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夕陽が太平洋に沈む時 【第1話】 「そうだな、そんなことを君に訊ねたこともあるな」 コニーの次の言葉は難解なものであった。 「Going for wool and coming home shorn.(羊毛を刈りに行ったが逆に毛を剃られて帰って来た)、という表現を知っているかい?」 麻衣は即座に首を振ったが、ふと、ある表現に思い当たる。 「日本語の言い回しだと、ミイラ取りがミイラになる、という感じかしら?」 コニーは哄笑する。 「ミイラ取りか、それは良いな
夕陽が太平洋に沈む時 【第1話】 麻衣もその女を振り返った。 まったく面識のない女ではあったが、麻衣には、あたかも彼女の悲哀が一瞬伝染したかのように感じられた。 「私もよ、私もなの。私にも貴方の心情が理解出来るわ。人を愛するということは、時にはとても悲痛な事よね」、麻衣はそう言って女を抱きしめたい心情に駆られた。 すでに夜は更け始め、時おり白いまだら泡が浮かび寄る海は薄気味悪さを演出している。 しかし、この場所がホテルの敷地であるという事実が麻衣を安心させ
夕陽が太平洋に沈む時 【第1話】 「結婚したからって何も複雑に考えることはないよ。君は、今までの仕事やライフスタイルを続けたければ続ければいい。僕よりも早く起きて飯を炊いて待っていろなんて言わないよ」 「わかってるわ。そんな人だったら結婚しなかった」 「その代わり僕が浮気をしてもガタガタ言うなよ、とも言わないよ。浮気したくなるほど僕達の気持ちが離れてしまったら別れよう」 「ハネムーンなのにもう別れ話?」 麻衣は軽く苦笑する。 剛史が本気でそう言っているのか否
夕陽が太平洋に沈む時 【第1話】 麻衣は即座に言葉が出ない。 この期に及んで、再び嘘をついてみても、この男にはおそらく見透かされてしまう。素直に肯定してしまえば、何らかの結果が出るかもしれない。でも、その結果が必ずしも望ましいものになるとは限らない。 麻衣は立ち止まって再考する。 そもそも、私の望むような結果ってどんなこと?叶さんに指摘された通りだわ。なりゆきで生きて来た私は、望むべきものもわからない。 麻衣は、自身の心情を可能な限り真摯に描写しようと試み
本文 日中は、クリスタルの欠片を散りばめたかのごとく輝いている太平洋も、夜のとばりが下りたあとは、闇の中で時おり波音を立てているだけである。 麻衣は、漆黒の中に目を凝らして何かを探してみようとするが、そこからは一糸の灯りでさえ浮かんで来ない。 背後からは50年代の音楽が流れて来る。エルヴィス・プレスリーのlove me tenderである。ホテルの部屋のサイドテーブルから流れて来ている。 麻衣はバルコニーの椅子に腰を降ろした。ルームサービスから届けてもらっ