管長日記「ダイバダッタの話」解釈20241102

漢字で「提婆達多」と書く。
スッキリしてわかりやすい。法話みたいな話すための文章として老師は書いているのだが、実にノートみたいに整理されているとわかる。

構成:
1.辞典記載
2.提婆達多の目論見
3.仏教の罪について
4.提婆達多の最後、提婆達多の影響と仏教の教えとの関連

■1.辞典記載
「釈尊のいとこで、斛飯王の子。阿難の兄弟。出家して釈尊の弟子となり、後に背いて師に危害を加えようとしたが失敗し、死後無間地獄に堕ちたという。厳格な戒律の護持を主張したとも言われる。」(『広辞苑』)

「斛飯王(こくぼんのう)の子で、阿難の兄とも、釈尊のいとことも言われる。釈尊に従って出家をするが、釈尊を妬んでことごとく敵対し、三逆罪(出仏身血・殺阿羅漢・破和合僧)を犯したとされる。ただし法華経の中では、ブッダの善き友人(善知識)として登場する。律蔵には自ら五種の法を定めて衆徒を率いたことが述べられ、かれの衆徒が後世までも存続していたことは、<提婆の徒>として七世紀の玄奘が伝えている。」(岩波書店『仏教辞典』)

■2.提婆達多の目論見

あるときお釈迦様が教えを説いているとき、提婆達多が「あなたは年をとられました。あなたは安楽にお過しください。私が僧たちを統率します」と言ったのでした。
釈迦様は、提婆達多に、そのようなことを言ってはいけないと厳しくたしなめました。
提婆達多はマガダ国の阿闍世王をそそのかして、王位を継がせ、お釈迦様を殺害して自分が教団の主となろうとした。

権力にあこがれていた阿闍世王は、提婆達多の教えによって、様々な陰謀をめぐらし、ついに父を幽閉し殺害してしまいました。
マガダ国の王となった阿闍世王に提婆達多は、お釈迦様を殺害するように話をしました。
阿闍世王の命で、刺客が送られ、山上から大石を落しました。
しかし、お釈迦様は神々に護られて石を避けることができましたが、その石の破片が足の指に当たって出血されたのでした。

更にナーラギリという凶暴な大象を放ってお釈迦様を殺そうとしたのでしたが、そんな象もお釈迦様に近づくと、鼻をたれて恭順の意をあらわしたのでした。

華色比丘尼という方は、提婆達多が岩を落としてお釈迦様を傷つけて血を出させた時にこれを非難して、提婆達多に殺されたというのです。

提婆達多が教団を分裂させたのは、次の五つのことを主張したことによります。
(1) 生涯林住すべきとすること
(2) 常に乞食すべきであって、 食を受けてはならないこと
(3) 糞掃衣を着るべきであって、衣をもらってはならないこと
(4) 常に樹下に住すべきであって、 屋内に住してはならないこと
(5) 魚肉を食べてはならないこと

■3.仏教の罪について
仏教には四依の教えがありました。これは出家修行者が修行生活の依り所とすべきもので、
(1) 托鉢によって得た食物で暮らすこと、
(2) 糞掃衣を着ること、
(3) 住まいとして樹下の坐臥所で暮らすこと、
(4) 陳棄薬(ちんきやく)のみを用いること。陳棄薬は牛の尿から作った安価な薬。

しかし、お釈迦様は、
(1) 山林に住んでもいいし、村に住んでもよいとしました。
また乞食して暮らしていいし、食を供養してもらうことも許されました。
(2) 糞掃衣を着てもいいし、衣の供養を受けてもいいとしました。
(3) 樹下坐することを許していますが、それに固執することもありませんでした。
(4) また殺されるところを見ていないし、自分に供するために殺したと聞いていないし、自分に供するために殺したと知らないのならばお肉をいただいてもよいとしたのでした。

五逆罪:

  1. 殺母(せつも)(母を殺す)、

  2. 殺父(せっぷ)(父を殺す)、

  3. 殺阿羅漢(せつあらかん)(聖者を殺す)、

  4. 出仏身血(しゅつぶっしんけつ)(仏身を傷つけ出血させる)、

  5. 破和合僧(はわごうそう)(教団を破壊する)の五つを言います。

提婆達多は、殺阿羅漢・出仏身血・破和合僧の三つを犯して無間地獄に落ちたのでした。

■4.提婆達多の最後、提婆達多の影響と仏教の教えとの関連

提婆達多は自分の十本の爪に毒を塗り、お釈迦様に近づく機会を狙いました。しかしその機会はなかなかおとずれず、自ら進んで祇園精舎に行きました。そしてお釈迦様に襲いかかっのですが、かえって自分の手指を損傷してそこから毒が入り、遂にこの地において悲惨な最後を遂げました。その命の終わる時に、提婆達多の立っている大地は一瞬にしてずるずると大きな穴があき、彼の姿はみるみるうちに地獄の底に堕ちていったというのです。

後に七世紀にインドを訪れた玄奘三蔵は、提婆達多が生きながら地獄に堕していった穴がインドに残っていたことを『大唐西域記』に書かれているそうです。
また後世まで提婆達多派の教団が存在していたことも記されているとのことです。

しかし、そんな大悪人の提婆達多ですが、法華経提婆達多品においては、阿私仙人という釈尊の過去世の修行の師であったことが明かされています。
そして、無量劫の後、天王如来となるという成仏が約束されるのです。

老師は「こういうところも大乗仏教の素晴らしいところです」という。慈悲的な見方もできるが、大乘佛教の「度衆生」といった姿勢のことと思う。

仏教の教えの特徴「中道」
提婆達多の主張したことはとても厳しい内容です。それに心引かれる者もいたのです。
しかし、お釈迦様は初めて説法されたときに、「修行者らよ。出家者が実践してはならない二つの極端がある。その二つとはなにであるか?
一つはもろもろの欲望において欲楽に耽ることであって、下劣・野卑で凡愚の行ないであり、高尚ならず、ためにならぬものである。
他の一つはみずから苦しめることであって、苦しみであり、高尚ならず、ためにならぬものである。
真理の体現者はこの両極端に近づかないで、中道をさとったのである。」
両極端に走らないのがお釈迦様の教えの特徴なのです。

すこし話がずれるが、儒教にも「中庸」という教えがある。東洋思想の特徴に梵我一如が指摘されるが、意志の強さもエゴであり、当然怠ける、貪るのもエゴなので、そうでないところに自然的な「中」があるのだろう。

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