『すずめの戸締り』を観て

新海誠監督に伝えたい

 エンドロールまで観終わった後の気持ちは、「待っていたよ」だった。

 新海誠監督の作品は、これまで『秒速5センチメートル』『言の葉の庭』『君の名は。』『天気の子』を見ていた。どれも自分には刺さらず、映像がきれいだな程度に思っていた。特に、『すずめの戸締り』の前作の『天気の子』は、リアルさを追求した結果なのか、スポンサーの影響なのか、普段身近で見る広告や商品等が画面に入り込んだことがいちいちノイズに感じてしまったり、キャラクターの考えに共感できず感情移入できなかったり、結果ストーリーに没入できず、もはや後半は「早く終わらないかな」と思っていた。
 前作で満足できなかったこともあり、『すずめの戸締り』が公開された後もしばらくこの作品を観にいこうと思わなかったが、東日本大震災をテーマにしているということを知り、震災を扱うことに対して賛否両論の意見が出ていることから興味を持ち、観に行くことにした。

3月11日の体験

 2011年3月11日。私は宮城県仙台市中心部の大学構内にいた。ちょっとした揺れを感じ、2日ほど前に起きた地震の余震ですぐに収まるかと思いきや、より強く揺れだし、他の学生と一緒に机の下に潜り込んだ。これまでに経験したことのない、あまりにも長く、強い地震のため、「これは地震なのか?どこで何が起きているんだ?」と疑問と戸惑いでいっぱいだった。
 揺れが収まった後、建物の外に出て、テニスコートに避難し、雪が降る中支給された毛布にくるまりながら、ケータイでTVを見たが、懸命に情報を伝えようとするアナウンサーの顔は目に入っても、肝心の情報が頭に入ってこず、「このあとどうすればいいんだろう」としか考えていなかった。幸いにも周辺に地震による被害はなく、これまでに経験したことのない大きく長い揺れがあっただけ程度しか思っていなかった。
 ただ、ずっと小学生のときから言われていた「宮城県沖地震」が発生したのだろうと思い、「これでまたしばらく大きな地震は起きないのだろう」「よかった」とさえ思っていた。

自然へのおごり

 当時の石原都知事が震災について「天罰だ」と発言した。非常にバッシングを受けた発言だったが、一概に批判できない自分がいた。
 年に1度くらいはテレビ局でどこかしら最新の防災設備や防災グッズが特集番組で取り上げられ、「洪水が起きても大丈夫」「地震が起きても安心」等と紹介されたり、住宅メーカー等の耐震性をアピールしたCMを見聞きし、まるで自然の脅威を克服した気になっていた。石原都知事の「天罰」発言は、「災害が起きても問題ない、だってこれまで発生した震災の時と違って、こんなにも技術は発達しているんだから。災害が脅威となる時代はもう終わったんだ。」という思い上がりを突かれたような気持ちになり、自分を恥じた。技術の進歩への思い上がり、自然の脅威を軽視したこと、自然への驕りを「天罰だ」と言われるならば、それを否定できない自分がいるのだった。

被災者として

 映画のストーリーは、主人公のすずめが閉じ師の草太とともに全国各地を移動しながら、災害が現れる戸の鍵を閉める話だ。映画の終盤に、すずめはかつて自分の実家のあった東北を目指し、そこで最後の戸締りを迎える。
 劇中で、被災直後の幼いすずめが必死で母親を探す姿は、本当に被災地であったであろう光景で、胸が苦しくなった。「すずめ」は決してすずめだけではない、被災地には当時多くの「すずめ」がいたのだ。もしかしたら、私もすずめだったかもしれない。そこにいまさらながら恐怖を感じることともに、同時に大切な人を亡くした被災者がこれを見てどう感じてしまうのか、傷ついてしまわないかを恐れた。結局のところ、私自身も被災者ではあるのだが、家を失ったり、大切な人を失った人に比べたら、家が半壊してインフラが回復するまで普段の生活に不自由があった程度なんて大したことがない。同じ"被災者"の中でも被災程度に差が生じている。だから、大切な人を失った被災者にとって、劇中の描写は、同じ被災者である私が感じるものとは違う受け止め方になるのではないか、それは残酷なものなのではないかと思い、そこに少なからず罪悪感を感じた。
 そして、草太とともに平穏の崩壊を食い止めようと奔走するすずめの姿は、当時学生で無力だった自分からすると憧れに映った。被災後数日が経過し、ようやく電力供給が復活してテレビを見られるようになり、何が起きているのか、被災状況を理解した時、「タイムマシンがあったなら」と何度も強く思った。災害を事前に知ることができたなら、それを被災地の人に伝えて被害を減らしたいと思った。それができるすずめの活躍には憧れやうらやましさに近いものを感じた。

映画にまつわる思い

 この映画の感想は一言では表しきれず、いまでも自分の考えをまとめることが難しい。しかし、間違いなく言えるのは、「この作品を待っていた」であり、「新海誠監督、ありがとう」である。そして、自分の感じたことをまだ未熟で稚拙な文章でありながら、人目に触れる形で誰かに伝えたいと思えた作品であり、それをnoteの形で伝えたいと思うほどに心動かされる作品となった。

#映画にまつわる思い

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