パンクロックと箱根駅伝 34話
ミーティングが終わると全員席を立ち足早に自分たちの居室に帰っていた。浜さん達は一応に面食らった用であったが、その場では何も話すことなく白井さんと梶原さんはどこか悔しそうに唇をかみながら部屋に帰っていった。
選手達が全員帰った後で、マネージャー達はミティーングの為に並び替えた食堂を元の形へ復旧に取り掛かった。俺と浜さん座っていた机を持ち上げたとき、ナメクジ細野がニヤニヤしながら近づいてきた。口元に緩やかな微笑みを携えタップリ間を取ってからこう言ってきた。
「ムッシュ。ようこそ1軍寮へ。気分はどうですか?」
ああ、ナメクジお前は一体なぜたった一言話すだけで俺の心をザワザワさせるのか。と俺が思った矢先に、浜さんは一回ため息をついてから乾いた口調で返事をした。
「ああ、懐かしき古巣だよ。あいかわらず吐き気がする。」
ナメクジは浜さんの肩に触手のように肩へニュルっと腕を回す。
「まぁ、浜さん。そういわないでくださいよ。箱根駅伝はもうすぐですよ心を一つにしなきゃいけないんじゃないですか~?」
ナメクジの小馬鹿にしたような口調に浜さんは、眉をしかめ嫌悪感を顔に露わにさせた。
「心を一つ?詭弁も良いとこだ。俺は今日はっきりわかったよ。伊達監督は自分の気に入らない選手やエリートでは選手を使い捨てのチリ紙みたいに扱ってるような人間だってな。2軍や3軍なんて二度と這い上がれ無いゴミ溜めみたいしか思ってないに違いない。もうウンザリだ。」
「まぁまぁ。そういわないでくださいよ。伊達監督にも考えがあるんですよ。それから箱根を走るチャンスだってある。」
「その考えって一体なんだよ?」
ナメクジは一回手に顎を載せて少し考えてから。
「実は、今回伊達監督にとって2軍は切り札なのです。カードゲームでもそうですが、墓地やジャンクヤードから復活した。そんなカードこそがこそが本当の切り札だったりするのです。」
浜さんはズボンのポケットに手を突っ込んで露骨に嫌な口調で話した。
「あのさぁ、あんな扱い受けて切り札なわけないだろ?本当に詭弁もいいところだよ。なぁ牧田。お前はどう思った?」
浜さんの強い瞳とナメクジの嫌らしい瞳が一斉に俺に向けられた。一回大きく息を吸い込んでなんと言うべきか考えたあげくこう言った。
「あの、まだ数ヶ月しか陸上競技に関わっていない自分が偉そうな事を言うようですが、あの僕が伊達監督が2軍を召集した理由は3つあると思います。」
「3つ?」
浜さんが聞き返す。
「ええ。まず一つは支配体制の強化です。伊達監督は自分の考えでは短期的に物事を考えない人です。つまり、目の前の勝利に全力で飛びつくタイプではありません。それはどう言うことかと言うと勝利と言う結果に固執しすぎると、その課程で犠牲を払うものだからです。」
ナメクジは要領を得たように頷いたが、浜さんはいまいち理解していないようなのでナメクジが俺の話をさえぎって話し始めた。
「そう!牧田君のいう通りなんですよ!たとえば、ローマに進軍したハンニバルが雄々しい戦火をあげてカルタゴに戻ると国が滅んでいるように、一つの闘いに全力を尽くしすぎると思わぬ結果を産んだりするものです。そんなことです。」
ナメクジの説明が悪く、浜さんが首を傾げたので、俺がもう一度話始める。
「えっと、つまり伊達監督は来年以降の結果まで考えて行動しているはずって事です。来年有能な一年生が大量に入るそうですが、伊達監督に取っては今回の箱根で優勝するのに力を傾注するより、大幅に戦力が整う来年以降の為の器作りをしようとしているのではないかと思うのです。だから、一軍に発破をかけて、ついてこれない人間を2軍に大幅にふるい落とそうとしているんだと思います。これによって来年以降に残す人間の選別ができますし。それから、白井さんと梶原さんを使うことによってふるい落とされる人間の憎しみが一時的に白井さんと梶原さんに向けられる事になるでしょう。そして、2軍に落ちた人間を定期的に1軍、2軍の入れ替えのレースに使えば選手はより一層危機感を感じて練習をするでしょう。つまり、これは伊達監督の支配体制をより強固にするためのプロモーションなのです。」
俺が話し終えると浜さんは質問をしてきた。
「でも、なんで伊達監督はそこまで戦略にばかりこだわるのか?」
そこにナメクジが得意げに返答する。
「伊達監督は箱根駅伝は戦略こそ全てだと思っているんです。サッカーや野球、まあ格闘技でもいいです。それらに比べて箱根駅伝はすごく単調な競技に思えますよね。しかし、実際の所。複雑な競技っていうのは抽象化された事象の連続性の多が多いだけなんです。相手がこっちに動いたらこう動く、このプレイの時はこっちにパスをする。それらは考える余地のないほど正確に抽象化されて一つの大きな機械のように動くことによって勝利がもたらされる。しかし、箱根駅伝におけるプレイっていうのは速く走る事しかない。すなわちチーム内において全く抽象化された動きが存在しないのです、故に箱根駅伝とは概念のスポーツなんです。そう、箱根駅伝は人間ドラマのテーマなんです。そしてテーゼなのです。そういった人間ドラマを制する為には大きな支配が必要なのです。まるでローマ帝国のように!ハンニバルではだめなのです。」
俺は、ナメクジの言わんとすることがなんとなく分かったが、浜さんはいまいちわかない様子だったが。
「あー、もうローマ帝国の話はいいわ。じゃあ、牧田もう一つの理由はなんだ?」
と、俺に聞いてきたので、慌てて返事をする。
「あ、その。えっと、伊達監督は、浜さんと大島さんをマネージャーとして使いたかったんだと思います。でもただ、召集しただけじゃ浜さんと大島さんのモチベーションは上がりませんなので、梶原さんと白井さんの一軍昇格を匂わせる形を取ったのでしょう。」
ナメクジは不可解そうに俺に質問をしてきた。
「なんで浜と大島がそんなに必要なんだ?」
いや、それはあなたが、伊達監督の腰巾着で選手から嫌われているし、一軍の選手の中でも浜さんを慕っている選手も多いからなんですよ。と心の中で呟いたが。
「いや、まぁ。単純によく動いてくれる人がほしかったんじゃ無いですかね?」
とすっとぼけて答えて。
「そうか。そうだな。」
と、ナメクジさんはうなずいた。
「それから3つ目はなんだ?」
ナメクジの質問に言葉が詰まった。思い付きで3つと言ってしまったもの、全く三つ目は思いついていなかったからだ。
「あの、これは全くの勘です。ですけど、伊達監督の心に何かあるんじゃないでしょうか?」
「何かってなんだ?」
と、ナメクジが聞いてきたが俺はうまく答えが見つからない。
「自分でも良くわかりませんが。でも何かある気がするんです。」
自分でも何を言っているかよくわからない。
ナメクジはふーんと言ってから。
「まあ、いいや。とりあえず片付けよう。」
その後は何も話さず。黙々と食堂の撤収をした。
食堂の片付けを終えた後、俺はナメクジに命ぜられた窓ふきを一人でする事になった。食堂はビュッフェスタイルで清潔でとても広かった。入口から見て最も奥の壁面には2階分をぶち抜て作った大きな出窓がついており、サッカー部の夜練習をよく見渡す事ができた。
うーん。ドッスン