パンクロックと箱根駅伝 14話

事務的な話しがわると、伊達監督は胸ポケットからスマホを取り出した。
「じゃあ、街田は日野先生の所で、これからどうすればいいか相談してくれ。牧田、お前には直ぐにでも働いてほしい、でな、今からマネージャー長を紹介するから会ってくれ。そうだな。できれば来週の金曜日ぐらいまでに練習に来てほしい。そこら辺の話を調整してくれ。じゃあ、街田はいってよし、牧田だけココに残ってくれ。」
先輩は、イスからすっと立ち上がって背筋を伸ばした。
「監督、チャンスをくださってありがとうございます。」
はっきりとした標準語でお礼を述べながら、とても綺麗で深いお辞儀をした。
「おう、せいぜい頑張ってな。おっ、電話でた。あー、細野かー。今から時間あるかー。」
対照的に伊達監督は電話をしながら、先輩に左手を軽く振って先輩に応答した。俺はそれに少し憤りを覚えた。
マネージャー長に電話をしている伊達監督前から先輩は踵を返して立ち去りる際に俺にウィンクをしてから、日野監督の元へ向け歩いて行った。5分ほど立った後に伊達監督が電話を終えた。
「おっけー、じゃあ牧田、今からお前、食堂館の3回にある森下食堂に行け。そこに細野ってマネージャー長がいるから色々面倒見てくれるはずだ。一応、向こうにはお前の番号送ってるから、細野が授業終わり次第電話するってさ。そいじゃ、俺は忙しいから、またな。」
それだけ言い残すと、伊達監督は立ち上がり、自分の席に早足で歩いていった。
俺は、事務所から出口に向け歩きながら、先輩が事務所のどこで日野先生と話してるか気になったが、どうも事務所の中にいないみたいなので、受付のみよちゃんに失礼します。とだけ言って、体育館から外に出て、食堂館に向け歩いていった。

普段なら何も考えずに向かう食堂館だが、今日の頭はゴチャゴチャしていた。
まだ、半日もたってないのに色々な事が足早に決まりすぎて、理解すべき事に対して、とても気持ちが追いついてこなかった。マネージャー長に会いに行くにしたって、伊達監督も少しぐらいは親切にどんな人か教えてくれればいいのに。と思ったりもしたが。伊達監督が言う「もう客じゃない。」とはきっとこの事だろうな。と自分に言い聞かせた。

学校の中央に、でっかいハンペンに窓がついた様な古ぼけた3階建の食堂館がある。
昼時にいくと、色々なサークルのたまり場になり、とても食事をするどころではないのだが、時計を見るとまだ10時半だったのでガラガラに空いており。
スクールカーストの底辺にいるであろう。前髪がウェッティでニキビ荒れした寝不足気味な学生やズボン裾チェックの学生が、昼時にやってくるサークルの一軍にいるボーイ&ガール為の陣地占領を行っていた。きっと場所取りをしてる彼らの大学生活は、リア充の青春に「うぇーい。」とお囃子をいれて盛り上げ、年に数度のオコボレをいただく為に存在しているのだろうか?

そんな事を思いながら、実験棟がよく見える窓の前のカウンターに座っていた。そしてさっきから、俺の席の五個右隣に座っている小太りの男がが妙に気になる。それは、彼がカードゲームのデッキを汗を掻きながら作ってるからだ。なんで彼はわざわざ大学の食堂でカードゲームのデッキを構築しているか?しかも彼が着ているジャケットあまりにもダサい。草書態で書かれたデタラメな英字と魔法陣的な何かが書かれていて、しかも所々切れている箇所がありそれを細い紐で補強したアンニュイなデザインな物だった。首元には似合わない小さくて黒いチョーカーのネックレスをしていた。さらに、髪型は短いスポーツ狩りだったのが彼をより珍奇んにさせた。おまけに、彼のナメクジの様にヌラヌラ動く目と嫌らしい口元のホクロがなんとも言えず俺を不快にさせた。

しばらくすると携帯が鳴った。番号は未登録なので、きっと細野さんだ。
「もしもし、牧田です。」
「おーー、君が牧田君か!おれ、細野!今君の右隣にいるー。」
えっ、マジ?と思って振り向くとさっきまでカードゲームのデッキを整えてていたデブが満面の笑みでこっち見ながら電話をしていた。
これには動揺した。第一陸上部のマネージャー長の細野さんだからほっそりした女性だと勝手にイメージしていた。よく考えたら細野さんでも太った人はいるし、自分も男子マネージャーになるんだしマネージャーは男でも良いのであるから当然である。
「なんだぁー、くるの早いねぇー。もっとゆっくりくると思ってマジックドラゴンのデッキ構築しちゃったよぉ!!あー、マジックドラゴンカードすきなのばれちゃったなぁー、参ったなー。」
そういうと不適な笑みでこっちを見てきた。いかにもカードゲームの話題につっこんでくれと言わんばかりにナメクジの両目をヌラヌラ動かしてコッチをチラッと見てきた。
「はじめまして牧田です。細野さん、カードゲームお好きなんですね!」
別に、カードゲームの話をしにきたわけではないが。一応社交辞令として聞いておいた。
「牧田くん。よろしく!所で、君はマジックドラゴンカードは知ってるかい?」
ナメクジは鼻息をふーんとさせて俺に食いつくように聞いてきた。参った。俺はこの手のタイプが一番苦手なのだ。
「まぁ、名前ぐらいは。」
「いや、いややや、君はマジックドラゴンカードの魅力をしらないのか。それはいけない、どうだい!マネージャーになるならこの機会に始めてみないか?なんならデッキなら上げるよ!てか、実は君の為のデッキを作ってたんだ。これをあげよう。」
そう言うとナメクジは俺に無理矢理カードゲームのデッキを手渡してきた。いや、「俺は真剣なんだよバカヤロー!」と言って、このナメクジの前で、それを叩きつけてやりたいのだが。仕方がない、これは先輩のかわいがりの一つと解釈して
「ありがとうございます!有難く頂戴します。」
と満面の笑みで返事をしてカードを受け取ったが最後。その後、ナメクジからカードゲームに関するルールや講釈を延々と聞かされる事になったのだ。

「まず、他のカードと根本的に違うのは領地と拡大再生産の原則があってだね、外交フェイズで敵対以外のプレイヤーからドラゴンの原材料を購入するのだが、この際敵対プレイヤーが設けた税関によって支払われるレートが操作できるのだ。それから、、、、その際の、、特殊パターンとして、資本家、、、革命家、、、ロハス主義、。応用の原則で、、、それから、、デッキには領地で勝利するパターン、外交で、、、、、。」
やたらとルールが複雑で、一ミリも頭に入らない小難しい説法を聞かされながら、「へぇー」とか「ほうほう」とか頷くのはとても疲れる物だった。気がつくと時計の針が12時を指し、食堂はラマダンが終わった日のバザールのごとくガヤガヤと賑わった。
その中心にあって、坊主頭でスーツを着たおれはナメクジとカードゲームをしている。今まで、大学の食堂でカードゲームをしている奴を俺は何度バカにしてきたわからないが俺自身が正にそれなのだ。
声がバカみたいでかいフットサルサークルの「えー、まいちー、この前のカラオケでゲボって持ち帰られたの記憶ないのー?ぐひゃひゃひゃ!」などの猥談を耳に挟みながら、煉獄の中で永続するグリーンドラゴンの墓場を大根畑に変換できる方法についてナメクジから講釈させられるのは何とも言えない気分でこの世から消えてしまいたいぐらい恥ずかしかった。
3ゲーム終わると、13時15分で学生は再びすっかりいなくなっていた。

「じゃー、牧田君!たのしかったね!お遊びはこれまでにして、まじめな話ししよっか?」
と、急にナメクジがまじめな顔をして、エルフっぽい装飾がしてある革の鞄からルーズリーフとシャーペンをゴソゴソ取り出した。
お遊びもなにも俺は最初から真面目な話をしにきているのだ!と思いながら、やっと話が出来ると内心ホッとした。が、
「あっ、やっぱ、その前に昼飯たべよう。」
と、行ってナメクジは食券販売機に歩いていった。おれは思わず、ずっこけそうだった。なんだこの男は、伊達監督もくせ者だが、このナメクジもくせ者だ、さっぱり意味が分からない。
そして、ナメクジはラーメンの食券を二つ買ってきた。あっ、俺の分かな?この人、実は良い人かなと思ったが。彼は、ラーメンを2杯食べるだけだった。これもまたずっこけそうだった。 ミソ シオ ミソ ミソ シオ シオ のリズムで規則正しく食べ始めた。しかも、ナメクジの嫌らしい口元からンッズホッォズッォッと吸い込む不協和音が何とも言えず不快で食欲がなくなった。
「牧田はくわないの?ズホズォホ」
「ええ、輝くゾンビの効果で食事供給フェイズはパスされました。」
食欲が無いのを先ほどのカードゲームに準えて皮肉ってみたら。
「ぶっふぉああああごふっほっぉ!えっ、えっ、ええっ!」
とナメクジは盛大に味噌ラーメンをのどに詰まらせた。
「おい、先輩が飯食ってんのに、笑わせるな!」
と、急に目をハリガネムシのごとく尖らせて怒鳴り出した。
「あっ、すみません。」
なんだかこの人疲れるなぁ。
しばらくするとナメクジはミソとシオのリズム運動を終えて、食器を返納した後に、再び真面目な話に入った。

「じゃあ。今から、また真面目な話しするけど。結論から言うけど、牧田くんは2軍マネージャー所属でお願いするわ。まず、うちのマネージャー組織を説明すると。1軍は俺と男2人女子マネ6人の系9人編成でやってる。2軍は、大島って奴が2軍長やってる。で、そこは人手不足で大島と牧田と女子マネ1人で合計3人、あと、3軍はほぼ形骸化してるけど、浜って奴が3軍長で1人いるかんじだねー。」
ナメクジは急に大切なことを早口でぺらぺらしゃべりだしたが、ちゃんと聞きたい事を質問した。
「あの、色々お聞きしたいのですが。まず、1軍、2軍、3軍について教えてください。」
ナメクジは眉毛をピクっと上げて、不敵な笑みでチラ見してきた。えっ?そんなことも知らないの?という顔をしてきた。ムカついたが、ちゃんと聞いて置かなければならない。
「えー、しらないのー。どうしようかなー。」
どうしようかなじゃない、さっきあれだけ「魔法の法規」で出来ることについて説明してきたのなにを言ってやがるんだ!
「しょうがない!よし、まぁ。おしえてあげよう!うちに伊達さんが監督になったのが2年前、名将と呼ばれた大城監督が急病になってなOBで実業団のコーチやってた伊達さんに白羽の矢が立って監督に就任したんだ。みんなは人望が厚い日野さんか、2軍コーチの高森さんが就任すると思ってたんだけどね。でも、伊達さんは選手時代有名だったから、ネームバリューがあって。それで、政治的な力で監督になったんだ。それから、大城監督の時代からチームを自分色に染めたくて大改革を行ったんだよ。大城監督時代は、寮に入ってるものが1軍、それ以外が2軍で当時は力が無くてもだれでも入部できたんだ。しかし、伊達さんは競争力を高める名目の元、1軍、2軍、3軍を作った。しかし、その実状は自分の使いづらいような選手や大城監督イズムが強い連中を2軍に送ったんだ。今、一軍にいるのはエースと、言うこと聞くおとなしい奴らと新しく取った1、2年ばかりだね。だから現状、チームはガタガタ。で、2軍は相当結果ださないと試合に上がれないから大分腐敗してるねー。それから3軍は滅び行く残党だね、誰でも入れた時代の「誰でも」の集まり。3軍長の浜が色々やって頑張ってみたいだけど、ほとんど別な部活。ある意味、部費払うだけの「プラント」とも呼ばれているね。」
なんだか、俺がこれから入ろうとしている2軍とは相当やっかいなところみたいだ。
「あと、軍長ってなんですか?」
「ああ、1軍は監督がいて、キャプテンがいて、マネージャー長がいるけど。2軍は軍長が監督とキャプテンとマネージャーの仕事を兼ねる事になってるんだ。だから結構いそがしいね。あっ、ちなみに2軍は練習も週一回の合同練習以外は全くの別なんだ。」
なんだか。不安になってきた。果たしてこのチームで俺と先輩はやっていけるだろうか?
「あの、実は、、、。」
俺は、これまでの経緯を事細かに説明した。そして、先輩に可能性があるのか真剣に聞いた。
「うーん。何とも言えないが。現状は不可能といっても差し支えはない。ただ、もし、ある程度実力があれば、、、。うーん。伊達監督の事だ。利用価値があれば優遇して1軍に入ることもあるかもしらない。てか、それより牧田君!おれ今の話し感動したよ!実は、俺、引きこもりで高校行ってないんだ!」
はっ?なにを言ってるんだ?
「えっ、どういう事ですか?」
「おれさー、ずっと引きこもりで大検だけとって大学きたんだけど、たまたま来た陸上部の勧誘を受けて自分を変えて見たくてここにきたんだ!俺、コミュ障だし、不器用だけど。なんか、頑張りたい!だから牧田君応援するよ。」
あっ、なるほど。この人も俺や先輩と同じく居場所を求めて陸上部に来た流れ者なのだ。しかし、おれはコイツは同類ではないと思った。
なぜならば、その後、夕方までカードゲームをひたすらやらされたからだ。コミュ障なのはいいがカードゲームは勘弁して欲しい。
「じゃあ、俺は夕方の練習いくからココまでにしよう!」
「ありがとう、ございまいした!」
ナメクジは去り際に。
「あっ、忘れてた!牧田くん2軍寮に入寮してね。」
「えっ、下宿借りてますから大丈夫です。」
「うーん、全然だいじょばなーい。朝4時30分起きで夜は選手のマッサージしなきゃだめだから、全然だいじょうばなーい。」
はい、と油でぺとぺとする机に置かれた紙に、入部に当たり購入すべきジャージ類や各種物品の金額と、部費、寮費、食費、会費、年会費、行事代、合宿費、遠征費、など事細かく書かれていた。そして赤字で書かれたバイト禁止の文字が目に入る。

ちょっとまて、これ初期費用15万ぐらいかかるぞ。しかもバイトも辞めなくてはならないじゃないか。
「じゃあ、おれ、もう行くけど来週までに準備してね。」そういってナメクジはどこかへ足早に歩いていった。
俺は気がついた、あいつはわざとこのタイミングで金の話をしたんだなと。
俺は、夕日がよく見える崖沿いのベンチに腰掛けて購買った三食パンをかじった、色々頭が痛いことだらけだ。電話がつながらない先輩は今どこでなにしてるか気になるが、俺が解決しなきゃればいけないのは金の問題だ。
「あー、うーん。ベースギター売るしかないなー。」
しかし、手垢の付いたベースギターなんて店で売ったらなんだかんだケチ付けられて二束三文でしか売れないだろう。
「あの人しかいないな。」と呟いて。井上さんに連絡をとろうと思った。井上さんは今の俺たちを全くよく思ってないから電話しづらいが、とにかく金だけは持っているからやむをえなかった。

うーん。ドッスン