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夕陽が太平洋に沈む時 【第1話】 麻衣はその後の言葉が続かなかった。怒りで身体中の血が逆流し始めているかのようにも感じられる。 麻衣は思わずコニーを引っ叩こうとするが、腿の中途からばっさりと切れている脚が視界に入ってしまった途端、上に振り上げた腕から思わず力が抜ける。 「殴りたいなら殴れば良い。健康体でないからといって同情は無用だ。同情なんて却って迷惑だ」 そう言い放ちコニーは、ベッドに立て掛けてある松葉杖を取ろうとする。 麻衣は同情をするな、と言われた
夕陽が太平洋に沈む時 【第1話】 10年前に自分がコニーに向かって唐突に切り出したその一言が、その朝、一晩を一緒に過ごしただけの男の口から発せられていた。 麻衣は、コニーに求婚した時、彼に関しては何の知識も無かった。しかし、あの時は彼が運命の男だと信じ込んでいた。彼しか目に入らなかったのだ。自制が効かないほど彼に触れたかった。 今の剛史の心境は、あの時の私と同じなのだろうか。 剛史は冷静沈着を維持したまま麻衣を見つめていた。麻衣の返事を不安そうに待っている、
夕陽が太平洋に沈む時 【第1話】 麻衣もその女を振り返った。 まったく面識のない女ではあったが、麻衣には、あたかも彼女の悲哀が一瞬伝染したかのように感じられた。 「私もよ、私もなの。私にも貴方の心情が理解出来るわ。人を愛するということは、時にはとても悲痛な事よね」、麻衣はそう言って女を抱きしめたい心情に駆られた。 すでに夜は更け始め、時おり白いまだら泡が浮かび寄る海は薄気味悪さを演出している。 しかし、この場所がホテルの敷地であるという事実が麻衣を安心させ
夕陽が太平洋に沈む時 【第1話】 この人は、それほど狡猾で悲愴な嘘まで付いて女を誘いたいのか、と麻衣は嫌悪感を催した。衣装合わせの時には、必要以上に麻衣の身体に触れて来る時もあった。 「小野田さん、貴方の勝手にすればいい。身に覚えがないことだから私にはどうしようも出来ないわ」 麻衣はそう言い残して席を立つ。この撮影チームとふたたび一緒に働くことはないと確信した。 「みなさん、ロケの期間中、本当にお疲れ様でした。私も少し疲れました。お休みなさい」 小野田が焦燥し
夕陽が太平洋に沈む時 【第1話】 麻衣は即座に言葉が出ない。 この期に及んで、再び嘘をついてみても、この男にはおそらく見透かされてしまう。素直に肯定してしまえば、何らかの結果が出るかもしれない。でも、その結果が必ずしも望ましいものになるとは限らない。 麻衣は立ち止まって再考する。 そもそも、私の望むような結果ってどんなこと?叶さんに指摘された通りだわ。なりゆきで生きて来た私は、望むべきものもわからない。 麻衣は、自身の心情を可能な限り真摯に描写しようと試み