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パールを自分のものにしたい

10代の頃、パールのネックレスをまるで自分の肌の一部のように、さりげなくつける着こなしに憧れていた。大人になったら、社会人になったら自分のためにパールのネックレスを買いたいと思っていたことを、つい最近思い出したのだ。中部地方で育ったため、パールといえばミキモト。子供の耳にもミキモトという名前はお馴染みのブランドだったと記憶している。

社会人になってすぐ、同僚と伊勢志摩へ旅行に出かけた。伊勢志摩といえば水族館そしてパールである。パールを本場で見よう! 意気込んだ私たちは当然のようにミキモト真珠島を見学コースに組み込んであわよくば一生物のお買い物を! と考えていたのだが、一連のネックレスは新卒のヒヨッコ達(私たちのこと)にはとても手が出せるものではなかった…。

今もそうなのかはかわからないが、現地のそこかしこにパールの直売所がたくさん並んでいた。そういうお店では小粒のものや、さまざまな色合いの、よく見ると形も少しいびつな粒のパールがお手頃価格で手に入る。ミキモトが無理でもここでなら、と私も友人もそれぞれの一本を真剣に選び持ち帰ったのだった。ピンクがかった小さく若干不揃いな珠を集めたネックレス。

旅行前に考えていたものとは別物になってしまったけれど、憧れていた本物の(たぶん)パールを手に入れて、とても嬉しかったことを覚えている。

なのに。日常に戻って早速胸元につけてみると、何となく肌馴染みが悪いというか、収まりが悪くてどうしても手が伸びない。ピンクがかった色味のせいなのだろうか。ならばフォーマルの折にと思っても小粒の珠はオケージョンのドレスと釣り合いが取れない。結局旅行の思い出の品となってお蔵入りに。とても残念な思い出である。

残念な気持ちが強すぎて、改めてネックレスをあつらえようという気持ちにはなれなかった。パールは似合わない。そう思い込んでしまった。

30歳の誕生日に一粒パールのネックレスを贈られた。パパパパール…と内心慌てたことはもう時効だと思うので白状してしまうが、フォーマルだけどもやりすぎでないデザインは通勤時の装いに大変重宝した。スーツのジャケットに、アンサンブルニットの胸元に。ようやくパールの似合う大人になれた…とその時は思ったのだが、まだまだパールは手強い。

手強いひと粒

転職して環境が変わると、その一粒ネックレスもまた、どう扱えばいいもか頭を抱えるアイテムになってしまった。スーツもアンサンブルももう着ない。さらに、顔の周りに丸いものを持ってくると可愛らしくなりすぎるのだ。フォーマルも可愛らしくもなりたくなかった私は、パールは最も自分と縁遠いものの一つに加えた。そしてネックレスをクローゼットの奥にしまい込んだ。

それでも時折クローゼットから声が聞こえてくる。「あなたはパールの一面しか見ていないよ」

パールの形や輝きは偶然の賜物だ。貝が健やかにいられるためには想像を超えるような手がかかっていることだろう。けれども中身のパールが望む姿に育つかどうかはわからない。完璧なものは高価なジュエリーとして、どこかに欠点があるものはそれなりの用途に。

偶然から生まれたそのままの姿で、ふさわしい場所で(場所を見つけるのはブランドさんかもしれないが)精一杯の輝きを放っている。まるで人間と同じじゃないか。急にパールが身近なものに思えてきた。巡り合わせで私の元に届いたパールをこのまま眠らせておくのはもったいない。

なんとかしてフォーマル感を薄められないだろうか。丸さは顔から離したらどうだろう。だんだんとその存在を認めたいのか認めたくないのかわからない思考回路になっているが、思い切って長いチェーンを買って付け替えてみた。チェーンの長さは60センチくらいだろうか。かなり雰囲気は変えられたと思う。黒のニットに合わせると一粒といえども存在感を発揮する。元の長さのままよりも随分と使いやすくなった。

ネガティブな思考回路で生み出したロングチェーンパールをつけ続けているうちに、だんだんと「パールをつけている自分」に慣れていったように思う。ロングネックレスというアイテムの使いやすさもわかってきた。もっと積極的にパールを装いたいな、そう思い始めたのはごく最近のことだ。

私はゴールドのネックレスを持っていなかった。プラチナカラーは何本か持っているが、コーディネートに温かみを加えたくなった。それでゴールドで探し始めたのだが、やがて最初に探すべきネックレスは自分のためのパールなんだと気持ちが変わっていった。自分自身そのままの形で柔らかく白い光を放つ、パールの力をもうひとつ欲しい。

先日の銀座旅はちかPさんとご一緒した。最初にゴールドの地金でパールをあしらった少し大ぶりのネックレスを見つけた。試着してみると程よくカジュアルでその日の服によく合っていた。

これに決めてしまおうかな、少し離れたところで楽しそうに試着をしているちかPさんを横目で見ながらしばらく悩んだが、悩むっていうことは今すぐ買わなくてもと思い直し他のショーケースを覗くと近いデザインの別のブランドのネックレスが目に留まる。

これが、電流が走るってことなのか…!
想定していたよりもパールは小粒でトップ全体も小さい。けれど、確かに私を作るピースの一部に間違いなかった。先ほどのネックレスとは何かが決定的に違った。そして同じシリーズの粒数違いも試した上で、決めた。

その時々でパールに対する思いは随分と変わっていった。今のそれはこの石が好き、デザインが好きとはちょっと違う。小さなトップは私は私のままでいくよという意思表明なのだ。


Hirotakaのベルーガ


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