封印されたゆるキャラ 前編

バスを待っているときほど憂鬱な時間はない。
まだ眠りから覚めない並木が立ち並ぶ優しい坂道の中を、労働の世界からやってきた緑色の巨体が出来損ないのイノシシの嘶きのようなエンジン音を響かせ、昨日の淡い夢の幾つかを機械油にまみれた錆色の鈍器で破壊する為にやってくるからだ。

今日はシトシト雨が降っていて、シルクスクリーンみたいな朝靄が掛かっていた、そのスクリーンの中からボウっとしたヘッドライトを映しながらやってきたのは、残念ながらデビットボウィが軽やかに乗りこなすシトロエンのバスではなく。工業的にプロダクトされたいつものバスがだった。

シューっと家畜に焼き鏝をあてるような音を上げて油圧式のドアが開く。餡子がぎっしり詰まった中華街の饅頭のような車内へ、先に乗車する人と後ろから乗車する人に挟まれベルトコンベアの上の卵サンドのように半自動的に吸い込まれていく。湿度で窓中に結露が出来たバスの中へギュギュっと押し付けられると誰かの濡れたスーツの感触をジットっとブラウス越しに感じた。

不快指数がメーターを振り切っているような通勤バスの中で、湿ったおじさんに挟まれつつ、土産屋で50年売れ残ったアザラシ剝製のように吊革にもたれ掛かりながら出勤している髪を団子状に束ねて最低限のメイクだけして出勤しているこの女性こそ。物語の主人公である、別府ゆうこが悩んいるのは、なにもバスに乗るのが嫌な事だだけではない。むしろ彼女は乗り物がとても好きであり、学生時代には青春18きっぷで全国津々浦々旅したものである。それでは、青年期にありがちな学生と社会人のギャップであるかといえば、それも全く違う。彼女は言わば、漠然とした無意識により烙印を押される<今時の若者>ではなく、学生時代は東北大工学部に進み誰よりも必死に勉強をする事を怠ることはなく極めて優秀な成績で卒業した。職場でも大変優秀な女史である。将来は出世頭と期待さえされている。

なるほどわかった恋愛の事か!と思ったあなた。残念ながら彼女は、まだ24歳の花も色めく年頃にして、すでに自分自身に与えられたの女性らしさを遺棄してしまったのであるからして、そのような事は起こらないのであります。そして、遺棄するに至った22歳時点での決定的な理由については本短編に記述するにはあまりに逸脱しすぎているので割愛させて頂こう。

彼女が悩んでいるのは鳳市の公認マスコット<とろろん>についての事である。そう現代風に言えば<ゆるキャラ>と言う事である。<とろろん>は昨今のゆるキャラブームに合わせて急増されたキャラクターではなく、40年以上も昔から存在しているのであるが、40年間以上公認でありながら鳳市の歴史の闇に葬られてしまっている。山芋に目と口と手足をつけたようなどうでもいいようなキャラクターなのだ。

しかしながら、彼女はこの<とろろん>復活させたいが為に、東北大学工学部という肩書を捨てて、縁もゆかりもない中国地方のX県に所在する鳳市役所に勤める事になったのである。それはまるで狂った母性のようであった。
彼女が狂った母性を宿すまでの物語は、6年前の夏の日に遡る。
太陽が公園のブランコをアイスクリームの様にとかしてしまいそうなほど、ギラギラ輝く日の事だった、、。

ー 1     サンカについて
狂ったストーブのようにカッカ、カッカとアスファルトを鉄板に変えるような熱線とは全く遮断された、冷房がよく効いた大学の教場の最前列に彼女は座っいた。まで大学1年生で一般教養科目を取らなければならなかったので、ネットで見かけた。<話はつまらないが単位は取りやすい>と評判だったB教授の「日本文化史A」という科目を履修中の事。たまたま「サンカ」と言うのワードを聞いた瞬間からこの物語は始まる。

「えー、、この、サンカ。という集団は、ある時代は天狗として、ある時代は山伏として日本史の片隅にチラホラと存在する。えーっ。非定住性の集団であります。現在では、えーっ。あっ、えーっ、明治維新前までは、独自の文化を持ち、我々と違った暮らしをしていたとされますが、えーっ。彼らは定住せず、文字も戸籍も持たないので、えーっ。どこかへ消えてしまったとされます。一説には、えーっ。明治政府が戸籍を持たない者を認めないから、えーっ。無理やりどこかへ定住させたとか。えーっ、まだ密かにその姿を忍んで存在しているなどの噂があります。えーっ、正直。僕も詳しい事は分かりません。でもですね。もしかしたらこの中の皆さんにサンカの末裔がいるかもしれませんよ!えーっ、気になる人は柳田国男先生の本でも読んでください。えーっ、今のはテストでませんよ。えーっ。じゃあ、閑話休題して元の話に戻ります。で、縄文時代の稲作というのは野生の稲を、、、」

古ぼけた先頭の煙突みたいに背が高くて、鯱みたいにしゃくれた顎をした滑舌が悪いB教授の講義は、前述したとおり単位が取りやすいことだけが学生にとって魅力的な授業であった。彼女にとってもそれは同じであり。いつもは、申し訳程度にノートを開いて、出席カードに名前を書くとそのまま机に突っ伏して眠りの世界に誘われてしまうのだが、その日は授業の冒頭に突如余談として話されたサンカの話題に彼女の胸は躍ったのだった。

『そうよ、私は、きっと、古代民族の末裔に違いないわ!だって、お洒落にも、バカなテレビにも、低俗な歌詞をスタバの店員に丁寧ラッピングさせたようなラブソングにも興味がないのだもの。こんなにみんなとズレてるんだもの。きっとそんな私の存在を解き明かす鍵をサンカを握っているはずだわ。』

彼女は授業が終わるなり、図書室に駆け込み、サンカについて書かれた書籍を探して読みあさった。

大学一年生の女子大生が自分を失われた古部族の末裔だなんて思いこむ妄想にしては些か幼稚ではあるが、このような妄想に取り憑かれるのにはそれなりの訳があった。
<辛い受験が終わったら華やかな女子大生活が待っている>と何かの呪文のように何遍も言い聞かせてきたの彼女だったが。いざ大学生活が始まると、全く周囲になじめず、そのうえ友達もできず、当然ながら愛を語る彼氏もおらず。ただ、大学に通って、レポートやテスト勉強や実験に追われて、その時間の合間に一人暮らしの為の生活費を稼ぐためにコンビニの深夜のバイトに出ているような生活を繰り返していた。
それは想像だにしなかった苛烈な現実であり、彼女はそもそも自分自身に疑問を思うようになっていた。そもそも女なのに工学部に進むこと事態が間違いだったのだろうか?わたしは女性として大切な者を失っているのではないだろうか?やはり大学のランクを落としても実家からかよる大学に進学すべきだったのだろうか?そもそも私はなんで周囲とこんなに馴染めないのだろう?彼女は、日に日に考え込むようになっていったのである。

そんな、ある日の事。彼女は何かの答えを見つけ出すかのように、煌々と輝く満月の夜に、図書館で借りたメイク本を何遍も読み込んでから、化粧をバッチリを決め込んで夜勤のバイトに出勤した。それは彼女の女性として矜持の残滓を掻き集めて結晶化させる為の行為であったし、いざ化粧を始めると気分も上向く物で、鏡の前で「なんだ、私も化粧すればかわいいじゃない。」と思いながら頷いてから自信を込めて出勤したのである。ところが、レジに入って30分もしないうちに、ポテトチップスとマイルドセブンを買いに来た作業服姿のツーブロックでちょび髭を生やした彼女と同年代と思われる男性に。

「お姉さん、紫式部に似てますね。あの。僕と短歌でも読みませんか?ぶっ、わははっは!」

など言われといきなり笑われてしまい。へっと思い狼狽えながら顔を上げると、その男性の仲間と思わしき人物が腹を抱えて笑っていた。彼女の働くコンビニは繁華街の入り口に面しているため。酔っ払いに絡まれる事はよくあったが、折角化粧をバッチリしてきたのに紫式部と言われるのは当然ながらとてもショックだった。彼女は彼らが去った後で肉まんを売るショーケースのガラスにうっすら移った自分の顔を見ると。たしかに藤原一族と言われても仕方がないような出で立ち化粧だったと気が付いたのである。残念ながら彼女が借りてきたメイク本は1991年出版の物だった。

朝日がサンサンと輝くバイトからの帰り道の心中は。今までにないほどやるせない気持ちを込みあげさせた。4畳半のアパートに帰るなり彼女はメイクも落とさず。しっととり枕を濡らしてからねむりこんだ。

目が醒めると次に日の夜だった。墓から掘り出される死者のようにヌラヌラと起き上がるなり<自分は悪くない。いや、悪いのはその他全てである。>という自信が彼女の中に宿り始めた。<そもそも、私はこの世界の人間ではない。何かの間違いでこの世界に生きている。私はその答えを探さなければならない。>と言う妄想に取り付かれたのだ。ちょうど、その3日後の授業においてサンカの話があったので彼女はこれだとばかりに飛びついたのであった。
ここで、敢えて述べておくが、彼女の古部族の末裔でもなければ、不思議な呪文も使えない。ただ、熱病の様に取り付かれてしまっただけなのである。

彼女は来る日も来る日もサンカについ調べたが、調べれば調べるほどサンカについて何かを発見するのは雲をつかむような話だと気づかされるのであった。
定住せず、何にも従わず、文献も、戸籍も残さなかった彼らの足跡を見つけるぐらいなら、まだハッキリ足跡を残してくれるイグアノドンのほうがよっぽど親切に見つける事ができるだろう。

しかし、彼女の病的な熱意は一向に醒める事はなく。なけなしのお金を貯めて、休日や、大学生特有の長い長期休暇のたびに、日本中の色々な博物館や資料館、研究機関等に、足を運びそこの学芸員や研究者にアポイントを取って、サンカについて何か有益な情報がないか聞いて回った。しかし、どこ言っても誰に聞いても、ヒントらしいヒントすらも得られずしまいだった。

あげくの果てに、やっとこさアポイントが取れた白い髭が方まで伸びた仙人のような高名な民族学者のT氏などには

「若いのに勉強熱心だね、でもサンカについては僕もそんなに知らないんだ。存在したのかもわからないんだ。悪いことは言わない、僕の所で灌漑の歴史を勉強したほうがよっぽど身のためだよ、まずは多摩川の、、、」

などと全く興味のない灌漑と日本人の講釈を3時間ほど聞かされたことがある。民俗学者って連中はよっぽど自分の知識をひけらかす機会に恵まれていないらしく、T氏に限らずとも彼女にたいして、砂漠で喉が渇いた人にどうにかしてソーラー発電器を売ろうとするセールスマンぐらい必死で的外れな話をし続ける連中が多かった。それはまるで知識による××行為であるようにさえ思えてくるほどである。彼女は夏の間そんな実りのない日々を過ごしてホトホト疲れ果てしまった。

期待していた信州民族資料館にも同様に裏切られて、絶対に意味はないだろうけども、ナウマン象博物館の看板がたまたま目に入ったので入ってみることにした。ナウマン象の模型が凛々しく飾られており、こんな巨大な生き物を狩っていたご先祖様はさぞかし難儀だったのだろうな。と思ういながら、近くにあったベンチに腰掛けて、彼女ボォーッと30分はそれを眺めてた。ハッと、気が付くと隣に館長らしき優しげな老人がたっていた。

「お嬢さんナウマン象がお好きなんですか?」

「いえ、サンカを探していたら目の前にナウマン象が居ただけなんです。」

彼女は、あっ全く答えになってないし、頭がおかしい質問をしてしまったと後悔したが。

「サンカですか?サンカなら中国地方のX県にある鳳市と言うところに非公式ですが多く文献が残されいるはずですよ。多分ですが、僕も風の噂で聞いただけなんで本当かどうかはわかりませんが、、。」

彼女は気がつくと立ち上がっていた。深々と頭を下げて老人にお礼を告げた。一体ナウマン象とサンカにどういう関係があるのか全くわからないが、とりあえずナウマン象を見に来たら雲をつかむようなサンカについて情報が手に入ったのである。しかしながら、調査に当てる費用は底を付いていたので、一度帰省してバイト代を貯めてから出直す事にした時期はシルバーウィークに決めたのだった。

ー 2 鳳市に伝わる木人<モクジン>と呼ばれる埋葬様式について。

日差しがまろやかになり、ほんのり紅葉中が赤く染まり始めた頃。遂に待ちに待った、シルバーウィークがやってきたのだった。彼女は鼻息をバッファローの様に荒くして、夜行バスの切符を購入して、ナウマンゾウ博物館の館長(と推測される老人)に示されたX県の鳳市向かったのだった。彼女が目を付けたのは鳳市郷土資料館だった。非公式の資料が眠っているとしたら、多分市役所や研究機関ではなく郷土資料館のな建物だろうと思ったからである。ちなみになぜそう思ったのかといえば、ホームページに掲載されている郷土資料館の写真は大層立派に写されていたからであるが、いざ夜行バスを降りて、タクシーに乗ってその場へ向かうと。彼女は急に失望感に襲われた。

小山の中腹に設けられた大き目の森林公園の入り口の一角に、古ぼけたコンクリート製のサイコロみたいに真四角な2階建ての建物が、雑木林を背にして建っていたのだった。丁度、ネット見つけたいい感じの格安アパートを見に行ったら、前の住人がアル中のパンクロッカーで部屋中がカビだらけだった。というぐらいに。よっぽどホームページの写真を撮った人の腕がよかったらしい。これはあまり期待できないな。と直感した。

入口の自動ドアを通り、館内に入ると、よっぽど客が居ないのだろう、小窓から入館料を受け取る係のおばさんがやる気なさそうに頬を手を当て、ボオッと壁に据え置きされたテレビに映る大相撲を眺めているのが目に入った。彼女に気が付くと慌てて身を取り繕い、さもテレビなんか見てなかったの様に恭しい口調であいさつをしてきた。

「あっ、こんにちは。一人かしら、100円ね。」

彼女はこれまでの経験から、館内を無駄に歩き回るよりも詳しい学芸員を捕まえた方が話が早いと理解しているのでいきなりだが、受付のおばさんに尋ねる事にした。

「あのぉ、ちょっとよろしいでしょうか?サンカに付いての展示があると聞いたのですが?詳しい方はいらしゃいますか?」

おばさんは目を丸くした、おばさんは学芸員でもなければ、歴史好きでもない、一介の市の職員だったのだった。サンカなんて聞いた事がなかったのである。

「ちょっとねぇ。わからないわ。いえね、ここには学芸員さんが常駐してないんですよ。3km離れた、科学技術館の学芸員さんが、週1でくるぐらいでね。まぁ、ここは郷土資料館といっても何か重要な物があるわけでもないんですよ、まぁ。江戸時代の農具とかは沢山ありますけどね。」

確かに、どうやら資料館内部は、中央の展示台の上に古い時代の農具やかまどなどが、なんの工夫もなくただ小ぎれいな感じに置かれていて、壁面にガラス張りの飾り窓が設置されていて、その中に色あせた甲冑や、小動物のはく製が展示されているだけといった具合だった。きっとこんな資料館に対した資料などありそうにないだろう。そう思案しながら突っ立ているとおばさんが声をかけていて来た。

「どうしますかー?入場するの辞めますか?」

たしかに期待できそうもないが、わざわざX県までくる為の労力とお金を考えれば、たとえ中身が無かろうと100円をケチって払わぬ道理もないのである。

「あ、いえ、入ります。」

と告げて、100円を払って入場した。薄暗い館内には防腐剤の匂いが仄かに漂っていた。館内をザッと眺めてみたのだが、やはり期待してたような物は見つからなかった。唯一期待していた入り口側から死角になっていた奥のスペースは、アンバランスな程大きな鳳断層とそこから発掘された鉱物の展示スペースになっており、彼女の期待する資料は見当たらずガックリ肩を落した。とほほと思いながらもう帰ろうとおもった、その時。色あせた展示物のパネル版に書かれた文字が目に入った。

「 ― 木人《モクジン》。 鳳市のわらべ歌に中に残る謎の埋葬儀式。」

『木人?なんだこれは。聞いたことがないぞ。もしかして、ひょっとしたらこれが私が探していたものかもしれない。彼女はそのパネルを食入るように覗き込んだ。』

「鳳市の北側の目陣《モクジン》地区には古来から数々の独特な風習が大正の初めごろまで残っていたとされています。昭和10年ごろ迄にはその多くが何故か忘れ去られ、X県大の民俗学者F氏が目陣地区の独特な風習に注目し調査をは地元の人でもよく分からなくなっていたそうです。ですが、目陣《モクジン》という地名は、木人《モクジン》という独特の埋葬儀式の名残の由来である。ことだけは分かっていいます。その木人《モクジン》小さい子供がなくなった際には地中に埋葬せず、とある場所に放置して自然葬を行ったそうです。その代わりとして代わりに、小さな亡くなった人の身代わりとして木の人形を作り、母親が後生大事に抱えていたそうです。そのことは、わらべ歌の中にのみ今なお残されています。

― 木人さん 鬼から身代わり置いといて ならぬすがたにゃ とろろ芋 ー

上記しました歌詞は、その一部です。歌詞中のとろろ芋とは、目陣地区でよく取れる自然薯のことであり。どうやら、木人を作らなければ、子供の魂がとろろ芋になって悪い鬼に食べられてしまう。といった伝承があるそうなのですが、現在となってはそれすらも定かではありません。」

彼女はその色あせたパネルを見るなりビビっと電流が走る感覚を感じた。

「全国津々浦々、いろいろな処で色々な資料を読み漁ったけれど、このような埋葬を行うという情報は初めてだわ。きっと、この目陣地区に何かあるに違いない。きっとあのナウマンゾウ博物館の館長が言っていたのはこの場所に違いないわ。」

そう思うと、彼女は足早に先ほど受付のおばさんに向かっていき目をギラギラさせながら目陣地区への行き方を尋ねた。

「あの、すみません。目陣という地区に行きたいのですが。どうすればいいでしょうか?」

おばさんは突然何を言い出すんだ!?言わんばかりにぎょっとた表情を見せた。

「あー、あなた。目陣地区について知りたかったのね。あー、でも残念だけど。ここには資料はないわ。」

「いえ、資料は結構です。行き方を知りたいのですが。」

おばさんは顎に手を当てて、3秒ほど右上の空をながら何かを計算してからこう言った。

「かなり遠いわ。残念だけど明日にしなさい。」

おばさんは椅子から立ち上がり、机の後ろの茶器棚の中に置かれていた、ラミネートされた地図を取り出して、彼女に手渡した。そして机のわきに置いてあった筆立てからボールペンを取り出し場所を図示し始めた。

「えーっと、これが鳳市全体図ね。で、海に面したこの部分が人がいっぱい住んでる地域ね。で、今この資料館があるのが、市街地の東側にある山の中腹ね。で、目陣っていうのは、ここから丁度対角線上に西に行った先にある。法蓮山と権現山に囲まれた谷間の地区の事ね。この場所は鳳市であって、鳳市じゃないような所なの。一回、鳳市役所の前のバス乗り場から、西本村のほうにバスで行って西本温泉で降りる。で、そこから灘方温泉行のバスに乗らないと目陣地区には行けないわ。もうバスが無いから明日にしたほうがいいわよ。」

わかりました。ありがとうございます、と告げてその場をそそくさ立ち去り、拠点に定めた鳳港すぐそばにある安ホテルに一泊した。たばこのにおいが充満した部屋の堅いベッドの上で泥の様に眠り込んだ。

ー 3 呪われた、ゆるキャラについて

「とろろん?」

聞いたことのない言葉に彼女は思わず声をオブラートあげて返して聞き返した。 。

彼女が昨日、博物館の人に示された目陣地区という小さな谷間の部落でバスを乗り継ぎやって着て聞き込みを始めたが、失われた古部族の話なんて知っている人間は誰一人としていなかった。そんな彼女に、人の良さそうな老人が話しかけてきた。『木人の話なんて〈とろろん〉の話でしか残ってはいないよ。』と言ったのである。彼女は思わぬ発見に驚き〈とろろん〉について尋ねた。

「ああ、鳳市のマスコットキャラクターだよ。もう。40年も前からいるんだ。」

「それが、木人と何か関係あるんですか?」

老人は遠くを見ながら目を細めながら話し始めた。

「まぁ、こんな話はしないほうが良いかもしれんが。せっかく来てくれたから話そう。呪われた着ぐるみの事をね。」

彼女は言葉を選ぶようにゆっくり口を動かした

「の、呪われた人形?で、す、か?」

「ああ、<とろろん>は目陣地区名産である、とろろ芋を模したキャラクターでな。X県主催の74年産業博覧会でお披露目されたキャラクターだった。でも、鳳市の公式キャラに、とろろ芋をキャラクターにするのはあまりに不自然だった。だって、鳳市は昔から造船とミカンが有名なのにね。だから、当時は町中で大ブーイングだったよ。鳳市の商工会は怒って、<ミカン船長>ってキャラを作ってな。それが今では事実上の鳳市の公式キャラのようになってしまってるよ。」

「それが呪いと何か関係あるんですか?」

「ああ、それがな。その<とろろん>をデザインした女の子が、〈とろろん〉お披露目前に亡くなってしまったそうなんだよ。元々体が弱かった子で絵が好きな子だったらしい。それが、どこかで目陣に伝わる、死んだ子供の魂がとろろ芋に宿って鬼に食べられてしまう、わらべ歌と重なってってしまって。いつしか、<とろろん>には死んだ女の子の霊が閉じこめられてしまった。と言う都市伝説が広まってしまったんだ。それも雑誌にまで取り上げられてしまたんだ。かわいそうにね。」

彼女は、どこの誰かも知らないが、そのような怪談話になってしまった女の子に対して憐憫の情を感じた。

「そんな、かわいそう。」

老人は小さく頷いた。

「そんな噂もあったし、市の職員は<とろろん>を破棄しようとしたんだ。ところが、<とろろん>公式キャラクターから外す為の書類を製作中の職員が交通事故にあったり、倉庫に置いてある着ぐるみを処分しようとすると、急に倉庫の荷物が雪崩の様に崩れて怪我したりする事故が相次いだそうだ。それが<とろろん>の噂を確固たる物にしてしまった。」

「それで、その<とろろん>は今どこにあるのですか?」

「たぶん。きっと、市の倉庫に今でもひっそりと残ってるはずだよ。」

彼女はやけに詳しい老人を怪訝に感じた。

「あの、なんで、そんなに詳しいんですか?」

老人は、すこし困った表情を浮かべてどこか誤魔化すようにこう言った。

「僕は昔、市の職員だったんだ。興味があるなら市役所にいってみなよ。じゃあね、僕は草刈りしなきゃいけないから。」

立ち話をしていた場所の裏手にあった藪の中へ老人は足速に入っていった。彼女はとりあえず老人のアドバイスを元にして、再びバスを乗り継いで市役所に向かうことにした。

ー4 取り憑かれた夢について
大きなハンペンのように無個性な形をした鳳市の合同庁舎に付くともう4時をすぎていた、受付終了は16:15であり、慌てて中へ入っていった。 一体、何科の窓口にいけばよくわからなかったので、<市民総合生活お悩み相談窓口>の整理券を取った。別に市民でもなければ、生活に困ってるわけでもないのだが、どうもここの整理券を取るのが正しいような気がした。窓口では話を聞いてほしいだけの老人の堂々巡り話を、聞かされている整髪料でガッチガッチに髪を固めた青年の姿が見えた。どうも、この窓口は不思議な人々を引きつけるらしく。待合いの長椅子には、猫のぬいぐるみに紐を通して首からぶら下げた顔面蒼白なおじさんと、右耳の半分がピアスでうめくされた50代ぐらいの女性と、やたら声がでかくて顔中刺青だらけの黒人のカップルが座っていた。そのいずれも見た目に違わぬ曲者らしく。必死で作り笑いしている青年の眉間からしわが消える事はなかった。
青年にとって本日最終の相談者である、彼女が現れたとき、青年は心のなかでホッと一息ついた。今日は妙に変な質問が多い一日だったからだ。まさか、善良で礼儀正しそうに見える彼女から不思議な質問されることはないだろう。彼女の常識的な範囲内の質問に対して、適切な答えを与えておしまいだろ。と彼は思っていた。しかし、彼女は彼の期待を大きく裏切る質問をした。

「あの、<とろろん>に関する資料ってありますか?それから<とろろん>の着ぐるみってまだ市役所にあるんですか?<とろろん>の出るイベントってありますか?それから<とろろん、、」

彼女の矢継ぎ早の質問に青年は狼狽したした。
「あっ、ちょっと、なんでしょうか?何を言ってらっしゃるんですか?申し訳ありません<とろろん>ってなんでしょうか?」

青年の対応に彼女は怪訝な表情を露わにした。

「あの<とろろん>は、鳳市の公式マスコットの筈ですが。」

彼女の強い調子に青年はさらに狼狽する。

「えっ。、えっ。公式キャラクターえっと、いわゆる。ゆるきゃらですか?、、、あっ、<ミカン船長>なんてキャラが鳳市のマスコットキャラクターですが。」

彼女は、強く首を振りそれを否定する。

「いえ、それは鳳市商工会のキャラクターの筈です。たしか、<とろろん>が公式マスコットキャラクターと聞いたのですが。」

彼女の一方的かつ予想外な質問に質問に青年は混乱していた。青年にとっては、市の公式マスコットキャラクターがなんのか考えた事もなければ。すさまじい剣幕で<とろろん>が『どうのこうの』なんていってくる彼女はすさまじく奇異に思えたのだ。 そんな中、部長クラスだと一目で分かる威厳を纏ったと白髪で長身の男性がやってきた。年は60手前と言った具合だが、顔は大型の猛禽類のように濃く凛々しかった。その男性が狼狽すり青年越しに彼女に声をかけてきた。とても低く威厳のある声だった。

「すみません、何かおこまりでしょうか?」

彼女はとっさに直感した。きっとこの男性なら<とろろん>について何か知ってるに違いない。

「あの、<とろろん>について、、、。」

と言い掛けた所で男性は丁寧だがとても強い調子で言い放った。

「あっ、<とろろん>ですか。残念ですが、著作権で揉めましてね。<とろろん>に付いては何も申し訳ありません。」

それだけ言って、男性は立ち去ろうとした。しかし、彼女は直感で感じ取った。この男性は嘘をついている。<とろろん>について何か隠している。

「あの、すいません、まだ、公式キャラクターなんですか?それから、まだ。倉庫にあるって噂は、、。」

彼女が食い下がろうとすると、男性は彼女を見下ろして睨みつけた。まさか善良なる彼女の人生で市の職員に睨まれる出来事が起きると思っても居なかった上に、それは震えがくるほど恐ろしかった。

「もうわけありません。先ほども申し上げた通り<とろろん>については何も申し上げる事が出来ません。」

しかし彼女も喰い下がらない。

「いえ、写真だけで良いので見せて貰えないでしょうか?」

その発言を聞いて、男性の剣幕がより一層険しくなり、もっと強い口調で話し始めた。

「もしかしたら、ご職業は記者か何かでしょかか?実はですね、3年に一回は絶対に来るんですよ。都市伝説の取材できました。というお方がね。貴女が、どこで<とろろん>の話を聞いたか知りませんが。<とろろん>決しておもしろ半分や興味本位で取り扱ってはいけないことなんです。だから、これ以上に<とろろん>の事についてはお話出来ません。もし、貴女が記者で<とろろん>について記事にしたりしたら。その時は、"どうなるかわかりませんよ"?」

どうなるかわかりませんよ。この一言はまるでさび付いた農具で内蔵をえぐられそうなほどの恐ろしさを込められていた。彼女は何も言えず、急に気不味くなってしまった。

「あっ、すいませんでした。ど、どうもありがとうございました。」

といって、足速にその場を立ち去った。
市役所から立ち去り、宿にもどった固いベット彼女はベッドの上でグルグル考えた。

「せっかく、鳳市にきたのに、サンカにまつわる情報はぜんぜん手に入らない。あげくには<とろろん>なんていう見たことも聞いたこともないゆるキャラの性で市の職員に怒られてしまったではないか。ばかばかしい。こんな事からはもう手を引こう。別に私のルーツが失われた古部族だろうが、マハラジャの血を引くインド人だろうが、いっこうにかまわない。とにかくこんなバカバカしい事からはすっぱり手を引くべきなのだ。」

そんな事を考えているうちに彼女はウトウトと眠りについた。

気がつくと彼女はまどろみの世界にいた。

・・・真っ暗な道。・・・竹藪。・・・小川。・・・どこかの家の晩ご飯の匂い。・・・それから誰かが私の手を握る。・・・だれ。
・・・君は。・・・誰。あっ、・・・君は・・・とろろん?

彼女の目の前に、よく煮込まれたハンペンに目と口と手足をつけたような、ボロボロになったぬいぐるみが現れた。ボディーはブクブクに膨張しウレタンで所々ひび割れていた、目玉は煤だらけのガラス玉だった。

・・いま・・みえますか・・わたしは。・とろろんです・わたしは・・・とじこめられています。 私を・・外の世界に・・

気がつくと、景色ととろろんの境界が溶けるようにあやふやになって、2人して地下街の中を溺れるように揺らいでいた

・あの・外の世界に・・だすって・・どうすれば・・いいの?

地下街の中に緑色の電車が走ってきた。人々は苦しそうに皆ハンカチで口を押さえていた。その電車が通りすぎると、二人は赤い並木通りを歩いていた。

僕が・・だれかに喜んでもらえればいいんです。

・・だれかに?

・・・・そう・・・それは・・

・・それは?
・・それは?
・・それは?

・・・それは一体何?どうすればいいの?
「ねぇ、わたしは、どうすればいいの?」

そこで彼女は目が覚めた。どんよりした曇り空が窓から見えた。
以来、彼女は何かに取り憑かれてしまったのだ。寝ても冷めても<とろろん>の事ばかりを考えていた。そして気がつけば、鳳市役所に就職していた。

「ゆうこちゃん。せっかく東北大学の理工学部出ておいて、鳳市役所ってどうゆうことなんだ。あまりに酔狂だよ。」

「おじさん。ほってください。わたしは粋狂に生きていたんです。」

うーん。ドッスン