封印されたゆるキャラ 後編 その1

あたらしい着ぐるみの完成までの間、忙しい仕事の合間を塗って下準備を整えていた。

彼女は、一心不乱に取り組んでいく中で、いつしか本当に、<とろろん>の中に女の子の魂が閉じこめられているのか、そんなことはどうでも良くなっていた。いや、むしろ、本当にいるのかわからない女の子の魂よりも田中部長の心を救いたい気持ちの方が強くなっていたのかもしれない。しかし、その想いとは裏腹に少なくとも、彼女が実行しようとしている行為にたいして、田中部長は疑う余地もなく拒絶反応を示すであろう。だが、彼女はそんな事は批判も罵声も全て飲み込んだ上で、自分が行動を起こさなければこの鳳市にまつわる呪いを解くことができないという強い責任感に狩られていたのである。

そのためには、のあたらしい着ぐるみができるだけではダメなのである。自分が自費で活動するだけでは自己満足に過ぎず、<とろろん>を本当に市民に愛されるキャラクターにするかが大切だった。そのためには、<とろろん>が完成した後には、市役所によるバックアップが必要である。なので、市民にとってどのようなベネフィットがもたらされるのかをわかりやすくまとめたプレゼン資料を<とろろん>完成後気を失せず提出する必要がある。とろろん>

その資料の作成のため、全国のゆるキャラについての資料を収集したのであるが、それが尋常で骨の折れる作業であった。ゆるキャラの活動は地域ごと、キャラごとによって大きく降り幅が違うのであるから、ある種の基準となる物が全くと言っていいほど存在しなかったのだ。よって、彼女が作った資料は、デタラメとハッタリを口当たりの良い言葉で並べたものだったが、ゆるキャラが日々生み出され飽和している現在において、だれもそれを考証することなどはできないのである。

<新しいマスコットが導く市民と行政の明日> 

<ゆるキャラとふれあうことでストレスを25%も削除できます> 

<ゆるキャラのおかげで商店街の売り上げが30%もアップ> 

<市民の70%が公式キャラを求めています。>

そんな具合に、すごくふわっとした綺麗事をスライドのなかでズラズラと並べておいた。しかし、お役所仕事で予算をとる上においては綺麗事というのはとても大切な事なのである。

それから、根回しも忘れなかった。市役所の色々な部署の人たちに愛想良くして、そこそこ仲良くなったのに、実はゆるキャラの活動をしたい旨を話した。『まぁ、難しいと思うけど、自費でやるんならいいんじゃない?』といった具合にみんな概ね好意的に(他人事なので)応援するよ!と言ってくれた。市役所の人間とは『市のお金』をやることに対してはめっぽう厳しいが『自費で地域の為に』と言うと大体好意的に応援してくれる物である。こう言った所はある種、民間よりも融通は利くところであった。

と、すれば。もはや問題は田中部長だけと言うことになる。

当然のごとく、彼女の活動は田中部長の耳にも入ることになったのだが、田中部長は頭ごなしにそれを否定しては来なかった。理由は主に2つ。

まず1つ目は田中部長は、休日を使った自発的なボランティア活動等を推奨している立場にあったので、自発的に市民のために活動したいという大義名分を持つ彼女を無下に批判できなかったのである。実際、田中部長もハワイアンバンドを結成して老人ホームなどでボランティア演奏をしていた。

そして2つ目、田中部長は彼女がプレゼン資料をまとめている事を感づいていたのだ。だから、彼女が然るべきタイミングで<とろろん>についてプレゼンした時に完膚なきまでに否定しようと考えていたのである。しかし、田中部長はまさか彼女が秘密裏に着ぐるみまで作成していて電撃戦を仕掛けて来るとは夢にも思っていなかったのである。

そんな具合に各人の思惑が巡るなか、仕事が終わった後にコツコツと資料作成の作業をしているとあっと言う間に2ヶ月がたっていた。そんな日曜の朝、やっちゃんから電話が掛かってきた。

「おー、ゆうこちゃんか!できたぞー!こいつはこの老いぼれの最高傑作だ!よかったら今から見に来ないか!」

彼女はその、言葉を聞くなりベッドから飛びあがり、寝癖も適当にしか整えず、化粧もまったくしないで、くしゃくしゃのバンドTシャツに、安いデニムという出で立ちで、中古で買ったタバコ臭いダイハツの水色の軽自動車のアクセルを思いっきりふかしてやっちゃんに合いにいった。あまりに急いでたものだから途中の山道で、鹿を引きそうになったほどだった。指定された場所に着くとやっちゃんの住居にして、元大道具工場は化石のようにシャッターが下りた軒先きだらけの商業区画のはずれにぽつんと建っていた。

築年数はかなり建っているらしく、モルタル張りの壁の一部は少し剥がれていて石綿が覗いていたて、道路に面したトタンの屋根には消えかかった文字で『大道具作成』と書かれていた。その母屋と隣接するガレージのような建物がが作業場になっているようだった。車を隣の空き地に駐車すると、くわえ煙草したやっちゃんが玄関からくわえニヤニヤしながら出てきた!

「おーーー!できたぞ!!とろろんができたぞ!」


うーん。ドッスン