パンクロックと箱根駅伝 4話

毎日毎日、徹底的に正義を執行された。事あるごとに例のトイレに呼び出され。考えられうる各種の屈辱的行為をされつくされた。もちろん、先生は、いつも見て見ぬふりだった。

夏休みも近くなったある日の放課後。例のトイレで正座させられた。挙句の果てには雑巾を食わされそうになった。

「はい、汚れた牧田君は汚れた雑巾をたべようねー。」

後ろを飯田に羽交締めされた俺に、関口が薄汚い雑巾を口にねじ込もうとしてきた。

俺は必死にそれを拒否していたが、力任せにねじ込んできた。

「なんで、なんで、こうなったんだ。東京にいればこんな事にならなかったのに。俺はもう、こんな日がずっと続くなら夏休みに死のう。こいつらに恨みつらみを残した遺書を書いて死のう。」真剣に思うぐらい。俺はもう限界だった。

「んで、雑巾食わねえんだよ。もうさ、つまんないから殴ろうこいつ!」

関口が握りこぶしを振り上げた時。

ガツン!と大きな音が響きわたった。

入り口を振る帰ると、誰かがドアを蹴り開けてやってきた。

そこには、上級生が一人立っていた。

ボサボサの頭に、獰猛な爬虫類のようにギョロギョロ動く目、口は何か苦いものを食べいるかのようにひん曲がっている。あいつだ!クレイジー街田だ。狂犬のオーラが滾り出ていた!

「なんじゃぁあ!おらぁぁ!便所でクソしようと思ったら!クソがクソイジメとるんかいな。クソもできないやんか!クソ野郎!」

彼は俺の肌が痺れるほどの大声で叫んだ!

さすがに不良5人組も狼狽していた。

「えっ、何あいつ?」

関口は俺を殴ろうと振り上げた拳をおろして、街田ににじり寄った。

「は、君、頭おかしい3年の街田じゃん、君バカなの?死にたいの?」

と、下から街田を睨みあげながら担架を切り、胸ぐらを右手でつかんだ。

街田はすかさず、関口の鼻先に頭突きをかました。

関口は「うむ、ごごご」と声にならない叫びを上げ、鼻を押さえた掌から鮮血を溢れさせながらながら垂直に座りこんだ。

飯田は俺を羽交締めした手を緩めて関口のそばによった。

「ひっでぇ。ぐしゃぐしゃだ。おい、こんな酷い事していいと思ってるのか!」

飯田はいかににも筋が通った主張のように叫んだが、彼は自分の言ってる事が矛盾しているのに気がついていなかった。

「アホか?そっちやろ!?よってたかって、よそ者いじめて、お前らの存在がこの街の公害じゃ!」

街田はそう言うと唾をペッっと吐き出した。

「はあ、お前、言って事と悪い事があるぞ!常識考えろや!」

更に飯田が詭弁を述べるが、

「だから、お前らやろ?常識考えるんは?」

そう言うと街田はノーモーションからの右ストレートを飯田の顔面に叩きつけた。

唐突に発生した異常事態。何が起きてるかは分かる。しかし。何故これが起きたのかはわからなかった。だが、一つだけ言える。この人は、俺を、俺を助けてくれに来たのだ。

英雄が現れたと思った。自分のために巨悪に立ち向かう、この風変わりな男は。俺にとって、ルビコン川を渡るカエサルであり、オルレアンにを駆けるジャンヌダルクのようだった。

錆び付いて朽ちていくだけのクソみたいな青春に眩しい光が差し込むのを感じた。

ところが、その英雄は当初こそ善戦したものの、

関口よりはるかに強い飯田を始めとする4人組に囲まれて、みるみる形勢不利になっていた。彼はしだいにボコボコと殴られていた。

けれど、彼はどんなに殴られても立ち上がって。不良に立ち向かっていった。

「はぁ、はぁ。お前なんなんだよ!もう素直に死ねよ。はぁ。はぁ。ゼェ。ヒュー。」

街田は異常なほど頑丈でタフだった。殴られて倒れても倒れてもゾンビのように立ち上がった。対照的に不良達は汗ダクダクになり過呼吸気味になっていた。

「クソじゃ、貴様らはクソなんじゃ、貴様らは、誰かと仲良しじゃなきゃなんもできんゴミじゃ、なにかあれば陰謀がどのこうの言いやがって、お前らこそ、この街が生んだ産業廃棄物どもじゃ!」

街田はそう言い切ると、ウオェ。と不良達に血の混ざった吐瀉物をぶちまけた。

それが、不良達に飛びかかり衣類を著しく汚した。

「うわ、きたねぇ。うわわわ!このシャツ原宿で買ったばっかんだけど。」

「お、おい、カバンにゲロすんな!!」

「はぁ。はぁ。ひいいいい!」

不良達の悲鳴が誰もいない校舎に響いた。

「お、お前やりすぎだぞ!き、きもちわるい!」

狂気に負け恐れおののいた不良達を尻目に、街田は真っ直ぐに指差した。その一直線に伸ばした指先は、まるでオーケストラの指揮棒のように俺の運命を暗示させた。

「お前、お前、見てるだけでええんか?いまやろ?今こそ立ち上がる時やぞ!いいか!よく聞けチャンスはいつだって一度やぞ!さあ立つんや!」

街田の頬は便所の小窓から差し込んだ夕日を浴びて赤く染まり、その言葉は激しく俺の心のドアを叩き壊した。体に強烈な電気が流れ、脳の回線は火を吹いて焼き切れた。

次のことは覚えていない。後に先輩に聞いた話によれば。俺は小便を垂れ流しながら、悪鬼の如く不良の顔面に殴りかかり、呪われた獣のように首元に噛み付いたそうだ。「あれは、おれでも引くやつ。」だそうだ。

我に帰ると、血まみれの街田が小便器に持たれかかっていて、床には不良の4人が「ううう。。」と言いながら倒れていた。よく見ると関口だけ逃げていた。

どうしようかと思いその場に立ち尽くしていると。

「すまんが、肩かしてくれへん?」

と、街田が小便器にもたれ掛かりながらこちらを見てきた。

鞄を取ってから街田に肩を貸して。その場から逃げるように立ち去った。

うーん。ドッスン