そのあと何か言ったんだ。でも、それは覚えていないんだ。でな、俺は、自分の気が狂ったのかと思ったよ。でもそれを聞いたのは、俺だけじゃなかったんだ。梶原も、大島も、同じ事ようなを聞いたそうだ。」

俺は、びっくりして大島と梶原さんを見るが、彼らは頷いて。

「これマジだからね。」

と、真剣な顔で言うので決して脅かそうとしている訳では無いみたいだ。
白井さんは軟骨の唐揚げを頬張った後に話を続けた。

「なんか狐につままれたような話だけど、俺は2軍でも続ける事にしたんだ。だけど、いきなりやる気が出てくる訳は無かった。惰性で何となく続けた。でもな、例の一件が会ったから、俺は浜を気にし始めた。それで気づいたんだ浜は本気なんだよ。3軍のマネージャーを押し付けられてしまい、膝のナンコツは殆どなくなって誰もが絶対諦める状況で、浜は本気で箱根駅伝目指してトレーニングしてるんだよ。朝練習なんて、マネージャー集合前に自分で3時50分に起きて朝練習してるんだよ。信じられなかった。『浜、なんでそんな事をするんだ!?そんな脚で無理したら一生マトモに走れなくなるかもしれないんだぞ。』って俺は言ったよ。そんな俺に、浜は言ったんだ。『俺の脚は箱根駅伝に出られない脚かもしれない。でも、諦めない事が誰かの心を動かせるかもしれないだろ?テレビには映らない。世間から評価されないかもしれない。馬鹿にされるかもしれないでも、俺は諦めない。でも、たった1人、諦めなかった自分自身は自分の事を認めてくれる。少なくとも自分の心は動かせる。もしも、白井がそれを分かってくれたら嬉しく思うよ。』ってな。それを聞いた時思ったよ。俺は浜の為に箱根駅伝走りたいって。それは、梶原も一緒だろ!?」

梶原さんはビールの中ジョッキをゴンッと勢いよくテーブルに叩きつけて、

「当たり前じゃないですか!」

と、力強く言った。

しかし、肝心の浜さんは苦笑いして。

「お前ら、ちょっと勘違いするな!俺は、次の箱根駅伝に絶対でてやるからな!俺は絶対に諦めないからな。絶対にだ。」

そう、力強く言いおえると、彼は、銀杏串をキュッと食べた。

その後、宴会は盛り上がり、梶原さんと、白井の健闘を祈った。

俺は、ふと思う。

パンクロッカーが美しく輝くドブネズミならば

箱根駅伝選手とはヘドロに塗れた白鳥達だなと。

うーん。ドッスン