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大西洋より

アルバは遠くを見ている。見ているのは遠方の漁船だ。海の強い風を受けて膨らんだ帆が黒く大きく見えるに違いない。彼の指先に水面が当たりだんだんと入り込んでいく。それを嫌がることは当然ないし、そこに違和感を覚えもしない。血液のように巡る。体の芯が青くなる。目の奥に水面があるかのように光る。美しいと皆思うに違いない。

昨夜は珍しくこの海が荒れた。海沿いに生えていたシュロの木が少し痩せ、水面の先にはどこからきたかもわからないものが寂しく溜まっていた。海を見ると、いつものように穏やかでいつまでも僕らの味方をしてくれるような気がしてならない。向こうから子供の声が聞こえる。漂流してきた貝を集めているようだ。その中にはアルバもいて、右手には綺麗な桜色の貝殻を手に持って走っている。そんな彼の影が海と重なり不完全に青い。すこし灰色めいた泡を含んだ海水が子供の中に感染していくさまに私はあの時とは違う印象を見えた。決まりのない形に対しての怖さと未知という純朴さ。しかし彼らはすでに彼、私、いやすべての人々を支配しているのか、余裕めいたようなそぶりをする。そしていつものように優しさを与えてくる。
海の色に青が戻り出し、いつもの知った海に変わっていく。私はただ呆然と大海を眺める。アルバ達は砂浜で駆け回る。そして彼は言う。

「_Lib._ Ad me adi mare」

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