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IBN寮物語—嘉門、登場—

 鹿本がピルクルを買いに行くといって、一階談話室(IBN寮の半地下の部屋)を出てしばらくすると、一階談話室の扉が開いて、「シャース(こんちわーす)」と挨拶してきた。新入寮生イレブンの新たなメンバーである。
 彼は嘉門と言い、福岡出身で、鹿本と同じ理学部の地学(地球科学)系である。嘉門は坊主頭で、肌が黒く焼けており、引き締まった体系をしているので、高校球児のようである。ただ、嘉門が高校球児と異なることは、鹿本に劣らず彼も相当の変人であるということである。
 まず、嘉門は、地質に興味があるため、日ごろから岩や石などをハンマーで叩いて、その地域の地層を調べようとする癖がある。岩や石を叩いて割るためには、特製のハンマーが必要になるため、日ごろからロックピックハンマーというヘッドと柄が一体化された金属製のハンマーを持ち歩いている。そして、尋常ではない体力があるため、朝の5時ころから夜遅くまで、ウィンドブレーカーを着て、IBN寮や大学周辺の石や岩をハンマーで砕いてはその地質を調べている。
 嘉門が地学系であるということを知らない第3者が、嘉門を見ると相当不審に思うはずである。というのも、明らかに強度が高そうなハンマーを毎日持ちながら、様々な岩や石を叩き割っているのである。しかも、通学路で落ちている石とかもハンマーで割ったりするのである。近隣住民が嘉門のこの様子を見て、この坊主頭のハンマー野郎が自分や隣人を襲ってきたらどうしようと、恐怖を感じていてもおかしくない。
 が、嘉門自身は他人が自分をどのようにとらえているかということに全く興味を持っていない。彼は楽だからという理由で、シャンプー、リンス、及び洗顔を一切使わず、石鹸のみで頭の上から足の先までを洗っている。また、彼は金の無駄だからという理由で、美容室や理容室に行かず、自前のバリカンで坊主頭にしている。彼には岩と、その岩と対話するためのハンマーが必要であり、それ以外の外野は全く気にならないのである。
 なお、ここから2年後に八木山橋(自殺の名所で、IBN寮と大学とのちょうど中間にある橋)で、夜中の11時頃に毎日、幽霊が出るという話で、大学内はもちきりになる。どうやらその幽霊はシャカシャカという音を立てて走って寄ってきて、「シャース」と声をかけてきて、そのまま走り去っていくようで、実際にその幽霊を見た人が大学の同級生にも何人かいた。その幽霊の特徴は坊主頭であるところから、いつしか「八木山坊主」と言われるようになった。
 この八木山坊主は嘉門であった、と個人的には思っている。

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