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轟音に恋焦がれる

ガソリンが高い。

ここ最近、車に乗る機会が少なくなり、給油することも少なくなっていた。今日、久しぶりに給油しようとセルフのガソリンスタンドに行った。タッチパネルを操作して、金額が表示された時、思わず二度見した。176円(1リットル)。間違ってハイオクを選んだのかもしれないと思い、一度操作を取り消して、もう一度確認した。間違いなく「レギュラー」を選び、金額を見たが、176円に変わりはない。最近ガソリンが高いということは、会社の同僚やニュースでも聞いてはいたが、こんなに高いとは。

僕が車に乗り始めた10年前。当時18歳の頃は、150円を下回っていた。それに、僕が乗っていた車は軽油だったから、それよりも安い120円程度だった。高校卒業と同時に免許を取得した僕は、運転するのが楽しくて楽しくて、母親の軽自動車を借りては目的地もなくドライブするのが好きだった。

会社に就職すると同時に、実家を出ることになった。今までのように車を借りれなくなると思い、安い中古車でも買おうかと考えたが、そんなお金なんてない。

「お金貸してください!」すがるような思いで、両親に頭を下げた。お金は貸してくれなかったが、父親が乗っていた車を譲ってくれた。ただ、嬉しい反面、「要らねえよ」と思う気持ちもあった。それは父親の車が、グランドハイエースだったからだ。

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免許取り立ての18歳が乗る車ではないだろう。ただ、文句は言えない。渋々このデカ車を譲り受けた。

乗ってみると、車内は広いし、視線は高く運転もしやすい。ディーゼルエンジンだからガソリンも安い。それに、何より好きだったのはエンジン音だ。キーをシリンダーに差し込み、力を込めて回すと、「バキューーン、ドドドドドド……」と、迫力ある低音が鳴り響き、僕の座るシートにも振動が伝わってくる。男心をくすぐるような、まるで戦車に乗っているような気分になり、毎回テンションが上った。(戦車に乗ったことはない)

ただ、好きなところと同じくらい、嫌いなところもあった。まずは燃費の悪さだ。ガソリンを垂れ流しながら走っているのかと思うほど、驚きの速さで減っていった。気づけば給油ランプが点灯していた。

車内が広いのも嫌いな理由のひとつだ。夜、街灯の少ない道を走っていると、3列シートの3列目、一番うしろのシートに”誰か”いるような気がしてくるのだ。ビビりな僕は、ちらちらとバックミラーで確認しながら、夜道を走った。もちろん、一度も”誰か”がいたことはない。

20歳になったころ、遂に新車購入を決めた。デカ車を車検に出そうと、見積もりに行ったら、部品の不具合が多く、20万円以上かかると言われたのがキッカケだ。父親が乗り始めた頃から通算すると、10年以上使われている車だ。もう寿命だろう、そう思った僕は、デカ車との別れを決めた。

新しい車は、ホンダのCR-Vに決めた。

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この後ろ姿に一目惚れした。購入手続きを進めていると、店員さんに「ところで古い車は下取りに出されますか?」と聞かれた。こんなボロボロな車が下取りに出せるんだろうか。と思いながらも、「お願いします」と、見積もりをお願いした。

数日後、店員さんから、下取り額の見積もりが終わったとの連絡がきた。

「20万円です」

耳を疑った。このデカ車が20万……。でも、買い取ってくれるに越したことはない。ただ、こんな車誰が乗るんだろう。

「こんな車に需要あるんですか?」

と聞いてみると、店員さんは即答した。

「東南アジア辺りでは高く売れるんです」

東南アジア……。想像もしてなかった。

僕が可愛がってきたデカ車が処分されることなく、誰かの元に引き継がれることが嬉しかった。

__後日、CR-Vが納車された。運転席に座り、エンジンのスイッチを押す。

「ブルルルゥゥ……」

あの、派手な音も、豪快な振動もない。スマート且つ上品なそのエンジン音に惹かれつつも、少し寂しい気持ちになった。

CR-Vに乗り始めて、来年で10年目になる。不具合は特になく、元気に走ってくれているが、そろそろ替え時かなと思うようになった。

次の車は全く決めていないが、決める時に絶対重視したいのは”エンジン音”だ。やっぱり、デカ車が出していたあの”音”は忘れられない。


「バキューーン、ドドドドドド……」

デカ車は今日も、東南アジアで元気に走っていることだろう。


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