パンクロックと箱根駅伝 13話

夜が明けて、パリッとアイロンをかけたスーツを着て先輩との待ち合わせ場所に行くと、坊主頭の痩せた男が「よっ!」と声を掛けてきた。
あっ、先輩だ。良かったちゃんと坊主にしている。今まで、先輩の坊主頭もスーツ姿も見たことが無かったが。先輩が坊主になると意志が強そうなギョロ目がより強く感じられ。スーツは先輩の長くて細い足を強調させた。今の先輩は確実にパンクロッカーより、アスリートの方に近い存在だ。
「どうや!牧田?似合うやろ?」
そう言うと先輩は自慢げに自分の頭をなで上げた。なぜ、昨日まであんなに坊主にするのが嫌がっていた先輩が、今ではすっかり坊主を自慢してくるのか。それには、特に意味がなかった。と、言うのも犬猫のたぐいがシャワーを浴びるの散々嫌がったのに関わらず、シャワーが終わると飼い主に綺麗なったのを見せつけるように、坊主がイヤではなく先輩は極端に散髪が嫌いなのだ。そこに理由を探してはいけない。
「さすがです。先輩!似合いますよ。」
「しかし、まさか牧田までほんまに坊主にするとは思わなかった。」
「いいんです。ここまで来たら破れかぶれです。腐り続ける人生にあらがってやりましょう。」
「ええこというやんけ、やってやろうや!」
そういって、僕らは打ち合わせをした後、体育事務室のドアを受付開始9時30分丁度に開けた。
受付のみよちゃんが「おはようございます。」と挨拶をした。彼女はよく見ると色黒で痩せているが異常に肩幅が広かった。きっと昔アスリートだったのだろう。
俺と先輩は息を合わせて。
「おはようございます!」
と大声で挨拶してから、深々とお辞儀した。
ざわついていた事務所が一瞬静かになったあと、「おっ」っとどよめいて、こちらをのぞき込む顔がちらちら見受けられた。
みよちゃんは目を丸くしていた。
「あー、えっと、なんのごようですか?あれ、ひょっとして昨日の?えっ、えっ、ちょ。ウッソ!?昨日の人ですか?えっ?ウソ?伊達さーーーん!」
みよちゃんは昨日の無礼者だと気がつき、奥で作業していた伊達監督を大声で呼んだ。
「おー、みよちゃん。どうしたー!えっ、昨日の奴がまたきたのか?おー、しつけーなー。帰ってもらえよ!で、どこ、うそ、えっ、あいつら?うそでしょ?うそでしょ!?ダハハハハハ!えっ、うっそでしょ!ぼ、坊主にしてきたの。あのクッソ髪ながいオカマみたいな奴らがガハハハハハハ!ちょ!ちょ!まってはらいたい!!!ちょと坊主になってますやん。えっ、ちょと大林さん噂の連中坊主っすよ!ガハハッハハハ!」
顔の濃い伊達監督が顔に深いしわをいくつも作りながら大笑いしてきた。受付のみよちゃんも大笑いをしていた。奥で働いている関係ない職員も何人か大笑いしていた、唯一、昨日話しかけてきた初老の男性だけ優しい眼差しでこちらを見ていた。
誠意を見せるために坊主にしてきたのに笑われるとは心外だったが、しかし、これも計算の内だったし、この方が都合がよかった。伊達監督はきっと理詰めで動くタイプだから普通に会いに行っても門前払い。このように自分の不意をつかれたような理論的では無い行動にきっと弱いはずだ。そして、このように体育事務室全体の注目を集めれば。どこからともなく「陸上いれてあげなよ」という温情の声も掛かるであろう。
パンクバンドを始めたときから俺は道化なのだ。笑いたければ笑え。どうせ、腹を抱えて俺を笑った事なんて酒のつまみしかなりはしない。泥を啜っても最後に笑えればいいのだ。
伊達監督は、腹を抑えて笑いながら。
「いやー、いいね、ハハハ。なんかいいね、君たち。ハハハハ。そこまでするなら話聞いて上げるようかな。てか、隣の君も陸上部入りたいの?」
腹を抱えて笑う伊達監督は俺を指さした。
「はい、私は是非マネージャーでお願いします。」
「えええ!いいの!やった!ハハハハ!丁度マネージャー足りなかったんだ!ハハハハ!じゃあ、2人ともマネージャーでいいかな?ハハハ!」
この伊達監督は中々のくせ者だ。とぼけたフリをして2人ともマネージャーにする気なのだ。きっと、「最初はマネージャーとして。。。」なんて都合の良いこと言われて、2人ともマネージャーのまま使役させられるに違いない。
先輩が毅然とした態度で。
「いえ、私は陸上部に選手として入部希望です、全くの素人で失礼なお願いだとは思いますが、なんとか考えていただけないでしょうか。お願いします。」
先輩は、笑われているのを全く気にすることなく、俺が今まで見たこと無いぐらい背筋をピンと延ばし深くお辞儀をした。
「マネージャーとしては、私が誠心誠意頑張っていきますので。是非、先輩を陸上部に入部させていただけないでしょうか?」
俺も、先輩に続いて深く頭を下げると伊達監督は笑うのを辞めて、急に詰まらない顔して「うーん。」と顎に手を当てながら唸った。
まずい、このままではまた断られそうだ。
そこに初老の男性が伊達監督の隣にひょこっとやってきた。
「伊達くん。今時、あんな奴らいないよ。なんか素敵じゃないの。なんかの役に立つかもしれないから話ぐらい聞いてあげなよ。」
「あー、日野先生にはなんか見えますか?あれ、素人ですよ?」
「うん。でも、なんか良いオーラがあるねぇ。飼ってみてもいいかもしれないよ。俺は好き。いいじゃない、物になるまで俺が面倒みるからさ。」
「あー、本当は無理なんですけどねぇ。まぁ、日野先生がそういうなら。」
そこで、パンっと、伊達監督が手を叩いた。
「よし、おまえら顔を上げろ!よかったな!入部を認めよう。だだし、まずは、ここにいるスカウトの神様。日野先生の下で仮入部としてな。そして、日野先生の太鼓判がでたらいつでも本入部だ。日野先生はコーチとしても一流だ。悪い話じゃないだろ?それから。お前、お前はマネージャーとしてこき使うからな。お前は、たしかまだ一年だろ!今年の一年のマネージャーは夜逃げしたから。そいつの分まで働いて貰うからな!それでいいだんろ!?」
「はい、構いません。お願いします。」
良かった。不安定な道だが、ほんの少しだけ希望がつながった。俺の切った髪も報われると言うものだ。
「ありがとうございます!!」
といってまた深々と礼をした。
「じゃあ、色々。書類記入とか入部案内とかあるから、こっちこい。」
そういわれて、事務所の奥にパーテンションで区切られて、簡易な机とパイプイスが置いてある区画に連れて行かれた。
「座れ。ここな、昨日よりずっと質素だろ。お前らは、もう客じゃねーからコーヒーもでねーからな。もう、俺の駒だ。しかも、余ってる「歩」だな。「歩」はありすぎても意味がない。下手に使うと2歩で積んじまうからな。だからお前ら、苦しいだけでずっと日が当たらないところで終わるかもしれない。それだけは覚悟しておけよ。」
明らか口調が昨日より厳しかった。しかし、それは昨日より認められた証である。
「覚悟はできてます。」
「じゃあ、まずは、お前らがどういう経緯で陸上部に入ろうと思ったか詳しくを話せ。まずお前から、後、自己紹介もしろよ。」
伊達監督は俺を指さした。俺は先輩との生い立ちから今日に至るまで事細かく話した。続いて先輩も生い立ちと父親に対する熱い思いを延々と語った。意外な事に伊達監督は興味深くフンフンと聞いていた。ひょっとしたら。凄く人情味がある人なのでは無いだろうか?と考えた。

一通り話終えると伊達監督は。うつむき頭を掻いた。「街田に、牧田ねぇ。ふーん。」
そこで、くどい顔でこちらをじっと見てニヤリとほくそ笑んだ。
「よし、いいぞ。お前らいいぞ!」
俺は熱いものが通じたと喜んだのだが。
「よしよし、お前等はTVが喜んで食いつく極上のネタを持ってるぞ。元バンドマンが一度も会ったこと無い天国の父親の為に夢を叶える為に全てを投げ打って箱根駅伝を目指す。それを支えるマネージャーになった親友。美しい。これは美しいストーリーだ。いいねぇ。」
おれはおもわずギョッとした。きっと表情にありありと映し出されたはずだ。
「牧田。俺の事。えげつないと思っただろ。俺はコーチじゃないんだ。監督であり軍師なんだ。人間味なんてとっくに犬に喰わせたよ。短期的な結果も大切だが、この世界は5年後、10年後のヴィジョンを持って戦略的に戦わなきゃならんのよ。気分を害すかもしれんが、悪い話じゃないだろ。win winだ。俺はお前らって駒を今すぐ使いたい。メディア戦略ってのは凄い大事なんだ。ただ、同時に実力のない者を入れたら今いる部員の反発を招く。集団を管理するには、アメとムチ。それからガス抜きも重要だ。本当にうちのチームはガスが溜まる。そして、お前等はガスだ、しかも凶悪な毒ガスだな。ただ、毒ガスも風向きを考えれば武器になる。どうだ。万が一にも、お前が入部可能なほど、実力がつけば色んな試合で街田を優遇して使うぞ。ほらニンジンぶら下げてやってんだから頑張れな。」
伊達監督の口元は嫌らしい下素な物になっていた。
先輩の方をチラッと見る、ひょっとしたらブチ切れて伊達監督に掴みかかるかもしれない。
しかし、先輩は深く頭を下げていた。
「チャンスをくれるなら。何だってします。よろしくお願いします。」
伊達監督は満足そうに笑った。
「エリートはお人好しで構わない。ただ、雑草はエグ味があったほうがいい。」
そう言終えると、各種書類に色々と記入させられた。

うーん。ドッスン