だれかのどこかに刺さる、なにか

邦画の、世界観を大切にする凝った装丁のパンフレットが大好きだ。

昨日鑑賞前に買ってきたパンフレットの表紙を触りながら、やっぱり箔押しはウキウキするなあとしみじみ噛みしめている。
つるりとしたPPのかかっていない、真っ白でもない優しい印象の紙に、マットな黒の箔押しタイトル。
またひとつ、お気に入りのパンフレットが増えた。

『メタモルフォーゼの縁側』を、初日のレイトショーに滑り込んで鑑賞してきた。
SNSで見かけてから、ずっと公開を楽しみにしていた作品だ。
お恥ずかしながら原作は読んだことがない。
映画のお知らせを見てこの作品を知ったので、映画を観るまで予告以外の情報は入れなかった。
BLを通じて芽生えた歳の差58歳の友情というキャッチコピーに惹かれ、
大きくなった芦田愛菜ちゃんの芝居を見られるのが楽しみだった。

一か月前に公開されたこの予告もすごくよかった。

※以下、映画の内容を含みます


展開は全体的に緩やか。
でも、全編を通して確かなリアルが息づいていて、なんてことないセリフやカットに、何度もこみあげるものがあった。

目に見えてキラキラしてなくても皆に平等にある青春。
いろんなかたちの友情。
一歩踏み出して生まれるほんの少しの奇跡。

どんな言葉を使ってもこの映画を的確に表現することはできないなあと思うからこそ、ぜひ自分の目で観て感じてほしいと思う映画だった。

実際に同年代の彼女が等身大の高校生を演じることで、あの頃のわたしたちを思い出す人は、決して私だけではないと思う。
メイクやファッションの話で盛り上がるきらきらした女の子たちが身近にいながら、平日も休日も毎日ノーメイクで、服もよくわからない自分。
勉強がよくできるわけでもなくて、どこかに自分のなにかを見つけたくて、でも何かができる気もしなくて、制服を着られる時間が短くなっていく焦り。
でも漫画やアニメを読んだり見たりするのは楽しくて、徹夜して夢中になったこと。そのせいで授業中は毎日眠すぎて、よく居眠りしていたっけ。
親がきびしいひとだったから、漫画はほとんど持っていなくて、勉強がいちばんだった。そこから抜け出して何かをする勇気は私にはなかった。

だからこそ、漫画が好きで好きで、いつの間にか自分も漫画を描きたいと思って、自分の手の届く範囲で道具をそろえて行動に移したうららちゃんは、本当にすごいと思う。
私は絵を描かない。へたくそにしか描けないから、遠い昔にあきらめてしまった。小学生や中学生の頃はよくノートにお絵描きをしていた。うまくなれなくて、遊んでいないで勉強しろと言われて、いつの間にか描くのをやめていた。
あのとき描きたい気持ちに素直に夢中で描いていたら、今どうなっていただろうかなんて、思ってもみなかったことを昨日から考えている。

絵を描くことはあきらめたけれど、成人してから文章は書くようになった。お話を考えるのは昔から大好きだったから、ものを作る手段にもいろいろあるのだと知った時は、うれしかった。
でも、子供を卒業してから自分で表現することの本当の楽しさを知ったことは、嬉しいと同時に悔しくもある。

人って、思ってもみないふうになるものだからね、というセリフが劇中にある。
本当にそうだと思う。結局やりたいことを貫く人には誰もかなわない。好きを貫いていった先には、技術面の才能を超えたなにかがきっとある。

時代が変わっても、うららちゃんが過ごしている思春期は、遠い昔に雪さんが過ごした思春期と大きくは変わらない。
日の光に透かして絵を写すうららちゃんの背中を見つめる雪さんのカット。
しばらくのあいだセリフがなく無言だったけど、めちゃくちゃに泣いた。
言葉以上に、伝わるものがあそこにはたくさんあった。

縁側で楽しく過ごすふたりを見ているだけで、涙が出そうになる。
傾いていく日差しと、カレーのいいかおり。
何かに一生懸命で、毎日やりたいことがあって、駆け足で帰っていく放課後。何かをしながらつい鼻歌を歌ってしまう昼下がり。
自分の思っていることを伝えるのが苦手で言葉もうまく出なかったうららちゃんが、弾かれたように自ら話をして表情豊かになっていく様が鮮やかで、ひどく眩しかった。
ひとりで毎日を淡々と過ごしていた雪さんに、いろんな表情がよみがえってくるのが、堪らなかった。
やりたいことを一生懸命やりぬいたのに、怖さが勝って思うようにならなかったまだ若いうららちゃんに、胸がぎゅっとなった。
雪さんの、自分が心から好きだと思ったものを純粋に好きでいる姿勢にも、感銘を受けた。好きなものは好きだと、私もいくつになっても胸を張っていたい。ひどく美しい字で手紙を認めるシーンも、楽しそうな笑顔の雪さんの笑顔を見て涙が止まらなかった。

部活動や学校行事で劇的なドラマがなくても、放課後友達と寄り道しなくても、色恋沙汰にやきもきしなくても、友達がたくさんいなくても、高校生はいまそこにいるだけで間違いなく青春だし、
仕事も引退して、子供が大きくなって手を離れて、毎日大した予定がなくても、心がキラキラしていれば間違いなく青春と呼んでいい。

人生は一度きりだ。私もずっと、なにかに熱中しながら歳を重ねていきたい。
難しいことを考えることも増えるけれど、せっかくなのだから楽しいことばかり覚えていたい。
抱きしめたくなるくらいやさしくてあったかい、素敵な映画だった。

ふたりをがらりと変えた縁側みたいに、わたしもこの映画をきっかけに、今日からもっと日常のうきうきを大切にしながら生きていこうと思う。

それにしても、素敵な表紙だ。
次にうららちゃんが本を出すときは、ぜひ箔押しをおすすめしたい。
彼女の人生は私よりも幾分か長いはずだから、まだまだ機会はたくさんある。


最後に、ふたりがカバーする主題歌があまりにいいのだけれど、フルを永遠に聴くツールはないのだろうか。
T字路さんの原曲をずっとサブスクでリピートしている。
縁側をバックに流れ始めるうららちゃんのソロから、最後までずっと泣いていた。
あの曲を聴くためだけに、もう一度映画館へ行きたいくらい、大好きだ。

書きながら調べていたら、まさに今日、1分ほどだけMVが公開されていた。神すぎる。永遠にリピートしますありがとうございます。

わたしのどこかに刺さったものが、他の人と同じところに刺さる気はしないけれど、でも必ずどこかに深く刺さって、もう一回人生頑張ろうと思える映画なので、ぜひいろんな人に見てほしいと思う。

誰かのどこかに刺さって、あたたかく居座ってくれるなにかが、確かにこの映画にはあると思うから。

映画公開記念で、原作漫画が20話まで公開されているので、私も読んできます。

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