「ほんとうの豊かさ」と「投げ銭」
*このノートは、無料で全文を公開している投げ銭モデルです。
私は昨年から実のところ、投げ銭収入で生計を立てている。
69年生まれの44歳。20代前半で結婚し、大学2年生の娘が一人いる。
結婚前まではらくがきの延長線上の絵を描いてばかりいた。
それが結婚と同時に、日給1万円以上のアルバイトを渡り歩くフリーター旦那へ。
そのタイミングで絵筆は折り、しかし、なぜだか今まで憧れでしかなかった音楽家宣言をする。全く経験はなかったし楽器も買ったこともない、なにもできない、自由な時間も減る、自由なお金はもっと無い。。
妻の山形の実家へ出産日に泊まったその部屋にあったアップライトピアノを、娘が産まれた記念に、と、すこしふざけた気持ちも含みながら、しかし夢中で即興ピアノ演奏をした。
その自分のピアノに自分で感動したのが音楽をやろうと決心したきっかけだ。
その後のことはここでは大省略して(また詳しく書くかも)、ざっと言うと、
当時私が日本で一番素晴らしいと思っていた音楽家に認められ、録音作品をその方の看板の下で毎年発表できるようになり、
人前に出るのが苦手で曲の再現などできない自分に沢山のライブ出演依頼が来るようになり、
それに無謀にも出たとこ勝負で即興で対応してる内に、月平均10本前後のライブ予定をコンスタントにこなす活動を15年近く続けるようになる。
同じことはほぼしないチャレンジングな私のライブは目撃してくれた人には大抵絶賛された(熱心なファンの数は常に少ないんですが)。
それでも、レーベルからの印税や演奏報酬だけで生活するような流れはどうしても作れずにマイペースでアルバイトを続けながら、仕事帰りにスーツ姿のまま演奏 というパターンの活動だった。
その活動スタイルを長い間維持して尚、今も活発である私を賞賛する声は身近なところからは小さな声ではあるけれど常に聞こえてきた。
しかし、賞賛されるべきはたった今なんです、本当は。
去年の年明けから、会社都合により失業し、失業給付をもらいながら求職活動を続け、うまく仕事が決まらないまま給付時期が終了してしまった去年の6月。
このままでは家族単位で路頭に迷ってしまう。。
そうだ!
自営しよう!
急遽作りおいていた楽曲をまとめて曲順を決め、翌日のライブからどこのレーベルからも通さずに手売りででっちあげたてホヤホヤの新作アルバムを販売。
初日で20枚売る。
そしてTwitterやFacebookやBCCメールを使って自力で宣伝し、20日間で100枚以上販売。
その後もコンスタントに売り続け、月10万の家賃や家族3人がマイペースに暮らせるだけの最低額はなんとかやりくりできている。。
。。というこの今の状況!
「音楽で食べていく」という困難とされていることを、実績できているんです。
そして、ここからがこのノートで語りたい本題。
私が販売している自分のアルバムや、去年末からはじめた音楽教室(「でたらめ音楽教室」という名前です。面白そうでしょ?)の授業料等、
いただける報酬に対して、実は値段を確定させていないんです。
つまり、投げ銭式。
値段を決めてもらえないと困る という方のために(モチロン自分の為にも)、アルバムだったら"希望支援価格"と称して目安は2千円です、
という提示はしますが、基本的には家や移動中とかに何度も実際に聴いてもらってから任意に値段を決めてもらう自由価格制 なんです。
アルバムクレジットにちゃっかり振込先口座情報載せてるんで(笑)後払いが可能なわけなんです。
それどころか、リスナーの経済事情を大いに考慮して、
「出世払い」や「どっかでいつかまた会った時の分割払い」
を推奨(笑)
だから売り上げを即回収できるわけではないんです。
でも、ひょんなことから再会した時に思わぬフィードバックがあるのはラッキーな気分にもなれるし、
自由価格が故に、個人個人の満足度や男気(女性でもね)によって高額の振り込みがいつ振り込まれてもおかしくない という毎日。
それで暮らしていけてるのだから、これは青天の霹靂、生き方として大発明です。それまでの生き方と比べれば。。
この自由価格、投げ銭方式という経済のスタイルは、保障要素こそ皆無ではあるが、これからの商売、経済のモデルとして、とても相応しいものであるように感じています。
私は、自活して支援を募る式の表現生活をスタートしてから変わりました。
日々の買物等の消費に対する意識や行動が変わったんです。
それまではなんでも駅ビルや大きなスーパーやコンビニ、勢力の大きなチェーン店、それらにお金を落としても割と平気でした。
それが今は、創意工夫のある個人店や素晴らしいアイデアを実行する小さな会社に消費することによって、それら小さくても嬉しいインディペンデントな存在達をダイレクトに応援できるんだ ということを身を以て知ってしまったので、消費に喜びが伴うようになったんです。
消費=損
という図式がひっくりかえり、
消費=サポート(自分も相手も嬉しい)
という意識になったんです。
世間一般の「普通な価値観」では、ポイントがたまるから と言っちゃあ、いつもの外資系の化け物企業に囲い込まれっぱなしで、バーゲンだ、どこよりも安い、だのとどこまでも自分の「得」を求めて下品な買物ライフでい続けていることに盲目であっても致し方ありません。
でも「豊かさ」において、なにが真に喜びと言えるのか。
我々は「損」や「得」の意味を履き間違えて麻痺してしまってはいないだろうか?
私はこの問題について考える時、正に「投げ銭」が今後の社会の傾向の鍵を握っていると思ってます。
このnoteサービスが始まったことも、「ほんとうの豊かさ」についての日本人の意識が今後どんどんと高まっていく大事な要因になるような気がしてならないのです。
*このノートは、これで終わりです
もしすこしでも心が動かされたという方がいたら、投げ銭をお願いします。
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