別れについて思い出したこと
ちょうど一年前の話。
僕が働いている会社である人が12月末で退職した。
彼が入社した経緯を詳しくは知らないけれど、どうやら定年退職後に何かしらの縁で採用されたらしい。彼は短時間勤務ではあるが、うちの会社の一部の仕事を担当していた。
小柄でとても物静かな男性だった。
彼とはエレベーターで会うことが多かった。次第に話をするようになった。最初、どちらから話しかけたのかは覚えていない。
彼とは日常の些細な話をよくした。それはほとんどすべてが天気の話に集約される。気づけばいつも話しかけるのは僕の方だった。僕は彼とそんな些細な話をするのが好きだった。
「最近やっと暖かくなりましたね」
「今日雨降ってますけど、天気予報も雨でしたっけ?」
「もう梅雨明けしたんですよね?」
「ここ数日冷え込みますね」
彼と会話するのはいつもエレベーターに乗り、会社のビルを出るまでのほんの数分間だった。たかがその数分が僕には心地良かった。仕事中に息を抜ける唯一と言っていい時間だった。
彼が退職する日、僕は外出していた。用事を終え、会社に戻る時、両手に紙袋を抱えた彼がゆっくりと歩いて来るのが目に入った。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
「今日で最後ですよね?」
「はい」
「本当にお疲れ様でした」
「〇〇さんもこれからもお仕事頑張ってください」
「はい、頑張ります。〇〇さんもお身体にはお気をつけて」
彼と天気以外の話をしたのはその時が初めてかもしれない。
彼と会うことはおそらくないだろう。たとえ会ったとしてもどんな話をしていいのか分からない。あの状況、あの空間だからこそ意味があったのだと思う。
一期一会なんて大それたことは言わないけど、少なくとも僕にとっては大切な出会いであったし、退職すると聞いて、寂しくもなった。
そんなことを思い出しました。
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