パンクロックと箱根駅伝 12話

坊主頭を夜風に晒しながら、自分のアパートに帰って、電気をつけてカーテンを閉めた。俺のアパートは最寄り駅からかなり歩いた先にある学生向けの物件で。前の居住者がヘビースモーカーらしくどんなに掃除をしてもヤニの匂いが漂ってくる。
1ルームの部屋にはあまり物がない。生活感がない部屋が好きだからではなく。単純に金がない上に、商売道具のベースギターを奮発して45万するESPのベースギターをローンで買ってしまったからだ。東京で一人暮らしを始めるときに、父親から支度金としてそれなりの金額を貰ったのだが、電化製品を買い揃える前に御茶ノ水のギター屋に行ってしまい。質が良くて安いのを買おうと思っていたが、明らかに高級機の漆黒のギターに吸い込まれるように見惚れてしまい。気がついたら、身の丈もわきまえず購入していたのである。それが尾を引いて未だに生活に余裕が無かった。
しかし、俺はそのベースギターをピカピカに磨き上げて手入れして、部屋の隅にそっと立てかけ。それをうっとりと眺めながらインスタントコーヒーを飲み。トーキングヘッズのサイコキラーを聴くのがなにより好きだった。
正直、長い髪を切った事より、この美しいベースギターをもう使うことがないと思う方が切なかった。ただ、井上さんから、他のバンドに誘われたが牧田もどうだ?とメールがきたが、先輩がいないバンド活動など考えたくもなかった。そう、この美しいベースギターは先輩の為にあるのだ。
このベースギターに寄り添う様に、もう一つ、とても汚いベースギターが立てかけてある。
木面は継接ぎだらけでボロボロになり、塗装は揚げ落ち、所々ささくれ立った上に腐ってる部分もあり。金属部分は赤錆でボロボロになった上に、卑猥な落書きまでされている酷い代物だった。
控えめに言っても、たまに音が出る程度のジャンク品で、だれが見てもゴミと言うような有り様だった。現に数ヶ月前に、先輩が当時付き合ってた女を俺の部屋に連れ込んだ際には。
「えっ、なんで、こんなゴミ立てかけてるの?」
とまでいわれた代物ある。
女の子は潔癖症だったらしく、汚いベースが置いてあるのが気にくわなったらしいが、それが原因で痴話喧嘩が始まり。さっさと帰ってしまった。
俺はそれを香ばしく眺めながら、潔癖性と言うわりに、両耳に15個ぐらいピアスが開いているのは、いかがな物だろうとも思った。

実は、この汚いベースギターは、かつて田無土に住んでいた時に不法投棄された物を拾ってきた、俺と先輩の思い出の品なのだ。

あれは、初めて先輩と出会った夏休みの事だ。
あのころは、楽器も何も持たないくせに、「バンド活動」と銘打って先輩の思いつきで突拍子もない事ばかりやっていた。
たとえば、木の樹液をすすったり、スズメバチの巣に石を投げつけたり、肝試しをしている不良たちに白装束で襲いかかったりだ。
それらに何か意味があるかと言えば、全く意味がない。むしろ、意味を求めてはいけない。胸の底から沸き上がる煮えたぎる灰汁のような反骨精神こそパンクロックなのだ。

ある日の「バンド活動」の事だ。
「友達の家に泊まってくる。」と父親に告げてから。家中の食品をかったっぱしから持ち出して山に繰り出して野宿した事がある。
先輩は山に廃材を積み重ねて粗末な秘密基地を作っていた。平たくいえば、ビニールハウスである。日中はとても入れたものではないが、夜は快適だった。水は近くに綺麗な湧き水があって、とても冷たくどこか甘かった。
食事は家から持ってきたインスタント食品のほか、川の貝や魚、木の実などを適当に採取して火起こし、煮たり焼いたりして5日ほどすごした。そこで食べたザリガニ山盛りラーメンの強烈な味は今でも忘れられない。
食べれそうな物を探して山をデタラメに探検していた時のこと。秘密基地からずっと奥の人目につかない谷底に、ゴミ山がある事を発見した。
今にして思えば、使用済みの注射器や廃液に塗れたバッテリーなどが無数に転がっていて、危険きわまり無かったが。当時としては宝の山にしか見えなかった。
明らかに模造品の高級ブランド品や、まだ動きそうなスクーター、いつの時代の物かわからない2層式洗濯機、中学生には刺激が強すぎるアダルトグッズも大量にあり。時間が経つのも忘れて夢中で漁った。
「おい、牧田。これみろや。」
巨大な冷蔵庫の裏を漁っていた先輩に何かに気がついた。俺は錆び付いたダクトの山を乗り越えそこに向かった。
「ここになんかギターっぽいもんがあるで。」
そこには、冷蔵庫の下敷きになっているギターケースらしきものがあった。
二人で力を合わせて、なんとか引きずりだし。蓋を開けて中身を見た。中は湿気でカビだらけになっており、思わず「うっ」とするカビの匂いが鼻をついた。そして、そこには腐りかけのベースギターが入っていた。
先輩はガッツボーズをした。
「おー!ベースやんけ!これで、牧田!パンクバンドに一歩地近づくぞ!」
「先輩、これは、楽器ですけど、さすがに使い物にならないんじゃないんですか?」
俺は、思わず先輩に反抗したが、先輩はキッとこちらを睨んできた。
「アホか!これこそワシらにとって神が与えてくれた最高の楽器じゃ!いいか!よくみろ!このギターは、このゴミの山で土にもなれず延々と腐り続けていくだけの人生?いや、ギター生だったんや!それが。ワシらが、今ここで見つけたと言うことは。コイツは、腐り続ける人生にあらがったんじゃ!こいつは最後の最後の運命に抵抗したんじゃ!だからワシらも腐り続ける人生にあらがうためにコイツを持って帰らなアカン!そして、コイツを再び、人前で演奏できるように復活させなきゃならんのや!良いか牧田!おまえの最初のバンド活動や!コイツを復活させろ!」
「うっ!」っと、その理屈が正しいのか正しくないのか、よく分からないが、とにかく先輩の情熱に胸打たれた俺は、山から家に汚いギターを持ち帰り毎日必死でギターの復旧に当たった。いろいろなところから色々な資材を集めては、ガムシャラになって整備してみた。復旧を試みれば試みるほど、ドンドン歪になり鵺の様な異形になっていった。
夏が終わる頃、先輩が秘密基地に置いたジャンク品のアンプに差し込んで弾いてみると。「ビニュ〜ン」となんとも間の抜けた音しか鳴らなかったが。俺は何だかそれがうれしくて。役に立たないけど大切にしようと思ったのである。「廃材3号」と名付け。捨てるに捨てれず、今でも大切に持っていた。
なぜ「廃材3号」なのか?それは、廃材1号は先輩で、廃材2号は俺なのだ。みんな、この世界のはみ出し物だけど、腐りづける人生にあらがっている。

そんな事を思い出したら、今の自分も、再び腐り続ける人生にあらがってるな。と思った。
「廃材3号」にヘッドホンアンプを繋いで、4年ぶりに弾いてみた。相変わらず「ビニュ〜ン」と間抜けな音がするだけだった。しかし、思いつきでもう使わない45万のベースギターを買ってしまった坊主頭の俺も「廃材3号」に負けず劣らずの間抜けであり、間抜け同士、等しく部屋の隅で月明かりに照らされていた。

うーん。ドッスン