マガジンのカバー画像

夕陽が太平洋に沈むとき

13
2023年7月発投稿 最初の連載小説
運営しているクリエイター

#ハワイアン

夕陽が太平洋に沈む時 【第13話】 最終話

夕陽が太平洋に沈む時 【第1話】 「ごめん、僕は不甲斐ない夫だったな。君を新婚初夜に外国で一人にさせてしまってどんなに不安だったか」   剛史は麻衣の手を引いてベッドに座らせる。   もし、剛史がここで私を抱いてきたら、この朝陽の中で、コニーに痛いほど鷲づかみにされた胸が照らされたならば、青あざが出来るほど吸われた首筋を見られたのならば。  麻衣は焦燥の中で考えを纏めようとする。  剛史は言う。 「タクシーを30分後に予約してある。申し訳ないが、君のものを急いでパ

夕陽が太平洋に沈む時 【第12話】

夕陽が太平洋に沈む時 【第1話】 「そうだな、そんなことを君に訊ねたこともあるな」  コニーの次の言葉は難解なものであった。 「Going for wool and coming home shorn.(羊毛を刈りに行ったが逆に毛を剃られて帰って来た)、という表現を知っているかい?」  麻衣は即座に首を振ったが、ふと、ある表現に思い当たる。 「日本語の言い回しだと、ミイラ取りがミイラになる、という感じかしら?」  コニーは哄笑する。 「ミイラ取りか、それは良いな

夕陽が太平洋に沈む時 【第10話】

 夕陽が太平洋に沈む時 【第1話】  麻衣もその女を振り返った。  まったく面識のない女ではあったが、麻衣には、あたかも彼女の悲哀が一瞬伝染したかのように感じられた。 「私もよ、私もなの。私にも貴方の心情が理解出来るわ。人を愛するということは、時にはとても悲痛な事よね」、麻衣はそう言って女を抱きしめたい心情に駆られた。  すでに夜は更け始め、時おり白いまだら泡が浮かび寄る海は薄気味悪さを演出している。  しかし、この場所がホテルの敷地であるという事実が麻衣を安心させ

夕陽が太平洋に沈む時  【第3話】

夕陽が太平洋に沈む時 【第1話】  麻衣は即座に言葉が出ない。  この期に及んで、再び嘘をついてみても、この男にはおそらく見透かされてしまう。素直に肯定してしまえば、何らかの結果が出るかもしれない。でも、その結果が必ずしも望ましいものになるとは限らない。  麻衣は立ち止まって再考する。  そもそも、私の望むような結果ってどんなこと?叶さんに指摘された通りだわ。なりゆきで生きて来た私は、望むべきものもわからない。  麻衣は、自身の心情を可能な限り真摯に描写しようと試み

夕陽が太平洋に沈む時 【第1話】

  本文  日中は、クリスタルの欠片を散りばめたかのごとく輝いている太平洋も、夜のとばりが下りたあとは、闇の中で時おり波音を立てているだけである。  麻衣は、漆黒の中に目を凝らして何かを探してみようとするが、そこからは一糸の灯りでさえ浮かんで来ない。  背後からは50年代の音楽が流れて来る。エルヴィス・プレスリーのlove me tenderである。ホテルの部屋のサイドテーブルから流れて来ている。  麻衣はバルコニーの椅子に腰を降ろした。ルームサービスから届けてもらっ

夕陽が太平洋に沈む時  【第2話】

 夕陽が太平洋に沈む時 【第1話】    二人は叶のホテルの部屋に着いた。  叶はドアを開いて麻衣を中へ促す。部屋の奥にはベッドの端が見える。  麻衣は、仕事においては叶を尊敬し信頼している。  とは言え、叶も男である。夜間に男の部屋へ誘われる、ということの意味を麻衣は知り過ぎるほど知っている。南国のリゾートホテルの一部屋で一緒にワインクーラーを飲んで、「また明日」、と帰してくれるであろうか。強引に誘いを振り払って、気まずくなっても困る。明日も撮影があるのだ。  こ