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敵わないな、年甲斐もない。

一年が経つということになんの意味があるのか。不思議でならない。毎年、この時期になるとお笑いの特番が飽きるだろというぐらいやり、人々はやる気もないことを今更気づいて焦って穴埋めしようとし、綺麗にまとめようとする。それは他人事でなく、自分自身もそれを無視できずただただ流され周りに足並みを合わせてしまう。そんな季節がとても嫌いで、とくに元旦というなまぬるい過ごし方に嫌悪感を抱く。そんな自己を変人のように扱ってなんとかこのストレスを流そうとしている自分は人としてよろしくないだろう。しかしここまで捻くれてしまったものをほぐしようがない。あと愚痴ぐらい言わせてほしい。
結局作品は独りよがりでキレもない作品を作った。今年の9月にとある機会で自分の作品をふりかえることがあった。その時一つ一つの事柄を文に並べていったのですが、あとで修正した点が多すぎて自分の完成度が実にのっぺりとしていることに気がついき、みっともないなとガッカリしたのを覚えている。作品の後付けは決して間違いではないし、自分にはそのスタイルがあっているのでいいと肯定もできるのだが、いかんせんそのもとのテーマが実に正当化するにはみっともないと感じるばかりで自信は無くすばかりだ。実践経験をもとしていきたい。
逆に精神は反比例に成長した…なんて言えればいいのだが、ともに何にも変わらない。むしろ弱っているのではと思うほどだ。人に対して本音をはっきりと言えず、自分の意見も吃って伝えられない。声は通らず、自分の存在は霧へと消える。そんな感じだ。文句を言うなれば、自分のプライベートを勝手に踏み込まれるのは嫌ですし、嫌だといっているのにそれを無言の圧力で頷かせるのは気分が悪い、そう感じる。しかしそれをノーと言えないのは大きな間違いしかない。風が吹いてもいないのに、吹いてるとバカが言った風の存在を教えることほどアホなこともないだろう。んてあー胃に穴が空いてしまいたい。好きに生きていきたい。
ひとまず1月の展示が楽しみだ。どう転んでもここを起点に新しく生きていけるような気がする。そして終わったら、友人と遊ぼうと思う。それで気が済むならいい。来年は悪魔の年だ。無敵になっていこう。

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