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品よく叫ぶ

自分がゴルフをやるなんて、思ってもいなかった。

父は、よくテレビで放送されているゴルフ番組をかじるように見ていたが、僕にはその面白さが全く理解できなかった。

休みの前の日には、クラブを大事そうに磨き、翌朝は早起きしてゴルフに行っていた。

「お前もゴルフやれ」と言われて、打ちっぱなしに連れていかれることもあった。だが、なかなかクラブが球に当たらず「もういいや……」とゴルフに対する苦手意識が強くなっただけだった。

父もそんな僕の気持ちに気付いたのか、それ以来は誘ってこなくなった。

それなのに、ゴルフをやらされる羽目になるとは……。

というのも、会社に入り、飲み会の作法をはじめとする「ビジネスマナー〜昭和編〜」のようなものを叩き込まれ、その中に「接待ゴルフ」があったのだ。

当然、社内では「接待」なんて言葉は使わない。「〇〇カップ」とか「〇〇杯」とか、偉い人の名前を付けたゴルフコンペが開催されるのだ。

一昔前は、全員強制参加が当たり前だったようだが、僕の時代は"半"強制レベルだった。「参加しろ!」ではなく「参加するよね?」ぐらいの感じで。

飲み会であれば、体ひとつあれば参加できる。でもゴルフコンペに参加するには、突然ゴルフクラブがいる。それも1本だけでなく、ドライバー、アイアン、パターなど数種類のクラブが必要だ。さらに、それを入れるゴルフバッグ、ゴルフシューズなど、揃えるべきものが多い。全て新品で揃えたら、10万円は軽く超えてしまう。そんなお金持っているわけがない。

僕は、前向きに諦めかけた。

実家に帰った時、ボソッとそんな話をした。すると父は席を立ち、何やら電話をし始めた。

「〇〇おじさんが、お前にゴルフセット譲ってくれるっちぞ」

早すぎる展開と、名前も聞いたことのないおじさんに戸惑いつつ、とりあえずお礼を言った。

数日後、僕の家にゴルフセットが届いた。しかも、知らないおじさんの名前から。本当に親戚なんだろうか。

そんなこんなで、ゴルフクラブを手に入れた僕は、無事? ゴルフコンペに参加することになった。

結果から言うと、楽しくはなかった。

ゴルフ自体は楽しい。ロケーション、開放感、グリーンでボールがインしたときの快感。「そりゃ皆ハマるわけだな」とつくづく思った。仲の良いメンバーで来れば、最高に楽しいだろう。

ただ、僕が行ったのは"接待"ゴルフだ。自分のスコアを気にしつつ、決して上司よりも良い成績にならないよう、細心の注意を払わなければならない。

上部の調子が悪いコースの時は、わざと失敗して「このコース難しいっすねー」という芝居が求められる。無論、僕は素人だからそんな芝居を打たなくても、そもそも下手だ。ただ、野球をやっていたからか、ある程度は初めから出来てしまった。

僕がナイスショットを打った時、上司の目がウサギを狙うライオンの目になっていたのを見て、真面目にやるのはやめようと心に誓った。

逆に、上司がナイスショットを打つと、拍手しながら「ナイスショットです!」と褒め称えた。

こちらを振り返り、ドヤ顔決めてくる上司にいちいち腹が立った。

開放感のあるコースで、閉塞感に満ちたゴルフを続けるとストレスが溜まってくる。

そんな中、唯一ストレスを思いっきり発散できる瞬間がある。

上司が思い切り打ったボールが、3時の方向(OB方面)に飛んで行った時だ。隣のコースにいる人にボールが当たらないよう、叫んで知らせなければいけない。

僕は溜まっていたストレスを一気に吐き出そうと、

「ッファァーーーーァァーーー!!!」

と叫んだ。(「ファー」と叫ぶのもルール)

多分、隣の隣のコースくらいまでは届いていたはずだ。安全も確保しながら、ストレスも発散できるなんて一石二鳥だ。

ただ、若干一名、良い思いをしていない人がいる。

打った本人だ。

スタスタと僕の方へ来て、一言。

「品がないね」


果たして、品のある「ファー」なんて、あるのだろうか……。

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