歴史探検隊中国歴史旅ノート「敦煌と太白山」⑰ 日誌平成30年10月23日(火)

画像1 歴史探検隊中国歴史旅ノート「敦煌と太白山」⑰ 日誌平成30年10月23日(火)記録者:武藤晴彦隊員 今回の中国歴史旅九日目の最終日です。朝六時モーニングコールで起床。食事前に手荷物をバスにいれ、七時に朝食取りました。堀田副隊長は、昨日の左足首の捻挫で車いすを利用。朝食はバイキング、必ず果物がありますが、今日はスイカに換わりナツメがでていました。三個ほどいただきましたが、リンゴのような味でした。
画像2 七時五〇分にホテルを出発し、今日の目的地青龍寺に向かいました。通勤ラッシュの時間帯で車の多いこと、車線変更自由自在、法規など無いに等しい。早朝からユニホーム姿で、街路樹の落ち葉を竹箒で清掃してる人。どこに行っても観光地のメイン通りは落ち葉がありません。 八時五分、青龍寺に到着しましたが、堀田副隊長は足首捻挫のためバスで待機です。境内には惠果空海記念堂があり、その前に日中仏教交流文化協会が建立した空海真言密教八祖誕生の像(惠果と空海)があります。
画像3 広い境内のあちらこちらでバトミントンをする人、ラジカセの演奏で太極拳をする人、その他数多くの人々がいます。  参拝とお土産の買い物を済ませて九時二〇分西安咸陽国際空港に向けてバスは出発しました。  通りの歩道では、屋台にナツメをいっぱい広げて売っている人、食べ物を売っている人、そして食べている人などがいっぱいいました。
画像4 車内で馬さんが九日間の思い出として「今回のシルクロードの旅はいかがでしたか?シルクロードはどういう感じでしたか?駱駝は乗れなかったけど、あの凄まじい砂嵐は、日本では体験できない事でしたね。炳霊寺も太白山も良い体験ができました。私も良かったです。皆さん本当にありがとうございました」と挨拶をされました。馬さんからは宝鶏市で発見された漢代の瓦の拓本がプレゼントされ,薮下隊長と堀田副隊長から馬さんと運転手の張さんにプレゼントが渡されましたが、南城隊員が張さんは、五年前の麦積山石窟を訪問した時の運転者と気づいた。
画像5 バスは左側にある西北大学の前を通り、右側にある城壁の長いこと長いこと。現存する城壁は、唐の長安城を基礎に、一三七〇年から一三七八年にかけてレンガを積み重ねて築かれ、その後たびたび修復が行われ現在の姿になっているらしい。城壁は東西に長く南北に短い長方形で、周囲の長さは一四キロメートル、高さは一二メートルということです。大きなタンクローリーが街路樹に水を散水しています。これは毎日行われているということです。
画像6 時五五分、漢城インターから高速道路に入り、一〇時三〇分空港近くのインターで出ました。近くのレストランで中国最後の食事、ビールで乾杯しました。 一一時五〇分、西安咸陽国際空港に到着、馬さんの見送りを受けて搭乗手続きをし、お別れをしました。 一三時三〇分上海経由中部国際空港行きMU二九一便に搭乗し、予定どおりに一三時四五分に離陸しました。二時間後の一五時四五分上海浦東国際空港に到着しました。名古屋行きに乗り換えるために慌ただしく移動したのでお土産を買う時間もありませんでした。
画像7 一六時四五分搭乗手続きをし、一七時三五分に離陸をしました。 一八時三〇分機内食が出ました(中華飯、パン、スイカ、漬け物)。 一九時二五分(日本時間二〇時二五分)中部国際空港に無事着陸しました。手荷物を受け取りそれぞれ自由に家路に向かいました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?