パンクロックと箱根駅伝 49話
2日目。復路が始まった。今年の専央大は良いらしい。ずっと、2位につけていて、優勝まであと一歩というところらしい。
この後に及んで『らしい』と言うのは、俺が専央大陸上マネージャーにして全く画面の向こうのレースに胸が踊ろないし、どこか遠くの国で作られたフィクションを見ているようだったからだ。俺は昨日と同じくOB会長のの世話をしながらホテルの一室のスクリーンをチラチラと眺めていた。会場には昨日より多くのOBや大学関係者、それからOB会長の取り巻きが来てきた。その多くが品の良い老人であり、スポーツの観戦とは程遠い空気感を出していた。彼らは紳士クラブの会員のように上品にオリーブを食べ、ゆっくりスコッチウィスキーを飲みながら、優雅にタバコをふかした。
どうも、トップの大学にはグングン差をつけられているが3位との差もあるため単独2位と言ったところだった。多分。
「おー、いいじゃないのー。まぁ。今年の戦力じゃ2位かなー。」
バブル期に仕立てたであろう黄銅色の派手なスーツを着た老人がグラスに注がれたビール片手にスクリーンを見ながら呟く。
「まぁ、伊達監督もよく短期で立て直したよ。上出来。上出来。」
派手なスーツの老人に答えるように、ツイードの3つボタンのスーツを着た老人がナッツを片手に呟く。
「来年以降だなー、優勝は。期待のルーキーも大量に入ってくる事だし。来年が楽しみですな。」
カシミアのセーターを着た背の高い老人がナントカの30年物が注がれたワイングラスを片手に呟く。
なんだか、それらが、俺のより一層淡白にさせた。老人達は、彼らの汗と涙を感じるにはあまりに時が経ち過ぎていた。別に2位でもすごいじゃないかと俺は思うのだが、彼らにとっては興味のない話で。来年以降のルーキーの話題で持ちきりだった。
何かあるたびに、星野学園の松本!星野学園の松本!と老人達は口を開いて盛り上がる。当然、俺はそいつが誰かも知らない。
同部屋の福永さんは快速していた。9区で区間2位だったそうだ。そして襷は10区の大和さんに渡る。
1位との差は約6分、3位との差は約7分。
ほとんど単独2位だった。大和さんは調子良さそうに走り出した。『なんだ、俺の思い過ごしだったのか。』
10区も10kmを過ぎ多くのOB達は大手町のゴールを見るために用便を済ませて、そろそろホテルを出ようか。という頃合いだった。俺は脚の悪いOBの付き添いでトイレから帰ってきたところだ。
スクリーンの
周りでザワメキが起こった。老人はブツブツ何かを言っている。
次の瞬間怒号が聞こえた。
「ふざけんなー!」
「おい!何やってるんだよ!!」
スクリーンを見ると、大汗を書いて悶絶するような顔をして必死に体をもがいてる大和さんの姿があった。まるで、死にぞこないの子鹿のように脚を痙攣させて何度も立ち止まっていた。
テレビの実況は、その危機と嬉々として実況する。
『なんという事だ!専央大の3本柱の大和が大ブレーキだ!今、8位集団に抜かれます!』
非難轟々とはこの事だろう。憤慨した一人の老人はハンチング帽を地面に叩きつけた。
「馬鹿野郎!死んじまえ!!」
「クソ大和!全部台無しじゃないかよ!」
苦しんでいる大和さんの気持ちを誰も察する事がなく、会場内は汚い言葉とタバコの煙で汚れ言った。
そして、俺の冷めていた心がカッカと熱くなるのを感じた!
『速いとか!遅いとか!優勝できるとか!ビリだとか!そんな事はどうだって良い!ただ、彼は一生懸命今を生きているじゃないか!』
俺は、ホテルを飛び出した!そして、ゴールとは反対方向に掛けていった。沿道にはどこまで行っても黒山の人だかりで、うまく前には進めないがそれでも走った。
走ることが正しいのかわからないただ走ったのだ。
10分も走ると先頭ランナーが通り過ぎ、そこから9分も経つと、後続のランナーが次々と走って行った。
そして、19番目にフラフラ歩くように走る大和さんの姿が見えた。
彼は、俺の目の前でゲロを吐いた。血の混じったヘドロのようなゲロを。それでも彼は走るのをやめなかった。悶絶に苦しみながら、凍てつくような冬の風に当てられ、大汗をかきながら、銀座の大通りをのっしのっしと走っていた。
俺の肝が震え上がった。
こんなのパンクロックじゃないか!
俺は、ありったけの声を振り絞って大声でお応援した。その声はどこにも届かなかった。
次の瞬間。大和さんはリタイアさせれた。
うーん。ドッスン