見出し画像

高齢者雇用

はじめに

皆さんこんにちは。「新しい働き方」をテーマに連載している中でも、今回は高年齢者雇用について取り上げます。

人生100年時代と言われる中、高年齢者の雇用とそれに関連する制度は近年大きく変化しています。これらの変化は私たちの働き方にどのような影響をもたらすのでしょうか。

また、高年齢者を雇用する企業側が果たすべき役割や課題についても詳しくお話していきます。最後まで読んでいただければ幸いです。

基礎知識


本章では、高齢者雇用において一番重要な法律である「高年齢者雇用安定法」の解説をすると共に、実際に働く高齢者には切っても切り離せない年金との関係についても取り上げていきます。

・高年齢者雇用安定法


この法律は、少子高齢化が急速に進行し人口が減少する中で、経済社会の活力を維持するため、働く意欲がある誰もが年齢にかかわりなくその能力を十分に発揮できるよう、高年齢者が活躍できる環境整備を図る法律です。
(高年齢者雇用安定法改正の概要‐厚生労働省)

つまり、労働者人口の減少による経済の低迷・年金問題を解消するために意欲的な高年齢者に労働してもらおうとする法律なのです。

2021年4月1日に高年齢者雇用安定法が改正され、65歳までの雇用確保が義務化・70歳までの就業機会の確保が努力義務になりました。

・65歳までの雇用確保 

2025年3月までは経過措置となっています。

1,65歳までの定年制の延長
定年を既存の60歳から65歳に引き上げる制度で、近年では、60歳~65歳の間で定年年齢を選択することが出来る「選択定年制」を導入する企業も増えてきました。

2,65歳までの継続雇用制度(勤務延長・再雇用制度)の導入
本人が希望すれば、定年に達した従業員を引き続き雇用する制度(勤務延長)
に加えて、
定年を迎え退職した従業員と新たに労働契約を結ぶもの(再雇用制度)があります。

※基本的に、勤務延長は延長後の退職時、再雇用は定年時に退職金が支給されます。
勤務地や勤務日数、給与形態などに関し、双方にとって負担の少ない条件で契約を結び直すことが出来ることがメリットです。

※現在の日本では、定年後の雇用では給料が大幅に下がることが少なくないです。しかし、「同一労働・同一賃金」の観点から、定年時と業務内容がほとんど変わらないのに大幅な減給は違法になります。

過去の判例から鑑みると、
労働者の生活保障の観点から基本給の減額率40%が上限」となります。
会社側は高年齢者雇用安定法の趣旨に反しないように、労働者は一方的に不利な条件で契約させられないよう注意する必要があります。

3,定年制の廃止
従業員の定年時期が不透明になることや、加齢に伴う業務遂行能力等の問題がデメリットであり、導入している企業は少ないです。

上記のうちいずれかを行う事が義務化されました。

・70歳までの就業機会の確保(高年齢者就業確保措置)

以下の1~5のいずれかの措置(高年齢者就業確保措置)を講じるよう努める義務があります。

1,70歳までの定年引き上げ

2,定年制の廃止

3,70歳までの継続雇用制度(再雇用・勤務延長制度)の導入
※ 65歳以降は、特殊関係事業主以外の他社で継続雇用する制度も可能。特殊関係事業主とは、自社の①子法人等、②親法人等、③親法人等の子法人等、④関連法人等、⑤親法人等の関連法人等を指す。

4,70歳までの継続的に業務委託契約を締結する制度の導入

5,70歳まで継続的に以下の事業に従事できる制度の導入
a.  事業主が自ら実践する社会貢献事業
不特定かつ多数の者の利益に資することを目的とした事業に従事させること
※特定の宗教の教義を広め信者を教化育成することを目的とする事業や政党を推薦・支持・反対することを目的とする事業は該当しない
b.  事業主が委託、出資(資金提供)等をする団体が行う社会貢献事業
自社以外で従事させる場合、事業の運営に対する出資や事務スペースの提供など必要な援助を行う必要がある

※以上の高年齢者就業確保措置は努力義務であるため、対象者を限定する基準を設けることが可能です。
ただし、会社が必要と認めた者に限る、男性(女性)に限る、組合活動に従事していない者に限るなどの基準は不適切で認められません。

(高年齢者雇用安定法改正の概要‐厚生労働省)

図のようにしっかりとした基準を設ける必要があります。

・国から事業主に対する支援

企業が高年齢雇用を進めるための環境整備をしたり、高年齢者を雇用した場合、助成制度や税制上の優遇措置を受けることが出来ます。

1,65歳超雇用推進助成金
65歳以上への定年引上げ・高年齢者の雇用管理制度の整備等・高年齢の有期契約労働者の無期雇用への転換の3つのコースにつき事業主に支援が行われます。

2,特定求職者雇用開発助成金(特定就職困難者コース)
高年齢者や障害者等の就職困難者をハローワーク等の紹介により、継続して雇用する労働者(雇用保険の一般被保険者)として雇い入れる事業主に対して助成されます。

3,高年齢労働者処遇改善促進助成金
60歳から64歳までの高年齢労働者の処遇改善に向けて就業規則等の定めるところにより高年齢労働者に適用される賃金規定等の増額改定に取り組む事業主が対象です。

・労働者が利用できる制度~高年齢雇用継続給付

60歳時点に比べ、賃金が75%未満に低下した状態で働き続ける60歳以上65歳未満の雇用保険被験者へ支払われる給付金のことです。

雇用保険の保険給付(基本手当等)を受給していない方が対象の「高年齢雇用継続給付金」と、保険給付(基本手当等)を受給し60歳以降に再就職した方が対象の「高年齢再就職給付金」の2種類があります。

また、失業等給付のうち、高年齢再就職給付金と再就職手当は併給が出来ないため、どちらを選択するかしっかりと考える必要があります。

(雇用保険事務手続きの手引き‐厚生労働省)


~高年齢雇用継続給付の支給額計算~

①    賃金低下率が 61%以下の場合
支給額=実際に支払われた賃金額×15%

②    賃金低下率が 61%を超えて 75%未満の場合
実際に支払われた賃金額×〔支給率〕% = ×100

③    賃金低下率が 75%以上の場合 支給額=支給されない。

(雇用保険事務手続きの手引き‐厚生労働省)

・年金との関係性

65歳以上の労働者は、「年金を受け取らないで働く」か「年金を受け取りながら働く」を選択できます。

・就業しながら年金を受け取らない

65・70歳まで勤務を続け厚生年金へ加入した場合

平均標準報酬額30万円×5.481÷1000×60ヶ月=98,658円(65歳まで加入)

平均標準報酬額30万円×5.481÷1000×120ヶ月=197,316円(70歳まで加入)

※70歳以上で厚生年金の適用事業所に勤める場合は老齢年金が停止される

・就業しながら年金を受け取る

老齢厚生年金と給与の合計が48万円(令和5年度の支給停止調整額)を超えた場合支給が一部or全額停止される。

【例】給与40万円(月額)、賞与120万円(年間)、老齢厚生年金14万円(月額)、老齢基礎年金6万円(月額)の場合

(働きながら年金を受給する方へ‐日本年金機構)


給与と老齢厚生年金の合計が1月あたり64万円で、支給停止調整額の48万円を16万円超えているため、支給される老齢厚生年金から16万円の2分の1の額である8万円が支給停止されます。

年金を受けながら高年齢雇用継続給付を受け取っている場合、上記の在職による年金の支給停止に加えて、さらに支給が一部停止になります。

※年金の支給停止額の上限は、最高で標準報酬月額の6%に相当する額になります。

(雇用保険の給付を受けると 年金が止まります!‐日本年金機構)

判例

ここまで高年齢者雇用の基礎知識や関連制度ついて解説していきました。お読みいただいた皆さんは、高年齢者が60歳以降も働き続ける仕組みが既に整えられているように感じたかと思いますが、実際は定年後の仕事内容や賃金について様々なトラブルが生じています。

この章では二つの判例を解説していきます。

1)トヨタ自動車事件(平成28年9月28日名古屋高裁)
トヨタ自動車事件は、定年後の高年社員の中でも能力の高い人材とそうでない人材の業務内容の違いに関して問題が起こった事件です。

【事件の概要】
① 自動車等及びその部品製造・販売の事業を行うY社に事務職として雇用されていたXが、定年に伴う再雇用制度として「パートタイマー」としての雇用が提示されたが、Xはあくまで「スキルドパートナー」としての再雇用を希望したため結局同意せず、定年退職となった。

この会社では、定年後の再雇用制度として、所定の判断基準(健康、職務遂行能力、勤務態度等)のすべてを満たすものに対して提示される「スキルドパートナー」と当該基準のいずれかを満たさないものに対して提示される「パートタイマー」とがあった。

② XはYに対し、事務職としての再雇用契約上の地位の確認と賃金や一時金、損害賠償の支払いを求めた。

Xは長年事務職に従事し、定年前は主任の資格を有していたのにもかかわらず、Y社から提示された定年後の再雇用契約の内容は清掃業務等の単純労働でした。Xは提示された業務内容や賃金に納得ができないとの訴えを起こしたのです。

第一審判決)
Xがスキルドパートナー(以下Sと略す)としての再雇用者選考基準を満たしていないことから、Y社がSとして再雇用しなかった措置には問題がないとしました。また、Y社がパートタイマー(以下Pと略す)としての再雇用を提示し、これをXが拒否したことから、Pとして雇用しなかったことも違法ではないとしてXの主張を全面的に退けました。
控訴審判決)
第一審判決と同じように、Y社がXをSとして再雇用しなかったことは違法ではないとしました。一方で、Y社がPとしての清掃業務等の単純作業を提示したことは違法行為に該当するとしてPとして雇用されていた場合に得られたであろう賃金に相当する慰謝料の支払いをY社に命じました。

この控訴審判決で注目すべきポイントは、定年後の再雇用における会社からの労働条件の変更は、その相当性がなければならないというものです。

裁判所は、「改正高年法の趣旨からすると、(略)、両者が全く別個の職種に属するなど性質の異なったものである場合には、もはや継続雇用の実質を欠いており,むしろ通常解雇と新規採用の複合行為というほかないから、従前の職種全般について適格性を欠くなど通常解雇を相当とする事情がない限り、そのような業務内容を提示することは許されないと解すべきである。」と示しています。

日本において有数の大企業が、事務職としての業務には多種多様なものがあるはずにもかかわらず、清掃業務等の仕事のみを業務内容とすることは清掃業務以外に提示できる事務職としての業務があるか否かの検討を行ったとは認めがたいとして、Xに対する慰謝料を命じました。

再雇用後の職務範囲について従来の業務とは全く異なる業務をオファーすることは、その従前の職務と比較して適格性を欠く場合には違法となるという判断を示した点が注目すべき点です。この判決から分かるように、会社側は、再雇用後の高年社員の業務内容に関して、これらの判断を個別の社員ごとに行った上で労働条件を提示する必要があります。

2)長澤運輸事件(平成30年6月1日最高裁判決)
上の判例では高年社員の業務内容に関する判例でしたが、ここで解説する判例は高年社員の賃金に関する問題になります。

【事件の概要】
① 運送会社で働く、定年後に再雇用された嘱託社員(有期雇用労働者)の乗務員Xが、職内容が同一である正社員との間に待遇差を設けるのは無効であると訴えた事件。
② 第一審では労働者側の全面勝訴となり、第二審では会社側の全面勝訴、最高裁ではXに支給される賃金について、「精勤手当」と「時間外手当」を除き、正社員との待遇格差は不合理ではないと判断された。

Xの主張はこうです。「定年後も従来と同じ業務に従事し、それが同一会社の無期労働契約の正社員と同じ業務なのにもかかわらず待遇面で差異があるのは不合理ではないか?」というものです。この事件は第一審と第二審で真逆の結果となり、話題となりました。

第一審判決)
職務の内容と人材活用の仕組みも同じであるにもかかわらず、格差をつける合理的理由もないとして、正社員に適用される賃金水準で賃金を支払うことを会社に命じました。

第二審判決)
第二審では、職務の内容や人材活用の範囲が正社員と同じであることは認めつつも、定年後の再雇用社員の賃金が定年前より下がることは世間的にも広く行われていることであり、格差は不合理ではないと判断されました。

最高裁判決)
概要でも説明しましたが、最高裁ではXに支給される賃金について、「精勤手当」と「時間外手当」を除き、正社員との待遇格差は不合理ではないと判断されました。

ここからは少し難しい解説になるので初心者の方は読み飛ばしてもらっても構いません。最高裁の判断のポイントとして、一つ目に有期契約労働者が定年退職後に再雇用されたものであることが労働契約法20条にいう「その他の事情」に該当する者であると判断し、賃金格差が不合理であるかどうかの検討にその事情が考慮されるべきであることを示しました。

旧労働契約法第20条
有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

要するに、有期雇用労働者の置かれている立場(定年後退職後の再雇用者であるかどうかなど)を踏まえたうえで総合的に検討する必要があるということです。やみくもに有期・無期雇用労働者間の賃金格差の不合理かどうかの判断をしてはならないということです。

日本の雇用制度は年功的な処遇を前提としており、正社員として定年まで長期間雇用しますが、定年後の再雇用についてはこの有期雇用労働者を長期間雇用することは一般的であるとは考えられていません。また、最高裁はこの有期雇用労働者は一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることができるため、賃金については正社員と全く同じようにすることはできないという考え方をとりました。裁判所が示した「その他の事情」はこれらの考えにあたるのではないでしょうか。

二つ目のポイントとして、基本給や諸手当など個別の賃金ごとに不合理であるかどうかの判断をすべきであるということです。ここでは基本給や各種手当について、不合理であったかどうかの判断については省略しますが、第二審で判断された「定年後は賃金が下がる。それに関しては社会的相当性がある」のような、ぼんやりとした判断基準は用いられませんでした。

これらの判断のポイントから、Xに支給される賃金について、「精勤手当」と「時間外手当」を除き、正社員との待遇格差は不合理ではないと判断され、一部を除いて会社側の勝訴となりました。

この判決から学ぶべきことは、二つあります。一つ目に、有期雇用労働者が正社員と同じ仕事をしていることを理由に同一の賃金をもらえるとは限らないということです。この点は同一労働同一賃金とも関わりのある話となっているので、興味を持った方はこのテーマも学習してみてください。二つ目に、判決でこの有期雇用労働者に支給される一部手当てが正社員と比べて不合理な支給体制であったと判断したように、今後は賃金体系を定める会社にとって、労働者の置かれている立場に応じて賃金や手当ごとにその趣旨や目的を判断しながら決めていかなければならないということが明らかになりました。

ただ、この判決だけでは有期雇用労働者で高年社員の賃金水準が正社員と比べどの程度であるべきか、賃金の引き下げはどこまで許容されるのかについては結局のところ明確になったとは言えず、今後も個別の事案ごとに判断していく必要があるでしょう。この問題は次の章でも述べる高年社員を雇うことによる会社側の負担の説明にもつながっているお話になります。ここまで判例の解説をお読みいただきありがとうございました。

参考文献
雇用社会の25の疑問
086571_hanrei.pdf (courts.go.jp))
087785_hanrei.pdf (courts.go.jp)
【長澤運輸事件】最高裁判所判決を日本一わかりやすく解説してみる|Work×Rule (workruleblog.com)

企業側

ここまで定年後の仕事内容やトラブルについて実際の判例を見てきました。では企業側の視点に立ったとき高齢者を雇用する際にどういったメリット・デメリットがあるのか、また高齢者を雇用する際の注意点などについて説明していきたいと思います。

メリットとデメリット
まず高齢者を雇用する際に生じるメリットとデメリットにはどういったものがあるのでしょうか。
・メリット
①     労働力不足の解消
近年少子高齢化によって働き手が不足している中、元気な高齢者を活用することは企業にとって大きなメリットがあります。
②     経験や人脈、ノウハウの活用
豊富な経験や知識、多くの人脈を持つ高齢者を雇用することで企業の競争力を高めることができると同時に即戦力にもなります。さらに高齢者による社内教育を実施し若手社員に自身の経験やノウハウを教えることで従業員のスキル向上や人材育成にもつながります。
③     働きやすい職場環境の形成
高齢者の健康と安全に配慮した職場づくりは高齢者以外の労働者にとっても働きやすい職場環境につながります。柔軟な対応ができる職場は育児と仕事の両立などがしやすくなり、従業員の定着が期待できます。
④     職場の活性化
年をとっても働きたいという労働者が周りにいると他の従業員のモチベーションの向上にもつながります。また新たな事業などを考える際に高齢者ならではの視点や考え方によって企業の力を高めることができます。
⑤     国からの援助
最初の基礎知識のパートでも少し説明しましたが、高齢者を積極的に雇用すると助成金や税制上の優遇措置の対象となります。高齢者を雇用することで企業が受けられる助成制度については以下のものがあります。
・65歳超雇用推進助成金
・特定求職者雇用開発助成金(特定就職困難者コース)
・高年齢労働者処遇改善促進助成金
また税制上の優遇措置としては、従業員数の合計から65歳以上の従業員を除くと100人以下になる場合、事業所税を免除されるという措置があります。また地域により社員以外の65歳以上の従業員の給与合計額は事業所税の課税標準となる従業者給与総額の算定から除外されることもあります。

企業が高齢者を雇用する際に生じてくるデメリットもいくつか存在します。
・デメリット
①     体調・体力面における不安
高齢者が働く際に一番の不安要素は体調や体力面です。健康面における様々なリスクが存在するので企業が高齢者を雇用する際の懸念点の1つとなります。
②     デジタルへの対応
若者と比べて高齢者はITやデジタルへの知識がないことがあります。そのため業務内容によっては仕事がスムーズに行かない場合もあります。
③     費用対効果が悪くなる可能性
既存のシステムのまま高齢者を雇用すると若手社員より給与が高いのに活躍する機会が少なく、費用対効果が悪くなることもあります。

・高齢者を積極的に雇用している企業例
ではどういった企業が高齢者を積極的に雇用しいているのでしょうか。ここでは実際に高齢者を積極的に雇用している企業の例をいくつか紹介します。
・ノジマ
2020年までのノジマの定年・継続雇用制度は「65歳定年」のみでしたが、2020年月に、現行の再雇用制度の80歳までの規定化を実施しました。
・大和ハウス工業株式会社
2003年に60歳定年後の「嘱託再雇用制度」を導入、2013年には定年延長を実施、「65歳定年制」が実施されました。その後も取り組みは続き2015年には65歳定年後の再雇用制度である「アクティブ・エイジング制度」を導入し、年齢上限のない高齢者活用を始めました。
・株式会社りそなホールディングス
りそなホールディングス傘下のりそな銀行と埼玉りそな銀行は、2021年、定年を60歳から延長し、65歳までの間で自由に選べるようにしました。「選択定年制」は一律に65歳まで定年を引き上げるのではなく、個人の多様な生き方に応じて選択できる制度の実現が基礎となっています。またりそな銀行とさいたまりそな銀行では2019年から定年後の継続雇用の上限年齢をそれまでの65歳から70歳までに延長しています。選択定年制導入によって従業員によって定年退職時の年齢は異なりますが、70歳まで働く選択肢が用意されています。

企業が押さえておくべきポイント
最後に高年齢者雇用安定法について、企業が押さえておくえき実務上のポイントをいくつかご紹介します。
・嘱託やパートなど従来の労働条件を変更する形での雇用は可能
継続雇用制度は、高年齢雇用安定法の趣旨に沿っていればこれまでの労働条件を変更しても問題ありません。労働時間・賃金・待遇については、本人と十分相談する必要があります。また契約の更新に関しては1年更新とすることも可能ですが、原則として65歳までは更新される形にする必要があります。
・定年とは異なる業務に就く場合は研修が必要
高年齢者が定年前と異なる業務に就く場合については、研修や教育、訓練を行うことが望ましいとされています。特に、雇用による措置(定年引上げ、定年制の廃止、継続雇用制度の導入)の場合、安全または衛生のための教育を必ず行わなければなりません。「雇用によらない措置の場合」は、安全または衛生のための教育をすることが「望ましい」とされています。
・高年齢者就業確保措置は希望する全員を対象としなくてもよい
高年齢者就業確保措置は努力義務とされているため、対象者を限定できます(定年の引き上げと定年の廃止を除く)。しかし恣意的に一部の高年齢者を排除するものであってはいけません。例えば「会社が必要と認める場合」とするのはNGですが「過去○年間の人事考課が○以上である者」や「過去○年間の出勤率が○%以上である者」など明確かつ客観的な基準であれば対象者を限定することができます。
・経過措置(改正高年齢者雇用安定法施行以前に継続雇用制度の対象を限定していた場合)
改正高年齢者雇用安定法が施行されるまでに、労使協定で継続雇用制度の対象者を限定する基準を決めいていた事業主の場合は経過措置を利用することができます。

いかかでしたでしょうか。ここまで高齢者を雇用する際に起こる問題点や注意点、メリット・デメリットを説明してきました。高年齢者雇用安定法に伴って高齢者を雇用する企業はこれから増えてくると思いますが企業側はやみくもに採用するのではなくその際に生じてくるメリットやデメリットを考慮に入れた上で総合的に判断していく必要があります。
参考文献

https://saponet.mynavi.jp/column/detail/tn_romu_t00_employment-stability-law_220725.html

https://www.jeed.go.jp/elderly/data/q2k4vk000000tf3f-att/q2k4vk000002vgon.pdf

就業者側

次は就業者について触れていきます。
少子高齢化が騒がれたり、高年齢者雇用安定法が改正されたりと高齢労働者の話を耳にすることも増えてきています。
そんな中で高齢労働者についての知識が少なく、高齢になることへ漠然と不安を抱く若い就業者も多いと思います。
そこで、本稿では現在の高齢就業者にまつわる情報を、若い就業者に知ってもらえるよう、できるだけ分かりやすく紹介します。

○ まずは就業者の人数です。

高齢就業者はどれくらい存在するのでしょうか。
総務局統計局のデータを基に紹介します。
このデータが定義する高齢労働者とは65歳以上のことを指します。

そもそも就業者全体は2021年時点で約6713万人います。
それに対して高齢就業者は2021年時点で約909万人います。
高齢就業者の数は2004年から18年連続で増加しており、2021年は過去最多となりました。

過去最多になった理由として、2012年から2016年を中心に「団塊の世代」が65歳になり始めたことが挙げられます。
また、2017年から「団塊の世代」が70歳になり始めたことにより、70歳以上の就業者も増加しています。

高齢就業者909万人は就業者全体6713万人の約13.5%を占めています。
こう聞くと多いような、少ないようなですね。
人口自体は今後、減っていくことが予想されているので、高齢者の人口もいずれ減る可能性もありますが、少なくとも割合は今後も増え続けていくと思われます。

○ 次は高齢就業者の働く意識についてです。

内閣府が開示する高齢社会白書を見ていきます。
2020年の高齢社会白書は全国60歳以上の男女1755人の回答を基に、就労に関する実態や意識について調査したものです。

2020年の高齢社会白書では収入のある仕事をしている人は654人で、全体の37.3%でした。

そのうち、34.3%がパート・アルバイト、10.6%が契約社員、自営業・個人事業主・フリーランスが33.0%でした。
正規社員や企業の役員は合わせて約20%でした。
654人のうち、「仕事をする理由」で最も多かった回答は「収入」で、45.4%でした。

内閣府ホームページ「2 就業の状況|令和2年度高齢社会白書(全体版)」より作成
内閣府ホームページ「2 就業の状況|令和2年度高齢社会白書(全体版)」より作成

一方、収入のある仕事についていない人は1101人でした。1101人のうち、「今後収入を得られる仕事につきたいか」で最も多かった回答は「仕事につくつもりはない」で、87.0%でした。
その理由について聞いたところ、最も多かった回答が「体力的に働くのはきついから」が31.8%、「健康上の理由」が24.5%となっています。

内閣府ホームページ「2 就業の状況|令和2年度高齢社会白書(全体版)」より作成
内閣府ホームページ「2 就業の状況|令和2年度高齢社会白書(全体版)」より作成

全体1755人に「何歳ごろまで収入を伴う仕事をしたいか(したかったか)」を聞くと、「65歳くらいまで」が25.6%、「70歳くらいまで」が21.7%、「75歳くらいまで」が11.9%、「80歳くらいまで」が4.8%、「働けるうちはいつまでも」が20.6%でした。

内閣府ホームページ「2 就業の状況|令和2年度高齢社会白書(全体版)」より作成

以上の調査結果から、高齢になっても働く人の約半分が収入を求めており、逆に働かない人は体力や健康への憂慮であり、働く人も働かない人も働いて収入をもらうことへの意欲はあることが考えられます。

○ 収入を増やすにはどうすれば?

ここまでで、働く高齢者も働かない高齢者も収入を求めていることが分かりました。
ただ、高齢者になってから収入を増やすことは現実的ではないですよね。体力や健康への憂慮も先ほど述べられていました。

また、総務省が2022年に実施した労働力調査によると、男性も女性も60歳以降に非正規職員・従業員の比率が増えることが分かっています。
具体的に、男性は55〜59歳まで非正規職員・従業員が11.0%でしたが、60〜64歳で45.3%、65〜69歳で67.3%と急激に上昇しています。
女性も男性ほどの上昇率はないものの、60〜64歳で74.4%、65〜69歳で84.3%と男性以上の割合になっています。

内閣府ホームページ「1 就業・所得|令和5年版高齢社会白書(全体版)」より作成

一般的に非正規労働は正規労働よりも賃金が安いため、非正規労働へ転換しやすい65歳以降に収入が減ってしまう人は多くなると言えるでしょう。

ではどのようにすれば高齢者になった時に収入が増えるのでしょうか。
それに対して政府が用意した制度がiDeCoになります。

○ iDeCoとは

iDeCoの概要を紹介します。
iDeCoを簡単に言うと、個人が難易度の低い資産運用で老後の年金を積み立てる制度です。

iDeCoは個人型確定拠出年金制度で、「自分が拠出した掛金を、自分で運用し、資産を形成する年金制度」です。
「人生100年時代」に備えることを目的に作られた制度です。

もう少し噛み砕いて説明してみます。

iDeCoを利用すると、運営管理機関が提示する金融商品を選んで、月々お金を支払います。
→このお金を掛金と呼びます。何の商品にどれくらい掛金を配分するかを決めることを運用と呼びます。

運営は払ってもらったお金で利益向上を目指します。
見事、利益が向上した場合、運営はその利益をお金を払ってくれた人にも、払ってくれた金額に応じて分配します。
→その分配金を老後に受け取る制度を確定拠出年金と呼び、掛金を企業ではなく自分が払うので個人型確定拠出年金制度と呼ばれています。ちなみに企業が掛金を払うと企業型確定拠出年金と呼びます。

○ iDeCoのメリット

iDeCoには大きく3つのメリットがあります。

1つ目は掛金が全額所得控除となることです。
基本的に所得をもらう際は、所得税や住民税などが所得から何%か引かれます。
その際にiDeCoを利用すれば、iDeCoに使った掛金が所得から引かれ、税が軽減されます。

2つ目は運用益も非課税で再投資されることです。
一般的に、金融商品を運用すると、運用益に課税されます。
しかしiDeCoなら非課税で運用益が手に入ります。
iDeCoは運用益をそのまま投資に使えます。このことを再投資と呼びます。
再投資することでより多くの運用益が手に入りやすくなります。

3つ目はiDeCoで積み立てたお金を受け取る際も大きな控除ができることです。
iDeCoからお金を受け取る際は年金か一時金かを選択できます。
一時金の場合、退職金のように扱われます。年金として受け取ると公的年金等控除になり、一時金は退職所得控除の対象となります。一般に、年金や退職金には税がかかりますが、年金や退職金には多めの控除があります。
iDeCoが年金や退職金のように扱われることで、控除の対象になり、少ない税で所得を貰えます。

○ iDeCoの注意点

iDeCoにも注意点があります。今回は特に注意すべき3つを紹介します。

1つ目はiDeCoで積み立てた資産は原則60歳まで引き出せないことです。
iDeCoは年金制度なので、高齢者になるまでは資産を引き出せません。
ただ、この点は貯蓄が苦手な人にとっては有効に働くかもしれません。

2つ目は元本割れのリスクがあることです。
iDeCoは自らの運用で資産、つまり年金を貯めていきます。
そのため、個人の力量が求められます。
個人の力量が足りなければ、払ったお金が受け取るお金よりも低くなる元本割れのリスクがあります。
ただ、そもそもiDeCoは元本確保商品もあり、一般的な投資よりもリスクが小さいことも確かです。

3つ目は手数料がかかることです。
iDeCoは加入から受け取りが終了するまで手数料がかかります。手数料は運営機関によって異なるので、しっかりと確認と相談をしましょう。

○ iDeCoを活かすには?

ここまででiDeCoのメリットと注意点を紹介しました。
ではどのようにiDeCoを活かせば良いのでしょうか。

今回は特に若い世代がiDeCoを活かしやすい方法を3つ紹介します。

1つ目は長期的に利用することです。
長期投資は市場が下落傾向でも上昇傾向でもリターンの振れ幅を平準化し、安定したリターンを生み出します。
ただ、リターンが小さいからこそリスクも小さいです。
だからこそ、長期的な投資で少しずつリターンを貯めていくことが求められます。

2つ目は定期的に一定の金額で金融商品を購入し続けることです。一定額で購入すれば、商品価格の値下げには多く購入し、値上げには少なめに購入することになります。
その結果、高値で大量購入や安値で少なく買うことを避け、全体として購入単価を低く抑えやすくなります。

3つ目は資産を分散することです。
資産が1つの商品に集中した場合、その商品が暴落した場合、大幅な損に対応できません。
そうならないために、資産を様々な商品に分散することによって、資産全体として下落の影響を抑えることができます。

○まとめ

以上までが高齢労働者に関わる実態や労働者の準備の話でした。
簡単にまとめると、
・高齢就業者は全体の約13.5%、今後も割合が増えていく
・高齢者になって働いても働かなくてもお金の不安がある
・iDeCoを長期的に利用すればお金の不安が少し和らぐかも
です。

参考文献

・iDeCo公式サイト「iDeCoってなに?」https://www.ideco-koushiki.jp/guide/(12月3日閲覧)
・iDeCo公式サイト「iDeCo(イデコ)のメリット」https://www.ideco-koushiki.jp/guide/good.html(12月3日閲覧)
・iDeCo公式サイト「iDeCoではどうして投資信託が選ばれているの?」https://www.ideco-koushiki.jp/learn/practical/01.html(12月3日閲覧)
・総務省統計局「第1 就業状態の動向 1労働力人口」https://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/nen/ft/pdf/index.pdf(12月3日閲覧)
・総務省統計局「高齢者の就業」https://www.stat.go.jp/data/topics/topi1322.html(12月3日閲覧)
・内閣府ホームページ「2 就業の状況|令和2年度高齢社会白書(全体版)」https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2020/html/zenbun/s1_3_1_2.html(12月3日閲覧)
・内閣府ホームページ「1 就業・所得|令和5年版高齢社会白書(全体版)」https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2023/html/zenbun/s1_2_1.html(12月3日閲覧)
・みずほ銀行「iDeCoとは?個人型確定拠出年金の仕組み、メリットを解説https://www.mizuhobank.co.jp/retail/products/ideco/about/index.html(12月3日閲覧)

おわりに

ここまで制度概要に加え会社・労働者側双方の観点から高年齢者雇用についてお話していきました。では今後、日本における高年齢者雇用はどのような方向に向かっていくのでしょうか。

2019年、政府は成長戦略実行計画において、70歳まで、且つその高齢者の特性に応じた就業機会の確保の必要性を示しています。直近では、内閣府が示す「令和五年度版高齢社会白書」、就業・所得における高齢社会対策において「エイジレスに働ける社会の実現に向けた環境整備」を基本目標の一つとしています。これが先ほどにも説明した70歳までの就業確保の努力義務や雇用以外で働く機会を提供する創業支援措置の導入です。少子高齢化・人口減少に伴って働き手が中長期的に減少している日本では、今後も政府は高年齢者への雇用政策を重要な政策の一つとして、取り組み続けるのではないでしょうか。

また、果たして近い将来、70歳までの雇用確保措置が義務化されるのか、ましてや将来的に定年制が廃止されることはあるのでしょうか。結論、答えは分かりません。ただ、65歳までの雇用確保措置が2000年で努力義務となり、2013年改正で義務化されたことから、70歳までの雇用確保措置に関してはその延長線上にあって、いずれ義務化されるのではないでしょうか。一方で、定年制の廃止については年功序列型賃金を採用する多くの日本企業にとってこのような制度が廃止されることは企業にとって大きな負担となること、若年者の雇用機会を奪う可能性が高いことを理由に導入は難しいでしょう。

さて、今まで見てきたように、高年齢者の就業機会の確保によって、今後企業側には高年齢者の雇用・人事労務管理体制の確立や普及がさらに求められるでしょう。特に評価や賃金体系については高齢者の就業モチベーションと深くかかわるため、モデルとなる仕組みや制度が確立される必要があるでしょう。

そして、労働者側は職業生活からの引退時期が5年から10年延びることによってライフプランを考え直す必要があるということもお話してきました。また、企業年金や退職金、個人年金等の個人資産を適切に組み合わせた資産形成も重要でしょう。人生100年時代を生き抜くため、高齢期に備えた労働者の自助努力がますます求められます。

この記事を最後までお読みになった皆さんは、高年齢者雇用とその制度改正が私たちの社会や働き方にどのような影響を及ぼすかについて少しは理解を深めることができたのではないかと思います。

本記事では、読者の皆さんに労働者の視点だけではなく、高年齢者雇用に関する政府の取り組みや展望、企業側にもたらされる影響や課題についても知識を身につけてほしいと思いここまで解説しました。この記事を読むことで、皆さんが自身の働き方や人生設計について少しでも考えようとするきっかけになれば幸いです。ここまでお読みいただきありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?