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(7)友人Kについて

友人K

神奈川県南部。海の風が吹く町に住む高校時代からの友人Kの家にいる。彼が美術大学出身グラフィックデザインを専攻していたとかいう話は置いておいて、彼は一時間くらい前に会社に行ってしまった。月曜日の朝である。時計を見ると時刻は10時15分を指している。なんと中途半端な時刻に起きてしまったんだろう。せめて8時台に起きていれば「早起きムーブ」に入れていたものの、11時以降に起きてしまった「明日からがんばっていきましょうムーブ」にも入れず仕舞いである。

他人の家にひとりの状態でいると、やるべきこともやれることもないので、ふと目に入った聴いたことのないサニーデイ・サービスのCDを流すことにして、気分で煙草に火をつけて部屋を見渡してみると、なんと8畳くらいの面積に200冊くらいの本がある。アート関連の書籍が多く、さらさら表紙だけ見るのを続けていても飽きが来ない。あまりにも部屋の空間に対しての情報量が多いので、これまた都会の喧騒にいるような気持ちになってしまって、拒否なんてされることはなくて「お前さん、ずっとここにいていいよ。ここにある本、読めるだけ読んでみろよ」なんて声が聞こえてきて、挑発されるような一種の関係性を築くことができている、そんな錯覚に陥ってしまう。放流されている状態というのはとても心地がいい。

彼は、私の数少ない〈友人〉である。繊細で、ナイーヴで、彼の行動ひとつひとつに私は「ほほう」と感心してしまう。たとえ彼が、誰も見たことのないような形相で鼻くそをほじっていたとしても、彼をアーティスティックなんだなと思ってしまうだろう。いや、流石にそれはないか。綿棒で耳をほじっているその微妙な表情筋のことをまじまじと眺めてしまう気はする。ちなみに彼の部屋には無印良品の細軸綿棒があった。そんなことはどうでもいい。彼の気に入っているマットレスに灰が落ちてしまっていないかとても心配になる。窓の外は当たり前のように曇り空である。彼の話はまたしよう。

本日の一曲

paris match『KISS』
私が彼らを好きになったきっかけとなった曲。サウンド自体は全体的に渋谷系的ではあるし、数々のアルバムレビューを閲覧してみても彼らを渋谷系バンドと評しているものが多いが、当時の音楽シーンを俯瞰してみよう。paris matchの1stアルバムの発表が2000年4月。渋谷系のオリジンのうちのひとりである小沢健二は既にJFK行きのフライトに乗ってから既に3年ほど経っているし、悲しいかな、巨匠・小西康陽と歌姫・野宮真貴のピチカート・ファイヴだって2001年3月には解散することになる、そんな時代の転換期の真っ只中であったことだろう。云ってしまえば、一種の「残り香」ともいえてしまう彼らの音楽は、私たちに心地よい隙間風を感じさせてくれる。

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