偶然という名の運命


週末はおいしい飲み屋を順番にめぐるのを楽しみにしている。

今日は駅ビルにやってきた。

ハッピーアワーとうまい焼き鳥を楽しめる店が目当てだ。

ハッピーアワーは酒飲みにとって魔法の言葉。

スーパーマリオのスター状態。

何杯飲んでも半額。

アテはなんだっていい。

笑いが止まらない。

もちろん、旨い肴があれば何をかいわんや。

誰といてもひとりで飲んでも楽しいことこの上ない。

今日は、駅ビル前の広場にのぼりがひしめいて、たいそうにぎやかにイベントが執り行われているのを見つけた。

お祭り大好きのダンナがふらふらと吸い寄せられていく。

昭和世代のノスタルジーか。

出店だの屋台だのを見ると血が騒ぐ。

わたあめはないか、りんご飴はないか、ひとつひとつを値踏みする。

今回はどうやら、近代的なキッチントラックなるもののようだ。

たこ焼きや牛タンの串といったメニューが目に入ってきた。

これから旨い焼き鳥をもくろんでいる私たちとしては、冷徹な冷やかしである。

呼び込みを華麗にスルーしていると、珍しいことにダンナが誰かに挨拶をしている。

まったく面識のない人だった。

妻としてペコリと頭を下げただけで、口を聞くことなく通り過ぎた。

ダンナにとっても会いたくない人種だったようだ。

マスク姿のお互いをよく認識できたな、と感心していた。

目指す飲み屋にはいり、ご機嫌で杯を重ねる中高年夫婦。

こんな店だもの。

みんな酒盃片手に威勢がいい。

負けじと我々もビールの酎ハイのを、ごくごくと腹の中に納めていく。

さて、帰りの電車に気を配りながら、そろそろ閉めるか、ラスト一杯の生ビールで、喉の渇きをいやそうか、ふたりで迷う。

先ほど、駅ビルの外で挨拶をした知り合いは、アメリカンドッグにかじりついていた。

「あいつらもおなか一杯になって帰っただろう。」

根拠のない推測を述べて、おかわりはやめて家に帰ろうという結論が下された。

確かにあと一杯飲もうが飲むまいが、たいした変わりはない。

いたづらにおかわりしても、酔ってる気分はかわりもしない。

ハッピーアワーと言え、無駄金を使うことに他ならないのだ。

ダンナは、さっきの連中ももう帰っただろう、アメリカンドッグを食べていたからという。

知り合いに会わずに電車に乗りたい。

なにしろ昼間から赤ら顔の酒飲み男である。

正常化バイアスが働いたに違いない。

根拠のない提案がなされ、同じく酔いどれのヨメは賛同した。

追加はやめて、帰宅しようと。

駅ビルのエレベーターに乗り込むほろ酔い夫婦。

ひとつ下の階から小さい子どもを連れた家族が乗り込んできた。

優しく「開く」を押してあげるダンナ。

それに漬け込みドタドタと若いもんが入り込んできた。

さっきのアメリカンドッグ連中だった。

はっやっ。

もう会わんど。

ていうた舌の根も乾かんうちに、アメリカンドッグは現れた。

焼き鳥の会計を済ませて10分とたってない。

もう夫婦笑うしかない。

不思議なエレベーター空間。
子ども連れ家族に、謎の❔が飛び交う。

さらに、同じ電車に乗って帰ったというおまけつき。

こうして、運命の人は予告なく現れるのだなあと実感した出来事。

会いたくない人ほど、タイムリーに出会ってしまう。

偶然にしてはできすぎている。

迷ったときはもう一杯飲むべし。

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