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おいしいエッセイ

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おいしいお店を紹介。平野紗季子さんに憧れた“パクリスペクト”な文章たち。
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#おいしい文章

止まらないナンとラッシーのリズム #ザ・タンドール

 大手町と神田の間には明らかな境界線がある。都会の緊張が解けない大手町から、気楽に歩ける神田の街並み。2駅の中間に位置する内神田は飲食店が多く、ふらっと入れるお店も、行列のできる人気店もあるハイブリッドランチタウン。昼休憩を少しずらして、お店も決めず、その瞬間の気分に従って何を食べるか選ぶのも楽しい。  今日はなんとなくインドカレーの店に決めた。昼から匂いの強いカレーを食べるのは気が引けるが、お腹が空いてるのだから仕方ない。そんな一瞬の葛藤を抱えながら入店するも、漂うスパイ

大人もアイスクリーム #BIG BABY ICE CREAM

 アイスクリームは子どもだけのものではない。20代半ばの男も通いたくなるような手作りアイスクリームのお店がこんなところにあった。  新丸子駅から歩いて数分、白塗りの壁にシンプルな書体のBIG BABY ICE CREAMはコンパクトにまとまったミニマルな外観。手作りの純粋さと透明感を感じられる今っぽい印象。  想像とは違い、若くて勢いのある男性スタッフがお迎え。ヒップホップな若者からファンシーなスイーツへのギャップ。どんなアイスクリームが食べられるのだろうか。  この日

深夜のハイカロリーアドレナリン #らーめん雷豚

 深夜11時。夜ごはんを食べ損ねて車を走らせても、街に残るのは黄色のMかオレンジの牛丼チェーンばかり。お腹が空いているので何を食べても美味しいと思うのだろうが、脳ミソよりも先に、身体がハイカロリーを求めている。  深夜に輝くギラギラな看板。深夜の街灯に虫が集まるように、深夜のラーメン屋に人も集まる。  先に届いたセットの小丼は思ったより具が乗っていなかったが、空腹状態に米を流し込めるだけで合格点。ラーメンが届くまでに食べ切ろうと、味わう暇もなくスプーンを動かし続ける。今は

ちょっといいパスタランチを食べたくなったら #IL FURLO

 同僚の皆は気付いているのだろうか。大手町にはジェノベーゼを食べられる場所が圧倒的に少ないことを。定期的に通っているリトル小岩井には「醤油ジェノバ」という惜しい名前のパスタがあるが味は程遠く、某イタリアンTのジェノベーゼはあまり評判が良くない。大手町を諦めかけていた私に、神田という選択肢が急上昇してきた。  東京から大手町一帯は巨大な地下通路で繋がっていて、昼になると蟻の巣のように人がビルから降りてくる。それに比べて神田方面には地下道が繋がっていないので、大手町で働く人の選

クラシカルな江戸前の仕事が光る #松野寿司

 半年に1回のペースで通っているお気に入りのお店。普段は握りのおまかせ(5000円前後)だが、今回はつまみから握りまでの一通りを頼んでみた。「おまかせ全部レビュー」は以前に書いているので、今回はクラシカルな江戸前の技術を感じられるネタとつまみをいくつか紹介することにする。  軽く酢で締めているようで、しっかりした質感の身が咀嚼を誘う。脂をしっかりと感じさせながらもしつこくないメリハリのある味わいが、これから始まるコースへの期待を高める。  煮鮑の身と肝を一片ずつ。むちっと

田園風景を思わせる異国焼酎 #DEDESUKE SAIGON KITCHEN

 ベトナムと言えばフォー、フォーと言えばパクチーとばかり考えてしまうが、現地を想像すると一面の田園風景が頭に浮かぶ。広大な緑の中にたたずむ三角の帽子(「ノンラー」と言うらしい)を被った一人の農民、そんなシーンを想起させる米焼酎に出会った。  ルアモイとネップモイはベトナムの米焼酎。うるち米(普通のお米)を使ったルアモイは、クセのほとんどない透き通った味わい。焼酎という響きから感じる重さはなく、軽やかに飲める水の上位互換のような口当たり。  私のお気に入りはもち米を使ったネ

懐かしく、愛おしい味 #登治うどん

 うどんはあまり好きではない。ただ、好き嫌いを超えた味が数年ぶりに私を呼び戻した。これは懐かしの味、高校の部活終わりによく食べていた青春の一部。昔は窓際の座敷で食べていたな、と回想しながら空いているテーブルに座る。  メニューを見渡す。親からの小遣いでやりくりしていたあの頃は一番安い「もり」ばかりを食べていたが、数年経った今はお金を気にせず注文できる。成長した私はちくわ天うどんにランクアップし、更にはミニかき揚げ丼を追加するまでに成長した。  合わせて1000円足らずのか

おまかせ全部レビュー #いしまる

 埼玉でビシッと決まった江戸前寿司を食べたい時は「いしまる」に。高価格帯のカウンター寿司では珍しく、客の訪問時間に合わせて個別で食事を始められるのが魅力です。時間指定の一斉スタートが現在の潮流ですが、親方は信念を持って個別スタイルを貫いています。  開店当初はフジタ水産の鮪を使っていること、居酒屋出身の親方が独学で握っていることばかりが注目されていましたが、最近では沼里親方の仕込みが光る実力派として知名度を上げているように思います。その証明として、食べログの百名店にも選ばれ

和食と日本酒を嗜む #おだしと、おさけ。すずめ

 おじさんたちが仕事の疲れをアルコールで流す、新橋はそういう場所だと思っていたが、実は開拓すればするほど魅力のある街だった。「すずめ」の客層は女性客からお年寄りまで様々で、飲み屋と言うよりは小料理とお酒を嗜む割烹料理店のよう。  お店は烏森神社の真裏、飲食店が密集した通りの中にあって、寿司界隈では伝説的な「新橋 しみづ」の横にある。小さくて分かりづらいお店なので、ここを目印に行くと分かりやすい。  割烹料理店のような要素はメニューにも。「おまかせ5品」を頼めば、その日のオ

おまかせ全部レビュー #冨所

 コロナで半年続けていた予約が途切れ、それからは月初めの予約戦争に負け続けていた私は、我慢できずに2万円以上する夜のおまかせコースを予約(6000円~のランチコースは人気過ぎて予約が取れません)。  一食にかけるお金としては理に適っていないように見えますが、本当に美味しい鮨が食べたい人は知らなきゃ損するレベルのお店です。「旨い」ではなく「美味しい」と表現した裏には丁寧な仕事と、分かりやすい味のインパクトに頼ることのない繊細な味わいへの尊敬の気持ちがあります。  店内は6席

自分なりのうなぎ屋の楽しみ方 #小川菊

 久しぶりに母と外出。私の母はあまり好みが合わないので、2人で食べるものは決まって鰻かとんかつのどちらか。とんかつは最近食べたので鰻をチョイス。川越では1、2位を争う有名店に1時間待ちで入店。  シンプルではあるが必要なものは全て揃っていて、老舗の余裕も感じさせる、そんなメニュー表。本日はお母様がご馳走してくれるとのことなので遠慮なく食べたいものを決める。  まずは「うざく(鰻ときゅうりの酢の物)」を頼んでウォーミングアップ。正午の太陽に晒されて火照った身体を酸味と冷たさ

おまかせ全部レビュー #鮨一

 ”寿司不毛の地”渋谷でおすすめできる数少ないお店の1つ。若手の親方は明るく会話を絶やさず、カウンターデビューにも安心して臨める雰囲気。特に土日限定の8000円ランチコースはハイコスパが有名で、若者から年配の方まで広く利用している。  店名の「一(はじめ)」は親方の名前ではなく「皆が一つになる」という意味らしい。握り手が一人ではないので、チームワークを重視した温かい店内だ。ネタへの仕事は江戸前そのもので、1つ1つの説明からはシャリから薬味まで細部に至るこだわりを感じた。

おまかせ全部レビュー #築地青空三代目丸の内

 カウンター寿司デビューをしたい人や、ちょっと贅沢なデートをしたい大人カップルにおすすめしたいお店がここ。つまみ4品に加えて、業界では有名なフジタ水産の鮪3貫を含む握り9貫が8800円で食べられるミドル級の人気店です。4回目の訪問でもしっかり楽しめる質を維持している板長佐野さんの努力に頭が上がりません。  この店が面白いのは、チェーン店だということ。実は本店が築地にあって、東京はもちろん名古屋や沖縄にも複数店舗を構えている実力派です。更に面白いのは、仕入れや料理が全て板長の

がっつりお腹を満たしたい時は #金子半之助 Otemachi One店

 大手町近辺で天ぷらを食べるとすれば、選択肢は主に2つある。以前は"天ぷら"そのものを楽しみたい時のお店を紹介したが、今回は天ぷらを通してがっつりお腹を満たしたい時のお店を紹介する。  この店で一番豪華な天丼は穴子がメインに置かれているようで、海老は大きすぎず、他の具材も過不足なくバランスよく配置されていた。見栄えの良い海老に重きを置きすぎて全体として物足りなくなってしまうよりも好感が持てる。味噌汁を一口飲んで簡単に胃を温め、天丼を自分のそばに引き寄せる。  「江戸前」の